クリスマス・イブ(2)
*
「おい……松下。てめえ、何を言ってるんだ?」
中里が尋ねる。
「そのままなんですけど、わかりませんでした? ねえ、栞子さん。ストーカーですよね、あなた」
「そんな訳ないじゃないですか。中里さんの言う通りですよ。何を言ってるんですか?」
「いや、おかしいと思ったんですよねー。栞子さん、海斗さんの好きな味噌汁の味噌、知ってます?」
「……白味噌です」
「違いますよ。祐介さん、わかります?」
「えっ……確か、赤味噌です」
「ですよね。栞子さん。ご飯は硬めが好きだと思います? 柔らかめが好きだと思います?」
「……硬め」
「ぶぶーっ! 残念、柔らかめでしたー……ってかさ、栞子さん」
松下は、漆黒の瞳で抉るようにつぶやく。
「海斗さんこと、なーんにも、わかってないんですね?」
「……私と食べてた時は、美味しい美味しいって食べてましたよ。私は、白味噌、硬めのご飯が好きだって思ってました。何がいけないんですか?」
「そう言うしかないですよね。頭のいい人だ。俺の質問の意図を理解して、瞬時に大正解の回答を出した。完璧な弁明です」
松下はパチパチと小さく拍手する。
「さっきから、何をおっしゃってるんです?」
「じゃ、これから俺が言うこともわかりますよね? 海斗さんは彼女がいた。でも、二股はしてない。なら、あなたは? そうなっちゃうじゃないですか」
「いや、そうなりませんよ」
栞子は首を振る。
「私が海斗君の婚約者なんですよ? 理佐さんが嘘をついているじゃないですか」
「なるほど。理佐さん、嘘ついてるんですか?」
「……いえ。もう、嘘をつくのはこりごりなんで」
「ですって」
「おい! 松下、なんなんだテメエは!」
「新堂君、頼む、ちょっと抑えておいて」
「わかりました」
「くっ……離せ! テメェに栞子ちゃんの思い出を汚す権利があるのかよ!? ふざけんじゃねぇぞ! 見たんだろ! 2人の仲むずまじい写真を!? 彼女のあんな幸せな……テメェ、よくそんなこと言えるな!」
「ええ。あれ、よくできますよねー」
「よく……できるてる……だとっ!?」
「合成写真ですよね、アレ?」
「……っ」
中里が唖然とする。
だが、松下は構わず話し続ける。
「スマホだとすぐにバレるから残してなかったんですよね」
「違います」
「じゃ、ウチの鑑識班に解析させてもらってもいいですか?」
「お断りします」
「なんでですか? 違うならいいじゃないですか。せっかく、潔白を証明できるのに」
「中里さんの言う通りですよ。あなたに汚されたくないんです、思い出を」
「いや、そんな理由ショボいでしょ」
「……いい加減にしてもらえますか?」
栞子の声に怒りの色が混じる。
「だって、合成写真かどうか確認してもらうだけなのに、なんでそんな話になるんですか? 丁重にして写真を傷つけないようにしますし」
「中里さん。これって、任意ですよね?」
「ああ! 栞子ちゃん、こんな話、断ったっていいんだぞ」
「ありがとうございます。松下さん、お断りします」
「そうですか。わかりました、写真はあきらめます」
松下は少しため息をつき、振り返ってスマホの画像を掲げる。
「理佐さん、この人ですよね、話をしたのは?」
「えっ、ええ」
「この人は、内藤皐月さん。当時、28歳でした。海斗さんと皐月さんは付き合い始め、交際をしていた」
「なんで決めつけるんですか? 海斗君は、私と婚約してるって言ってるじゃないですか」
「写真以外に、それを証明できる人います?」
「……」
「親に紹介したとか、友達にとか、もしくは理佐さんみたいに、デートでどこに行ったのを目撃したとかの証言者でもいいです。誰かいるでしょ?」
松下は、栞子に尋ねる。
「あれ? いないんですか? じゃ、写真以外に、客観的に、あなたが海斗さんと婚約した証明は? 婚約指輪の購入履歴とかでもいいですけど」
「そんなの、写真だけで十分ですよね」
「いや、合成写真なんて、今の時代いくらでも作れますよ。少なくとも、それを鑑定に回してくれないんだったら、『じゃ他の証拠出してくださいね』って話になりますけど」
「そんな義務は私にはありません」
「ちなみに、海斗さんが皐月さんと付き合った証言はいくつかありましたよ。ほら、アルバム見せてもらったじゃないですか? あそこを新堂君に回ってもらったら、そこそこの証言も取れました」
「……」
「あっ、でも。やっぱり、そうするとおかしいんですよね。二股じゃないなら、海斗さんと皐月さんが付き合っていて、『あなたはなんですか?』ってことになりますけど、二股ではなかったんですよね?」
「私はそう信じてます」
「なるほど。信じるですか。いい言葉ですね。じゃ、俺も信じますね。栞子さん、あなたは海斗さんの重度のストーカーだと信じてます。そしてーー」
松下は。
栞子の瞳に。
ゆっくりと答える。
「あなたが芦谷海斗さんを殺害した。俺はそう確信してます」
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