第8話
――人生は選択の連続である――
有名な人の言葉だったと思うけれど、選択の幅は限られていたかと思える。
情報を集めて知らなくちゃ、選択肢なんてとても少なくて。でも知っていたとして児童相談所なんて行っただろうか?
話しかけて、忙しいからと言われて。
ごはんを作っても帰ってこなくて。
良い成績をとっても褒められなくて。
何を選択すれば、良くなったのかも分からない程、私はまだまだ子どもなんだと思い知らされる反面、結局安直に死へと逃げようとしただけなのも理解できた……。
理解してしまった…………。
住む場所があって。
食べるものもあって。
学校にも通えている。
お金はあるのだろうし、苦労はしてない。
だけどそこはイコールで幸せに繋がらない。
暴力を振るわれたり、殺されかけたりしたわけでもない。
幸せも不幸も自分の心が決めるというけれど……。
「死にたかったわけじゃなくて、愛されたかっただけでしょ」
いきなり放たれた勇さんからの言葉が、すとんと胸に落ちた。
目頭が熱くなるのが分かる。
「哲学とか、そういうのは分からないけど……生きる意味や価値は人それぞれじゃない?」
思わず、勇さんに縋り付いて涙をこぼしてしまった。そんな私を引き離す事もせず、ただただ背中を優しく撫でてくれる勇さんの優しさに今はただ縋り付きたい。
……欲しかった人の温もり。
特に何も考えてないように勇さんは言ったけれど、唐突に私は理解してしまったのだ。
こんな状況になって、ここまで色々考えて、色んな視点を知ったりしたからだろうか。きっと、こうなる前にそんな事を言われていても、そんな事ないとか言っていたんだろうな。
――自分で気が付かない自分の心。
ありがとう
ありがとう
ありがとう
口から出るのは嗚咽だけれど、心はずっと感謝の言葉を叫んでいる。
夜の公園で、人目に認識されるわけでもない私達は、何を気にするわけでもなく抱きしめあうかのように。そして私は勇さんの胸でひとしきり泣いた。
泣いて、泣いて、泣いた後に冷静になりつつある頭で私は思った。
大人びた、だけど実際の年齢は違うと言う勇さん。
知りたい
知りたい
知りたい
勇さんをもっと知りたい。
そんな想いが沸き上がってくる。
「勇さんは……どうやって亡くなったの……?」
ピクリと、勇さんの身体が動いた気がした。
その表情を真っすぐ見つめる勇気はなくて、ただ勇さんの胸に顔を埋めたまま、私は次の言葉を待った。
「移動しようか」
少し間があった後に勇さんはそう言うと、また真っ白な空間へ戻される。
あの場所はあまり好きじゃないんだけどな……なんて思っていると、距離短縮だよ、なんて言いながら、また四角いドアらしきものを出した。
「うわぁっ」
くぐり抜けたそこは、山頂あたりから市街の夜景を見渡せる場所だった。と言っても、私達はその辺りに浮いているので、更にもう少し上から見下ろせる位置にいる。
海面らしきものにも浮かび上がる光、これは日本三大夜景に選ばれている場所じゃないだろうか。確か長崎の稲佐山。
まだ時間が間に合うと思ったから、と言いながら勇さんも目を細めながら夜景を眺めている。……そして。
「僕の話をしようか……?」
その言葉にゴクリを息をのんだ。
聞いたのは私……だけど、とても緊張するし、今更ながら本当に聞いていいのだろうかという思いも浮かび上がってくる。
「僕は二歳の時に栄養失調で死んだんだ」
想像もつかない事に思わず目を見開いて、呼吸をする事も忘れてしまった。
――ネグレクト。
思わず頭に出た言葉はそれで、でも私より酷いんじゃないだろうかと思ってしまった。
本当に私は幸いにも、食べるものさえあれば自力で食べる事が出来る年齢だったと言うのもある。
そんな私の考えを見抜いたのか、苦笑しながら勇さんは先を続けた。
「……戦時中の話だよ」
ゴクリと息をのむ。
今の姿と実際の年齢は違うと言った勇さん。確かに二歳で死んでいれば二歳なんだろう。全く想像なんてつかないけれど……では、死後の時間もプラスされてしまえば……?
いや、何かもうそういう問題じゃない。
戦時中という私が想像も出来ない話の中で、私は全く関係がなく、そして自分が理解出来る範囲の事だけが頭の中を駆け巡っていた。
足元に広がる綺麗な夜景は、時間が経っていく程に街の明かりが少なくなっていく。もう寝る時間なのだろう。
戦時中……。
長崎……。
八月は終戦記念日だとかで、少しだけ学校で戦争の話をするくらいだ。その話を聞いたところで全く現実味がなくて、どれだけ辛くて悲しくて酷いものなのかなんて、想像したところできっと十分の一にも満たないんじゃないだろうかと思う。
結局、誰しも自分が体験していない事は想像するしかないのだけれど、その想像では完全に理解する事は出来ないのだ。出来るのは、“知る”事だけ。
勇さんは昭和の初期に生まれたと言う。
二歳なんて記憶もなくて、ただただ本能的に生きようとしているだけで、それを理解して知ったのも死んでからの話だと言う。と言っても、理解したと言ってもやはり二歳で、泣き叫んで親を恋しんでどうしようもなかったというのは、やはり理解できただけであって。生きている時と何ら変わらないのだと言う。
戦争中は食べるものもなく、何を選ぶ事も、何をする事もなく、ただただ弱って死んでいっただけだったと。
「もっと生きたかった」
遠くを眺めるように勇さんは言った。
足元に広がっていた光は、徐々に光を失っていき、そのうち暗闇に飲まれるんじゃないかと錯覚さえ起こしてしまいそうだ。
「世界を見たかった」
当時は叶う事がなかっただろう願いを勇さんは口にする。そして。
「それが焼け焦げた平野でも、戦争の跡地でも――」
――未練。
胸が熱くなると同時に、自分がとても愚かでちっぽけで、どうしようもない存在に思えて恥ずかしくなる。
選べなくても、選択する術がなくても、勇さんは自分と向き合い、真っすぐ前を向いたのか。
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