第6話

 どうやら、私の感情が高ぶって、それによりポルターガイストを起こした上に見えやすくなってしまったそうだ。

 それを聞いて、見られたい時に姿を見せる事が出来るの?と問いかけた私の言葉に対して勇さんはノーコメントと答えたから、出来ない事はないという事なんだろうな、なんて勝手に都合よく思っておいた。

 それにしても……人というのは、裏があるな、と思う。そして、恋愛なんて信じられるものでもないな、と。

 愛し合って結婚しても、結局浮気をしている両親を見てきたじゃないか。

 母だって表向きは優しい人だろう。父だって仕事が出来る頼もしい人だろう。だけど裏ではどうだ。家族を顧みる事をせず、自分の好き放題生きているじゃないか。


 ――私の事すら忘れて。


 愛って何

 家族って何

 人って何


 ぐるぐると答えなんて出る事ないだろう疑問が頭の中を駆け巡る。

 さっきまで呆れつつ若干小言が多くて説教じみてた勇さんも、今は静かに私の後ろについてきている。今はその距離感が嬉しくて、勇さんは気遣いが出来て優しいんだな、とも思える……。


 けれど

 でも


 信じてはいけない。

 裏がある。

 そういうのを見つけようと、否定的な言葉が続いてしまう。


「あ……」


 ふと、足を止めて気が付く。私が無意識で向かっていたのは此処だったのかと。


「……」


 此処がどういう場所なのか知ってるのだろう勇さんは何も言わない。

 私は公園の前にある車道の、とある場所に立って、上を見上げる。車が通るけれど、それは私の身体をすり抜けていくだけで、私に衝撃など一つも与えない。


「……私が……死ねば良かったのかな……」


 過去は変えられない。なくしたものは戻らない。

 そうと理解していても呟かずにはいられなかった。

 勇さんは聞こえていただろうけれど、その言葉に対して反応はしなかった。きっと今どんな言葉を言われたとしても、私は否定の言葉を返してしまうだろうから。


「亜美…………」


 もう、その名を呼ぶ事すらなかった。

 ――亜美――

 七年前、ここで死んだ妹の名前。

 忘れもしない、九月六日。私は小学二年生で、亜美は小学一年生。

 小学生になったから、と、二人で公園に来てボール遊びをしていたんだ。

 ボールを投げあっていて、私が投げたボールが外れて、車道の方へ飛んでってしまって……それを追いかけて車道に飛び出した亜美は……車に轢かれた。

 一瞬何が起こったのか分からなくて、周囲の悲鳴と車を運転していた人の叫び声と……道路に広がり染まる赤。

 全てがスローモーションで、自分の感覚すら分からなくなるほどで……かろうじて理解したのは亜美が動いていない事で……。

 そこから記憶がほとんどない。そこからどうなったのか、どうやって帰ったのか。

 そして通夜も告別式もしたと思う。小さな骨を見たと思う。だけどその辺りに関しては全く実感がないのだ。まるで夢を見ただけかのように、記憶に霧がかっているように。


「亜美」


 貴女さえ生きていてくれたら……そう何度願ったか分からない。

 意気消沈した両親に、会話がなくなった家。放置された私。

 母は泣いて暮らし、家事をしなくなり、父はそんな家から逃げるかのように仕事に没頭した。

 そんな日々を過ごしていく内に、母は自分を支えてくれる男と仲良くなり、父は一緒に仕事をしている女と仲良くなっていた。

 隠そうともしない両親、というか私の存在に気が付いていないかのような二人だったから、すぐに気が付いた。

 ケバい化粧に露出のある服。香水の移り香に週末は外泊。


 ――亜美だから……?

 ――亜美が死んだから……?

 ――私は……?


 何度も自問自答した挙句、答えが出なかった質問が頭をよぎったが、すでに魂である今は苦笑する。

 生きているわけでもない、そんな事で悩む必要もない。むしろ魂だけなのに、そこまで回る頭が嫌になる。

 七年だ。七年たっても両親は私に気が付いてくれなかったのだ。もうそれが答えだろう。


 ――貴方は亜美の事なんて愛してなかったから、そんな平気な顔をして生きていられるのよ!!だから浮気も楽しめるのよ!!――


 家を出る前に母が怒鳴っていた言葉を思い出し、あんた達の事だね、と心の中でだけ皮肉を返す。

 私の事なんて愛してなかったから、平気な顔して生きて、浮気を楽しめているのだ。


「勇!!!!」


 ついつい感傷に耽っていた時に、甲高い怒鳴り声が聞こえて我に返る。

 声の方向を見ると、宙に浮いた人がこちらを見下ろしているのがわかる。

 目深な帽子にブカっとしたメンズ服を着てるけれど、背丈的には同じ年くらいなのかな……?女?声変わり前の男??

 そんな事を考えていると、私達の前に降り立ってきて、やっと表情が分かる距離になって初めてかろうじて見える口元が歪んでいたのが分かった。


「あんたまだ居るのか!勇!仕事しろ!!!」

「してるけどねぇ……」


 どうやら怒り心頭らしいが、勇さんはお手上げですというポーズを決めながら返事を返した。


「してんなら、何でまだココに居るんだよ!」

「いや、おねーさん頑固で」

「現世に戻すのが仕事だろ!?」

「それを言うならアキの仕事でもあるよね~」

「こっちは一人で魂運んでたんだっての!!」


 どうやら私の事で喧嘩をしているらしい……のは理解した。理解したけど……。


「あの~……?どちらさまで?」


 私が言うのも何か違う気がするけれど、仕事を一人でやってたとか、何かちょっと私が原因で大変な事になってます?と思ってしまった為、二人を伺いながら恐々と声を出すと、アキと呼ばれた人がピタリと止まったかと思うと、勇さんの一歩後ろに隠れるように控えた。

 えー?何でー?


「こっちはアキ。僕のパートナー」

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