第13話
「勇!!」
魚と一緒に泳ぎながらサンゴ礁を巡っていると、切羽詰まったかのようなアキの声が聞こえた。
どうやら大きな事故があったらしく人手が足りないと。そもそも寿命と言うのは決まっているのではないのかと頭を傾げると、突発的な事故等に関しては寿命が書き換えられる事もあるとか。
人は寿命が決められているけれど、それこそ選択を積み重ねて未来を創る過程で、早まる事もあるらしい。
「ちょっと行ってくる」
「あ、じゃあ私を病院へ連れていって?」
勇さんも急ぎアキの後を追おうとしているからこそ、私はそう申し出た。
知らない場所より知って動ける場所の方が良いだろう。
勇さんは一瞬、驚いたように目を見開いていたが、すぐに顔を正すと、しっかりと頷いて私の手を取ってくれた。
そんな私達を見ながら、アキは事故現場へ戻っていくのだろうが、とりあえず向かったであろう白い空間へ続く。
本当に便利だな、なんて思ってしまえる。これが現世からも繋がるならば……なんて思うけど、そうなれば死者といつでも会えるという事になるのかと苦笑する。
いや、それが七年前にもしあったのならば……なんて、また、ありもしない事を考えて思考の沼にはまりそうだ。
――でも、もう私は――
勇さんに送ってもらった病室で、私は両親を向き合う。と言っても、向こうからは見えないし認識すら出来ない。
七年は長かったんだ。
実際今こうして存在を認識されていなくても、悲しいとも悔しいとも寂しいとも思わない程、これが当たり前だったんだ。
そこにあるのは人形で、演劇をしていると言われても理解が出来る。
もしくは……そこに居るのが亜美だと言われたら……強く納得すら出来るだろう。
「ごめんなさい」
一方通行だとしても、私だけは両親にきちんと向き合い、頭を下げた。
「私という存在を作ってくれてありがとう」
だから、勇さんと出会えた。
辛かった
苦しかった
産まれてきたくなかった
生きている事が嫌だった
だけど……だからこそ、出会えたんだ。
選ぶ事は、時として地獄だと思える程の苦痛に苛まれる場合もあるんだと。
横たわっている自分を目にしながら、思う。
今にも起き上がってきそうな程なのに、弱弱しく見えるのは管に繋がれているのと、疲れ果てた両親が居るからだろう。
自分がここに居るからだと思うけれど……これが自分だと理解していても……その痛々しい姿に胸が苦しむ。
「ごめんなさい」
もう一度、呟く。
聞こえる筈のない言葉……だけど。
「……奈美?」
母が、私の名前を呼んだ。
ベッドに寝ている私に目を向け、手を握って、何度か奈美……奈美……と呟いて。
「どうした?」
「今……奈美の声が聞こえた…………気がした……だけかしら……」
母の異変に、肩を摩り声をかけた父は、返ってきた答えに驚き目を見開いて私を見たが、微動だにしない私を見て、そっと母を抱き寄せた。
母も母で、空耳だったのかと、後半は力なく言葉を発して顔を俯かせる。
「ごめんなさいって……謝っている声が聞こえたのよ……」
肩を震わせて、母が言うその言葉を聞いた父は、歯を食いしばる。
両親の後悔が、懺悔の声が聞こえた。
謝るのは私の方なのに。
言い訳にしかならない。
悲しみに暮れていないで、奈美の事を考えるべきだった。
可哀そうな自分に溺れていた。
仕事に逃げていた。
心地いい場所に逃げていた。
現実と向き合う事をせずに。
――被害者ぶっていた。
まだ七年。
もう七年。
七年前から時が止まっているように。
あれもしたかった
これもしたかった
あそこに行きたい
あそこに連れて行きたかった
時間は戻らない
あの子との日々を取り戻せない
両親もまた、自分の選択に後悔をしていた。
溢れる言葉に、胸が締め付けられる思いになる。
「奈美……起きて、奈美……」
あの子の好きな食べ物も知らないの。
友達の名前も知らないのよ。
どこの高校を第一希望なのかも知らないわ。
成績も知らなければ、何を贈れば喜ぶのかも知らないのよ。
部活は何をしているのかも知らないわ。
「落ち着け」
母の後悔が次から次へと言葉になって溢れるように零れていく。
涙と共に、自分の過ちを一つ一つ懺悔するかのように。
そんな母を抱きしめながら、父も悔しそうな顔をして、目に涙を浮かべている。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい!!」
そんな両親を眺めながら、私はただその言葉だけを繰り返した。
戻らない時間。
だからこそ、今この瞬間を大切に向き合って生きないと、なくしてから気が付く後悔は果てしないものとなるのだろう。
亜美とだって……。
もっと色んな事をしたかった。
もっといっぱい遊びたかった。
私だって……悲しかったんだ。
一緒に悲しみたかったんだ。
残された者の悲しみを……分け合い、乗り越えたかったんだ……。
◇
「にゅ~~~~いやーーーー!!!」
「あけました、世の中はおめでたい?」
「現世では新年だね」
ハッピーとか、おめでとうとか、そういう言葉はあえて避けたんだけど、勇さんもアキもやはり言わない。
初詣ならば、と伊勢神宮まで足をのばしたが、案の定というか、やはり長蛇の列どころか人が溢れかえっている。
天照大御神を祀ってると言う事で有名なのは、テレビやネットニュースで知っている。日本神話に登場する代表格だし、天岩戸の話は結構有名なんじゃないだろうか。イザナギとイザナミの話も有名だけれど。
あれはあれで、死者を迎えに行く話だったよな、と思うと、日本の神話も色々と怖い。
愛の裏にあるのは憎悪なんじゃないだろうかと思える。好きだからこそ憎いというやつだ。
「最後の時だね」
「……そうだね」
蟻の行列よりも幅広い人の群れを上空から眺めながら、勇さんと言葉を交わす。
これが最後。初詣を堪能したら、戻る事になっている。
時間は変わらず流れる。どんなに何を思っても、時間は経過していくのだ。
列をなす人々の頭上を移動している為、パワースポットと呼ばれるものを見る事もなく、一番奥にある場所を目指す。
本来ならば外宮から……とも言うが、いかんせん人が多すぎて、細かい所まで見る事が出来ないのが残念だ。まぁ、幽体だからこそ並ぶ必要がないという点だけでも利点なのかもしれないが。
正宮を前に、参拝しようとする私をよそに、勇さんもアキも祈るそぶりを見せない。
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