第14話
「……死者が願う事はないよ」
不思議に思った私に、勇さんがそう答えた。
「それでも、良いんじゃないのかな?」
願いがない、なんて事はないでしょ。という言葉を出す事はなかったけど。
だって、それは叶う事がない事かもしれない。生きていたらという思いを持った願いかもしれない。
二人はしばらく考えた後に、それもそうかな、と言って一緒に参拝をした。
想いを心の中で反芻するかのように。
決意を表明するかのように。
望む自分を描いて、宣言する。
神様と呼ばれるものに。
願うわけでもなく、祈るわけでもなく、掴み取る為に、私は誓うかのようにしっかりと心の中で言葉にした。
たっぷりと時間をかけて心の中で言葉を整理すると同時に頭の中でも整理し終えて顔をあげると、勇さんとアキはもう終わっていたようで、私の方を向いて待っていた。
正宮を後にして、まだまだ人が途絶えない正宮を背に賑わうおはらい町やおかげ横丁を楽しむ。
人々の色んな顔が見えて、今この瞬間に色んな感情があるのだと言う事が分かる。
「あれ?招き猫?」
「横丁猫ってのも居るよ」
おかげ横丁に大きな招き猫がいる事で、つい口にした言葉に勇さんはそう返す。
見てみたいかもと思っていると、いくつかあるけどね、なんてアキの言葉でコンプリートしてやる!なんて気力が湧いてきた。
人混みなんて何のその。
踊っているような猫、仰向けで寝ている猫、おにぎりやお酒、魚や反物を持っている猫など様々で、スマホを持っていたら写真撮るのに!なんて思ってしまう。
――データなんて死後どこにも持っていけないけれど
――結局は、自分の記憶が全て
現状から、そんな思考が生み出されるけれど、それでも形に残して見返したいという思いは人間ならではだろう。
だって、記憶は色あせる。
人は忘れる生き物でもあるのだ。
「そろそろ初日の出スポットに行こうか」
そう言って勇さんが空間を経由して出た場所は、雪が残っている地で、周囲にはテントが並んでいて、バイクが止まっている。
日本最北端の地と書かれた碑があって、思わず首を傾げてしまうが、そういえば幽体だから寒さもないか、とすぐ納得した。
日本の最北。宗谷岬。
生身で来るのかと言われると、なかなか来ない気がする。雪の中で移動も大変そうだな、なんて思いしかない。
そこまで思って、ふと自分が家を出た日も雪だった事を思い出す。
何とも皮肉なものだ。
周囲が明るくなっていき、徐々に表れる日の出は本当に美しくて。
毎日毎日、太陽は沈んではのぼるし、初日の出なんて今まで興味すらなかったのに……今は目に涙が浮かび上がる。
綺麗だ。
こんなに綺麗なものを毎日気が付かず、気が付こうともせず、生きていたんだ。
知ろうとしなければ、知らないままで。
――知らないとは、何とも罪深い事なのだろう。
知らなかったから、なんて言い訳になっても、免罪符にはならない。
そう思える程に、私はただただ無知でどうしようもないガキだったのだと自覚をする。
――最後に、こんな美しい景色が見れて良かった
太陽が、その姿を全て私達の前に曝け出した時、終わりの時間が来たようだ。
「戻ろうか」
そう言って、手を差し伸べる勇さんを見ながら、その手を取る事なく私は……。
「戻らないよ」
そう答えた私に、勇さんは目を大きく見開いて驚いていたが、私はそれに対して優しく微笑んだ。
「悪霊になるって分かってんのか!?」
「選ぶなら可能性がある方に賭けたいの」
アキの怒鳴り声に対しても、私は冷静に返す。
「私、勇さんと一緒にいたい。身体に戻れば、どうあがいても先がない。悪霊にのまれない方に賭けたいの」
幽体なんて、誰にも認識されない存在。
あの七年よりも、もっと酷いだろう。だって、両親以外は私の存在を一応認識していたし、必要最低限は人と話す事があったのだから。
それを更に伸ばす事になる。
しかも悪霊になる可能性が高い状態で。
……あの地獄のような日々を永遠に……。
そんな絶望すら湧きそうな選択なのに、どうしても……どうしても、一縷の想いを、願いを私は切り捨てる事が出来ないのだ。
「悪霊にならない可能性に賭けるの」
真剣にそう言う私に、アキは全身震わせているのは、怒りの感情だからだろうか。勇さんは何も言わずにジッと私を見つめるだけだ。
一体、どう思われているのかは分からない。分からないけれど……勇さんに例え拒否されたとしても、私は……私は……勇さんの傍を選びたい。
「ありがとう」
色んな所へ連れていってくれて
面倒を見てくれて
私に沢山の事を教えてくれて
私に恋を教えてくれて――
「側に居る事は認めないよ」
寂しそうな、悲しそうな表情をして言う勇さん。その言葉にある意味は、私を戻したい一心で言ったものだと思いたい。
「それでも……私は賭けたい」
「ダメ!!」
そう叫んだアキが、無理やり私を白い空間へ押し入れようとするが……。
バチッ!!!!
火花のような、静電気のような光が飛び、私はその空間に入る事が出来なかった。
驚き、目を見開いているのは私だけじゃない。
勇さんも、アキも、口を大きく開けてまで驚き、一瞬時が止まったかのように感じた。
……何故……音にまで成されなくても、口の動きでそう呟いた事が理解できた。
「まさか……時間ギリギリまで空間を使えるわけではない……?」
勇さんが焦ったような表情で、そう言った。
一週間という時間が与えられたと思っていたけれど、実際にはそういうわけではないという事か。
「一週間は……最長だとしたら……?」
アキの、息をのむ音が聞こえた。
こんなケースはなかったから、と勇さんは額に手をあてる。つまり、もう時間がそこまで迫ってきているという事だろう。
時間ギリギリまで私を楽しませてくれるつもりが、既に時間がオーバーしていただけの話だ。
覚悟はしていた事で、決意した事だけど、心臓がバクバクと音を立てているような気がする。生身であれば、その激しい鼓動に息が詰まっている事だろう。
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