第3話

「えぇええ!?」


 こんな何もない空間でボーっとするなんて、気が狂いそうだと思う。

 突拍子もないけど希望がありそうな現世ツアーの言葉に勇さんは即刻却下するわけでもなく、驚き叫んだ後にブツブツと、バレたらなぁとか、でもなぁとか面倒を押し付けられたしとか言ってる。

 ……押し付けられたって、ちょっと失礼じゃない?一体誰にだよと思わないわけでもないけれど、それで何か言って却下されても困るので口を閉じて大人しく待っている。

 オッケーと言って!何もしないで居るならいっそ地獄でも良いから送ってとさえ思えてしまうかもしれない!それはそれで嫌だけど!嫌だけど!!

 そんな事を心の中で叫びながら祈っていると、勇さんがこちらに視線を向けて口を開いた。


「…………………………わかった」

「やったー!!!!!!!」


 たっぷり間を開けた後に、聞こえた言葉はため息交じりだったような気がするけれど、言質をとった私にはもう関係ない!

 その場で万歳をして喜びを表した。

 視界の隅で映る勇さんが若干引いているように見えたが、そんなの関係ない!幽体になったからこそ出来る、現世巡りツアーだ!!!

 幽体しか出来ない事、幽体だからこそ楽しめる事って何だろう。

 わくわくしながらそう考えていると、勇さんがジっとこっちを見つめて言ってきた。


「決まりはあるからね」


 鋭い一言にギクリと肩を揺らしたのに気が付かれたらしく、更にため息が聞こえてきた。

 ここで現世ツアーが無しと言われても困る私は、コクコクと何度も頭を上下させて頷く。

 曰く、現世は下界と呼ばれていると。まぁそこは理解できる。物語によって様々だもんね。

 そして幽体である私達は下界では認識される事もないし、見られる事はもちろん、会話をする事も触れる事も出来ない。たまに見える人が現れる事もあるけれど、特に何かしてはいけないと。

 つまる所、干渉するような事は一切禁止というわけだ。


「破ったらどうなるの?」

「強制的に帰ってもらうという処置を上が取るかな」


 バレる事になるし、という言葉がボソっと聞こえた辺り、現状私の魂が間違って抜かれた事は未報告なんだなという事が理解できた。

 つまり、上にバレてしまえば私は強制的に戻されるという事だ。それはそれで絶対に阻止しなければならない。

 ただ――認識されないという言葉に、少しだけ胸に痛みが走った気がしたが、そこは気が付かないふりをした。





「ここから行くよ」


 そう言って目の前にいきなり現れたのは、かろうじて四角い形に光ってる線とでも言えばいいのだろうか。光輝く線が浮かんでいる感じだ。

 ……現実なら言ってる自分が頭おかしくなったのかとさえ思える。

 勇さんの差し出した手を取り、その四角の中を通り過ぎると、そこは空の上だった。


「うわぁあああああお!!!」

「驚いた?」

「そりゃ驚くよ!!」


 何かするわけでもなく空中に浮かんでいる自分自身に驚きながらも、のぼったり下がったり、右に行ったり左に行ったり出来るのかと、ジタバタと手足を動かしてみると、意識するだけですんなり動けた事に驚いた。


「プッ!」

「……勇さん?」


 そんな私を見て笑いをこらえたつもりなのか、私から顔を背けているけれど噴き出したのは聞こえたし、今も肩を震わせてるのは見てわかる。

 思わずジト目で責めるような声で名前を呼ぶと、ごめんごめんと言いながらも、周囲を見てごらんと言われて私は周りを見渡す。

 晴天の空、足元には建物が立ち並び、人々が忙しく動いている。あの中に私も居たんだと思うと感慨深くすらなってくる。更に遠くには山等の緑や、海も見えたりする。これはこれで絶景だ、なんて思いつつ、ふと隣に目を向けると雲があった。雲は水蒸気と言うよね、なんて思いながら、掴むかのように手を差し伸べるも、特に感覚なんてなかった。


「幽体だからね……?」


 残念そうにする私に、勇さんは感覚がなくて当たり前だと言わんばかりに言ってきた。

 そうだった。冷たさも熱さも何も感じないのか、なんて思いながらも雲の中に手を入れるなんて、生きている内に経験できるだろうか!?いや、スカイダイビングとかならできるのか……?……したいと思わないけど。絶叫マシンは苦手なんだよね。幽体になってこんな事してるのに何言ってるんだと思われるかもしれないけど。

 実際、急速に動くわけでもなければ、いきなり落下するわけでもないし、自分の意志で身体を動かせるというだけで心持ちが全然違う。


「よーっし!観光だー!」

「……は?」

「生身の体と幽体じゃ違うでしょ!」

「あ~……」


 なんとなく納得はしたのか、私は勇さんの手を取ると、そのまま弾丸観光ツアーに向かった。

 思いつく限り見て回る。

 東京タワーや東京スカイツリーを真横から見て……というか真横に立ち並んだりする事なんてそうそう出来るわけでもない。

 そして壁から出入りするなんて事も、幽体ならではの事だ。

 ちょっと挑戦しようと思って触れてみたら、そのまますり抜けてしまったのには驚いたけれど、視界に映る景色に違和感はあるものの感覚的な違和感は一切なかったから、私はそのまま何事もなかったかのように受け入れたら勇さんに少しは戸惑うとかないの?なんて言われてしまった。

 明治神宮や浅草寺の普段立ち入り禁止になっている所に入り込もうとした時は、勇さんに思いっきり止められた。

 そういう所に出入りだって、人から認識されてない上に通り抜けられる今だけだと思うのに!と反論したら、人としてのルールを守って!モラルどうなってるの!?なんて言われてしまった。

 バレなければ良いとか、怒られなければ良いとか、そういう問題ではないと。人は人として守るべき尊厳とは?なんて難しい事を言われて、思わず顔を背けてしまった。

 そんな事を言われても、教えてくれる人なんて居なかった。なんて、責任転嫁のような、でも教えてもらわなければ気が付く事が出来ない分類じゃないか、なんて思いが膨れ上がってしまう。

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