第7話
「パートナー?」
思わず首を傾げる。パートナーとは?
いや、パートナーの言葉的な意味は理解できるんだけど、仕事の相棒的な?いや、会話からそれしかないよな、なんて考えていると、勇さんがため息をついた後、言葉を紡ぎだした。
「どうせ忘れるし説明しても良いか」
「現世には戻らない」
反射的に言葉を返してしまった辺り、反抗期かとも思えたけれど、本当に戻りたくないという気持ちはしっかりある。
そんな私の言葉にピクリとアキと言う人が揺れたかと思うと、くるりと私達に背を向けた。
「……生きられるくせに」
そう一言呟くように残すと、そのまま空へ消えていった。
夜の闇に姿が見えなくなるまで呆然と見送った後、私は我に返ったかのように苛立ちが募った。
「……何あれ」
「あー……」
怒気を孕んだ私の声に、勇さんは少し歯切れの悪いような言葉を返す。
「生きられるって……そもそも産んでくれなんて頼んでないし!勝手に望んで勝手に作って勝手に産むのは親でしょう!?誰が生きたいなんて頼んだのよ!」
「奈美さん」
勇さんの口から聞いた事がない程に冷たく感情のこもらない声色で呼ばれた名前に、思わず身体がビクリと震えた。
恐る恐る視線を上げて勇さんの顔を見ると、そこには表情もなく、更に何も映していないかのような瞳で私を見ているだけだった。冷たいその表情に胸が痛むと共に、寂しさが心を覆った。
「死神って何だと思う?」
「ん~…………………………怖いものとして描かれている事が多い?」
いきなりの質問に一瞬驚いたけれど、少し考えて言葉を返した。
その言葉を聞いた時にはもう勇さんの表情は戻っていたけれど、私は申し訳なさを感じていた。きっと私の言葉で何か思うところがあったのだろう。だけど、あれは私の本心でもある。
人間はどうして産まれて、そして生きるのだろう。あんな地獄を誰が望むのだろう。
「……人の魂は死後の世界へ行く為に、迷わないよう道案内が存在するんだ。それが、僕たち死神」
ぐるぐると、また考えこみそうになった私は、勇さんの言葉で意識を勇さんの方へ戻した。
人は死後、いきなり死後の世界へ行くわけではなく、その場に居て、きちんと自分の死を見届け受け入れるとの事で、その後に道案内をするのだと言う。
魂が迷わないように。きちんと死後の世界へ行けるように。
そして勇さんはふいに私から視線を外すと、少し言葉を詰まらせた後に言った。
「……そして、死神は……子どものうちに死んだ魂だよ」
「……え?」
私は驚きに目を見開いて、勇さんを見入った。
子ども……そもそも勇さんの外見は十代後半にしか見えない。
あれ?でも、そういえば最初会った時に見た目とは違うとか言っていたよね?
「外見は変える事が出来るんだよ。死後の世界への道案内が小さい子どもだなんて、皆不安になるでしょ?極論、赤ちゃん相手だったらどう思う?」
「ごもっともです」
むしろ赤ちゃんが喋って説明してるとか怖いんだけど。一見ホラーにしか見えない。否、幽霊なんだったら結局ホラーか?
なんて事を考えてしまった。
と言っても、死後の子どもが全員死神になるわけじゃないんだけどね、と前置きした勇さんは更に説明をしてくれた。
死神は賽の河原の石積みの一つだと言う。
賽の河原の石積みは聞いた事がある。親よりも先に死んだ子どもが河原で石積みをし石塔を作る。
一重積んでは父の為
二重積んでは母の為
石を積み続けて、そして石塔が完成する直前、鬼に壊されるというのを繰り返すのだ。
石を積むのは徳を積むという意味もあり、魂を導くのも徳を積む行為とされるらしい。
――石を積むか、決められた魂を迷わせず冥府へ導くか。
選択が出来るのは、何故か現世に未練がある魂の中から選定されて、更に試験をくぐりぬけた者だけが死神になれると言う。
「試験?」
「まぁ、人徳ってやつかな」
皮肉気に笑った勇さんは、更にこう続けた。
――現世に未練があるから、死神は二人一組なんだよ――
つまりお互いが見張りという役割があるという事だ。
じゃあ何で未練がある魂なんて選ぶんだよ、という話なのだが、勇さん曰く、未練がない魂がそもそもないらしく、未練がないとしたら人徳がない等の余程訳ありな魂だと言う。
「生を渇望するからこそ、死者に優しくなれる」
勇さんのその言葉にドキッとした。
つまりそれは……勇さんは未練を残して死んだという事で、生に渇望しているという事なのだろう。
例えば私であれば……こんな間違えた魂に着いていたりするのだろうか?と、置き換えて考えてみると、死んで良いじゃないか、と問答無用になりそうだ。それこそ強制的に何か出来るのであれば全てそうするだろう。
――相手の思いに気が付く事も理解する事もできず。
「……ごめんなさい」
俯いて、小さな声で出た謝罪の言葉は勇さんに届いたようで、フッと柔らかい微笑を返してくれた。
――産んでくれなんて頼んで。
――勝手に望んで勝手に作って勝手に産む。
――誰が生きたいなんて頼んだの。
生きたいと願って死んだ人間を目の前に言う言葉ではなかったと今更になって思った。
知らなかったから。なんて言っても、この罪悪感は拭えないし、知らなかったからと言っても、言って良い言葉ではなかっただろう。
相手の事を何も知らないのに、優しさに甘えて暴言を吐いてるだけの子どもじゃないか。
そんな事を思いながらも、叶わなかった“もしも”を想像する。
愛されていたら……。
充実した生活であれば……。
全てが違ったのだろうか、と。
産み落とされて、自我が芽生え、生きる事になる。
生きるって何だろう?
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