第15話
――笑って
――笑って
――笑って
――――最後になるかもしれないから
そんな事を思いながら、微笑みを顔に浮かべる。
……引きつっていたかもしれないと思うのは、少しだけ頬が痙攣したかのように感じたからだ。
「奈美さ……「危ない!!!」
勇さんの声にかぶさるように、アキが大声で叫ぶ同時に私の手を引いて高く飛び上がる。
一瞬遅れて、勇さんもそれに続いて付いてきた。
思わず下を見ると、悪霊と呼んでいた黒い靄がさっきまで私達が居た辺りを包んでいる……かと思えば、すぐに追いかけてきた。
「海は残留思念が多いから悪霊も多いの!」
「空間使えないのは痛手だな!逃げられない!」
叫ぶようにアキと勇さんは言い、悪霊から逃げるも、私達に気が付いただろう悪霊は次から次へと湧き出て、私達を追いかけてくる。
「私は良いから……」
「嫌!!!!!!」
私がそんな事を言えば、アキが絶叫するかのように叫んだ。
「そんな事の為に助けたわけじゃない!私のせいで死ぬなんて嫌だ!!」
体力的のようなものがあるのだろうか、徐々にスピードが落ちているとは言え、それなりのスピードで南へ駆け抜けているアキの帽子が落ちた。
繋いだ手から、華奢なんだという事は理解した。そしてその顔は――私に似ていた。
似ている姉妹だった。
年子なのに、双子と言ってもおかしくない程に似ていた。
私と似ている死神――……。
「…………亜美…………?」
その名前を呟くと、アキは悲しそうな表情をしながらも悔しそうに唇を噛みしめていた。
何で……そんな顔をするの……?ねぇ……亜美……。
「私を恨んでないの……?」
「死んだのは私がバカだっただけでしょ!」
私だけが生き残った。
私が死ねば良かった。
姉なんだから。
残された方には、後悔ばかりが募り、ありもしない“もし”という架空論が頭の中に展開する。
罪悪感に押しつぶされる事もある程で、勝手に死者の想いを決めつけて生きる枷としてしまう。
その人の気持ちはその人にしか分からないのに、死人に口なしだ。都合よく考えるか、悪く考えるかは、その人次第で、どう足掻いても本心なんて知る事は出来ないのだから。
「なんで……勝手に不幸になってんのよ!!」
それを――勝手に決めつけ、勝手に悲観して、勝手に落ちて行っただけの話で。
涙をボロボロ流しながら叫ぶ亜美に、今まで私達をどんな思いで見ていたのだろうと胸が締め付けられる思いだ。
声も届かない、存在も認識されず、ただただ壊れていく家族を眺めているだけ――……。
「ごめん……ごめんね亜美!」
ただ、謝罪の言葉を口にする事しかできない。
過ぎた時は戻らないし、傷ついた心に染み付いた記憶は過去のものとして自分に刻みついているのだ。なかった事には出来ない。
「亜美!捕まる!!」
勇さんの言葉で、ハッとして振り返ると、目前にまで迫っていた黒い靄に気が付けば捕まるのは私だけで。
亜美は必死に靄を振り払い、それに勇さんも加勢する。
「お姉ちゃん……お姉ちゃん!!!」
懐かしい妹の呼び声に、最後に出会えた喜びで、このまま抵抗する気もなくなりそうだったけれど。亜美の涙に、悲しみに染まる声に、ダメだと我に返るあたり、私もお姉ちゃんなんだ、と思う。
「離して!!」
必死に靄を振り払うように、そして勇さんや亜美の手を掴むように、ここから脱出を試みる。
……けれど、捕まって逃れるのは難しいようで……。
「空間が使えたら……!」
悔しさに滲む声で、勇さんが言った言葉に、亜美も唇を噛みしめた。
集まってきた靄が、二人にまで伸びようとした為、私は二人を振り払って、靄に引きずられるように下降する。
「お姉ちゃん!?」
「奈美さん!」
ここで二人を巻き込む結果になる方が、私の後悔となる。
私を見放すような事になった二人には後悔が生まれるかもしれないけれど……。
私は、私の心が思うまま、二人から離れる事を選択した。
最後まで諦めたくないという思いもあるけれど、靄に包まれている状態では振り払うどころか身動きすらできない。
だけど、二人を巻き込みたくない。
「いやぁあああ!!!!」
「奈美さん!!!」
二人の叫び声が聞こえた……かと思ったら、いきなり辺り一帯が眩い光に包まれる。
思わず目を閉じると、身体に纏わりついている感覚もなくなった。瞼の裏にうつる光が薄らいでいったタイミングで、恐る恐る目を開けると、そこは見慣れた白い空間だった。
「え……」
「これ……は」
「マジかよ……」
一瞬、今何がどうなってるのか分からなくなって、思わず漏れただけの声となった私とは違い、亜美は驚き、勇さんに関しては頭を抱えている。
何が何だか分からなくて、私は思わず周りをキョロキョロ見渡してしまうが、視界に映るのは変わらず、延々に続くと思われる白く覆われた空間だけだ。
輝くかのような空間に自分の身体を見つめると、纏わりついていた黒いものがなく、そこで思わず安堵の息を漏らすと、ガッと力強く腕を掴まれて思わず身体が跳ねる。
「お姉ちゃん……」
腕を掴んだのは亜美で、安心したかのような、悲しんでいるかのような、何とも言えない顔でこちらを見ていた。
それに気が付いた勇さんは、勇気づけるかのように亜美の肩にポンと手をおいた。
「私が……やったの……」
少し時間が経った後、ポツリと呟くように亜美が口をあけた。
私から視線を外したまま、バツが悪そうに、亜美は言葉を続けた。
「お姉ちゃんは……あの日、寿命を迎える筈だったの……」
続いた言葉は、私にとって予想外の言葉でもあった。
確かにその時は、死ぬ気でいた。けれど今は……。
「え……でも生きてる……?」
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