クリスマス・イブ(2)


「おい……松下。てめえ、何を言ってるんだ?」


 中里が尋ねる。


「そのままなんですけど、わかりませんでした? ねえ、栞子さん。ストーカーですよね、あなた」

「そんな訳ないじゃないですか。中里さんの言う通りですよ。本当に何を言ってるんですか?」

「いや、おかしいと思ったんですよねー。栞子さん、海斗さんの好きな味噌汁の味噌、知ってます?」

「……白味噌です」

「違いますよ。祐介さん、わかります?」

「えっ……確か、赤味噌です」

「ですよね。栞子さん。ご飯は硬めが好きだと思います? 柔らかめが好きだと思います?」

「……硬め」

「ぶぶーっ! 残念、柔らかめでしたー……ってかさ、栞子さん」


 松下は、漆黒の瞳で抉るようにつぶやく。


「海斗さんこと、なーんにも、わかってないんですね?」

「……私と食べてた時は、美味しい美味しいって食べてましたよ。私は、白味噌、硬めのご飯が好きだって思ってました。何がいけないんですか?」

「そう言うしかないですよね。頭のいい人だ。俺の質問の意図を理解して、瞬時に大正解の回答を出した。完璧な弁明です」


 松下はパチパチと小さく拍手する。


「さっきから、何をおっしゃってるんです?」

「じゃ、これから俺が言うこともわかりますよね? 海斗さんは彼女いた。でも、二股はしてない。なら、あなたは? そうなっちゃうじゃないですか」

「いや、そうなりませんよ」


 栞子は首を振る。


「私が海斗君の婚約者なんですよ? 理佐さんが嘘をついているじゃないですか」

「なるほど、理佐さん嘘ついてるんですか?」

「……いえ。もう、嘘をつくのはこりごりなんで」

「ですって」

「おい! 松下、なんなんだテメエは!」

「新堂君、頼む、ちょっと抑えておいて」

「わかりました」

「くっ……離せ! テメェに栞子ちゃんの想いでを汚す権利があるのかよ!? ふざけんじゃねぇぞ! 彼女のあんな幸せな写真見といて、よくそんなこと言えるな!」

「ええ。あれ、よくできますよねー」

「よく……できるてる……だとっ!?」

「合成写真ですよね、アレ?」

「……っ」


 中里が唖然とする。


 だが、松下は構わず話し続ける。


「スマホだとすぐにバレるから残してなかったんですよね」

「違います」

「じゃ、ウチの鑑識班に解析させてもらってもいいですか?」

「お断りします」

「なんでですか? 違うならいいじゃないですか。せっかく、潔白を証明できるのに」

「中里さんの言う通りですよ。あなたに汚されたくないんです、思い出を」

「いや、そんな理由ショボいでしょ」

「……いい加減にしてもらえますか?」


 栞子の声に怒りの色が混じる。


「だって、合成写真かどうか確認してもらうだけなのに、なんでそんな話になるんですか? 丁重にして写真を傷つけないようにしますし」

「中里さん。これって、任意ですよね?」

「ああ! 栞子ちゃん、こんな話、断ったっていいんだぞ」

「ありがとうございます。松下さん、お断りします」

「そうですか。わかりました、写真はあきらめます」


 松下は少しため息をつき、振り返ってスマホの画像を掲げる。


「理佐さん、この人ですよね、話をしたのは?」

「えっ、ええ」

「この人は、内藤皐月さん。当時、28歳でした。海斗さんと皐月さんは付き合い始め、交際をしていた」

「なんで決めつけるんですか? 海斗君は、私と婚約してるって言ってるじゃないですか」

「写真以外に、それを証明できる人います?」

「……」

「親に紹介したとか、友達にとか、もしくは理佐さんみたいに、デートでどこに行ったのを目撃したとかの証言者でもいいです。誰かいるでしょ?」


 松下は、栞子に尋ねる。


「あれ? いないんですか? じゃ、写真以外に客観的にあなたが海斗さんと婚約した証明は? 婚約指輪の購入履歴とかでもいいですけど」

「そんなの、写真だけで十分ですよね」

「いや、合成写真なんて、今の時代いくらでも作れますよ。少なくとも、それを鑑定に回してくれないんだったら、『じゃ他の証拠出してくださいね』って話になりますけど」

「そんな義務は私にはありません」

「ちなみに、海斗さんが皐月さんと霧散付き合った証言はいくつかありましたよ。ほら、アルバム見せてもらったじゃないですか? あそこを新堂君に回ってきたら、そこそこ取れました」

「……」

「あっ、でも。やっぱり、そうするとおかしいんですよね。二股じゃないなら、海斗さんと皐月さんが付き合っていて、『あなたはなんですか?』ってことになりますけど、二股ではなかったんですよね?」

「私はそう信じてます」

「なるほど。信じるですか。いい言葉ですね。じゃ、俺も信じますね。栞子さん、あなたは海斗さんの重度のストーカーだと信じてます。そしてーー」


 松下は。


 栞子の瞳に。


 ゆっくりと答える。


「あなたが芦谷海斗さんを殺害した。俺はそう確信してます」

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