第4話

「……ごめん。家庭環境考えてなかった」

「……」


 不貞腐れて、涙を浮かべた私に気が付いた後に、ハッとした表情となった勇さんがそう言ったけれど、私は言葉を返せなかった。

 ちゃんと……勇さんは知ってるんだ……なんて事を思いながらも、胸の痛みやザワつきが収まるのを待った。


「……両親の所に行く?」

「いるところわかるの?」

「わかるよ」


 勇さんが、ふいにそんな事を言う。

 勇さんなりの気遣いかもしれないな、と思いながら問いかけた。

 そうか、両親が居るところがわかるのか……。

 じゃあ……。


「絶対行かない!」


 私は勇さんを睨むように見ると、そう答えた。


「行かない。絶対に!だから二人が居る所に私が行かないようにだけして!!」


 叫ぶような私の言葉に、勇さんは苦笑しながら一歩下がるかのように動いた後、わかったよと呟いた。

 悲しみに包まれた私の心を代弁するかのように空から雨粒が舞い降りる。

 と言っても、感覚があるわけではないので、視覚によって雨を認識しただけだ。

 上を向いて雨を見ようとするも、癖のように目を閉じてしまう。生身であれば目に雨が入らないようにというか刺激に対する条件反射的に身体が動いていたが、幽体になっても閉じようとするようだ。

 閉じずにすむように慣れると、私は雨が舞い降りる瞬間をしっかりと視界に収めるようにしながら、少しだけ涙を流すような感覚を味わって心を落ち着けた。






 希望か、絶望か――。

 ほんの少し……ほんの少しだけ、もしかしてと思った。思ったけれど両親は私が家に居た事も……外に出た事も気が付いていなかったのだろう。追いかけてすらこなかった。

 今もし両親を見たとしてどうなのだろうか。

 あの時に砕け散った希望。

 私が死んだ事にも気が付いていないだろう。気が付いていても悲しみも何もないだろう。あの両親にとって私が死んだところで悲しみに暮れる姿なんて想像できない。むしろ居ないも同然だったものが居なくなっただけなのだ。

 そんな事を思いながらも、もしかして……なんて思いを抱いてしまう自分が嫌になる。

 そんな自分に気が付いた事に悔しくて悲しくて……どうしようもなく、やりきれない思いが沸き上がってくる。


 落ち着け

 落ち着け

 落ち着け


 思考を戻そうと、心を戻そうと、幽体なのに深呼吸して整えると、私の心に呼応しているかのように雨が弱くなっていく。


「……あ」

「虹だね」


 光の屈折と言うが、見ているとどうしても潜ってみたくなるのは私だけだろうか。


「あそこまで競争!」

「はぁ!?」


 そんな事を言って、私は虹に向かって飛ぶ。近づこうにも離れたり、違う場所に現れたり。そういう所も含めて面白かったりする。

 悲しんでも、悔しんでも無駄だ。私は死んでいる。正確には間違えて魂を取られただけだと言うが、戻るつもりがないなら同じ事。あんな両親の事で心を乱すだけ無駄だ。

 生きている間はずっと両親にとらわれていたからこそ、今はめいっぱい楽しみたい。


「元気すぎるだろ……」

「勇さん、おっさん~!」

「あのなぁ!!」


 ただただ届かない虹を追いかけて、無邪気にはしゃいで笑う。

 そうこうしている内に、夕方になっていくのか、辺りは赤く染まっていく。昼から夜に変わっていく不思議なこの時間帯は美しくもあり、綺麗でもある。


「黄昏時……」

「逢魔が時とも言うね」


 誰そ彼。

 そこにいるのは誰ですか?誰ですかあなたは?とたずねる頃合いと言う。挨拶運動のようなものかな、と思った事もあった。挨拶を積極的にかわす事で不審者が逃げ出すとかね。

 今の時代、挨拶に声をかけただけで不審者扱いされたりするから、そんな風習もなくなってきた。


「……一度戻るよ」

「え?何で?」


 私が夕日を見入って、そんな事を考えていれば、勇さんは険しい顔をしてそんな事を言い出した。

 逢魔が時。黄昏時の事。

 確か、誰そ彼の意味に、そこにいるのは誰だろう?よくわからない。というものもあった気がする。確かに薄暗くなってきた時間帯は、視界も少し鈍くなる気がする。

 そして、禍々しい時という意味もあり、魔物に遭遇するとか、あまり良くない意味を持っていた筈だ。


「早く」

「えっ!?ちょ……っ!」


 そんな事を考えていれば、勇さんは私の手を引っ張って、突如として現れた四角い光の中へ入っていく。


「折角の夕日が」

「謝らないからね。危険な時なんだから」


 暗闇の世界に足元は光り輝くイルミネーション。こんな所から街の光が見えるなんて、それこそ飛行機にでも乗っていない限り無理じゃないだろうかという位の絶景で、私は感動するどころか膨れっ面だ。

 黄昏時が終わってから、再度現世に戻る事が出来たんだが、おかげで昼から夜に切り替わり、沈んでいく夕日を見逃したのだ。


「霊体にとっては消滅に関わるんだ」

「あーはいはい!わかった!」


 勇さん曰く、その時間帯は悪霊が活発になる時間であり、幽体だけの私は絶好の獲物みたいなものだと言う。襲われて何かあれば魂そのものが消滅してしまうと言うけれど、別にそれでも良いと思ってしまう私も居る。

 輪廻転生とか、生まれ変わりとか……ピンとこない。

 魂は巡っても、記憶はないわけで。次に生まれるとしてもそれは私ではないし、全くの別人であるという認識だ。それが延々と繰り返されているとしたら、今いる私は一体なんなのかとさえ思えてしまう。

 あの苦しみも悲しみも……何なのだろう。そう思うと、適当な返事しか出来なかった。


 お台場海浜公園や台場公園の夜景を空中から楽しむ。こんなのドローン越しじゃないと見られないようなものだ。それが実際にこの目で見られるなんて本当に楽しいし貴重な体験だと思う。

 沈んだ心と暗くなった思考を振り払うかのように楽しみ、認識されない事を良い事に、カップルがいちゃついてるのを目の前で眺めてたりする。

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