第9話
自分の未練と立ち向かい、今は死神として動いているのか。
だから……ここまで優しくなれるの……?
鈍い痛みが心に広がる。
ポロポロと涙が溢れてくる。一体私はどれだけ泣いているのだろうか。
私は向き合ったの?真っすぐ前を向いたの?立ち向かったの?
勇さんの話を聞く前なら、ちゃんとそうしていたと言っていただろう。けれど、今はそう思えない。
なんて……。
なんて私は弱くて何も出来ない人間なんだろう……。
もっと出来る事があったかもしれない。
何か別の手段があったかもしれない。
真っ向から怒鳴りつけてでも自分の思いを吐き出すくらいしても良かったんじゃないか。
次から次へと溢れてくる思考。ただ、そこに後悔というものがないのは自分でも驚くけれど、それ以上に自分が恥ずかしい存在に思えて仕方ないんだ。
それこそ、まだ自分の心が逃げている証拠かもしれないけれど……。
「今は十八歳の姿なんだよ。二歳が死神ですっつって喋っても信用できないでしょ」
声も発することなく涙を流し続ける私に、少しふざけた感じで勇さんが話す。
「確かに」
まだ涙は止まらないけれど、私も笑って言葉を返した。二歳の死神って何よ。
生きている間には見る事が出来なかった、成長した自分の姿というやつだろうか。
ジッと、勇さんをよく見る。もしそのまま生きていたら、学校で学んだように細い身体になっていたのだろうか。今はそれなりに平均的な肉付きのようになっているけれど。
でも……それを何より見たかったのは本来であれば親なのではないのだろうか、と一般的な思考が浮かんできた。
「……生きて十八歳になってたらモテてただろうね」
「どうだろうね」
軽く言った言葉に苦笑で返されて、私はハッとする。
そういえば、徴兵と言うものがあったんじゃなかっただろうか。またやってしまった。
……本当に……。
生きる事が難しかった時代と、死ぬ事が難しくなった時代とでも言うのだろうか。
現代の医学等を思い出し、まるで私達は正反対なんだねと思い、心が苦しくなった。
少し一人にさせてほしい。
勇さんの話が終わった後に、私はそう申し出て、勇さんは少し心配そうな顔をした後に遠くへは行かないようにとだけ言って、仕事してくると消えて行った。
人は成長する事によって視野が広がると言うのであれば、何て皮肉な現状なのだろうかと、朝日を眺めながら思う。
ふわふわと浮いている幽体の状態にも慣れた私は、今になって色々と成長しているだろう自分に悔しさすら覚える。
――焼け焦げた平野でも、戦争の跡地でも――
勇さんの言葉を思い出し、嚙み締める。
自分が死ぬ事になった原因と、その結果を見つめていたんだろう。見つめる為、死神になったのだろうか。
だとしたら、勇さんにとって今の景色はどう見えるのだろうか。
終戦からの平和な日本。
食べる物がなかった時代からの食糧廃棄問題。
産地地消や国内生産も減り、輸入に頼るようになっている。
日本ならではの伝統工芸も廃れ、ITが発達していく。
お国の為に、なんて考え、今時持ってる人はいるのだろうか。
どこをどう考えても、私と勇さんは正反対の時代に生まれているんだ。
二歳かぁ……ご両親はどんな人だったんだろう……?
「って、なに勇さんの事ばっかり考えてんの!?」
思わず赤面し、両手で顔を覆った状態で、つい自分で自分に突っ込んでしまう。
身体に戻ったら無くなってしまう記憶。
そんな状態で成長したとしても嬉しさより虚しさが勝つし、何より……。
「勇さんを忘れたくないなぁ……」
そんな想いがよぎる。
幽体同士の触れ合いなのに、温かさを感じた気がした。
我慢する事なく自然と涙が溢れ、甘える事すら忘れていたのに何を考えるともなく縋り付いてしまった。
「だからぁ!」
また勇さんの事を考えていて、頭を搔きむしると髪の毛がぐちゃぐちゃになる。
あ、と思いながら見ている人が居ないと分かっていても、つい手櫛で髪の毛を整えてしまう。うん、勇さんが来るかもしれないしね。
じゃなくて!
こんな自分に戸惑いながら、ふと思い出したのは勇さんのパートナーであるアキという人物の事だ。
一体どんな未練があるのだろうか、どんな人生だったのだろうか。
勇さんの話を聞いて、勝手に悲しいものなのかな、なんて想像して胸が痛くなる。
――……生きられるくせに。
アキの言葉が胸に響く。
一体、どんな思いで言ったのだろう。私の言葉をどんな思いで聞いたのだろう。
死神になるのが子どもだと言うのならば、一体いくつで亡くなったのだろう。
「……選択……出来る年齢だったのかな……」
何を食べるか
何を買うか
何を見るか
日々の小さな積み重ねすら選択で。
スイッチを入れるとか、トイレに行くとかすらも選択で。
常に選択に付きまとわれている。
やるか、やらないか。選択の大小に関係なく、その一言に尽きるのだろう。
そして私も簡単に下した、死の選択。そして、身体へ戻らないという選択。
仕事をしてくると勇さんは言った……という事は魂を導いているのだろう。
今も誰かが何処かで死んでいる。そしてきっと、誰かが何処かで産まれてもいるんだろう。
晴天の空を仰ぎながら、そんな事を思う。
私には全く関係のないところで、泣き、悲しみ、叫び、そして喜び、笑い、楽しむ人が居る。
知らないし、分からないけれど、私にとってはそんなのでも、当事者にとっては全く違うわけで。
今も必死に人は生きている。色んな感情に飲まれながら。
選び、掴み取り、生きている。
何か小難しくて答えも出ないような事をずっと考えてえるな、と自分自身に苦笑しながら、空中で仰向けになったまま雲が流れていく様を眺める。
生きている時にはなかった、ゆっくりとした時間の中で、自然の美しさ、二度とは同じ形を見る事がないだろう雲の動きを目に焼き付けるかのように……。
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