クリスマス・イブ(3)
*
「馬鹿馬鹿しい。私にはアリバイがあるんです。それは、警察側が証明してくれましたよ。ねえ、中里さん?」
「ああ! その通りだ! 松下、お前のその妄言、懲戒免職じゃ済まされねぇぞ!」
中里が、猛獣のように叫ぶ。
「それは、僕が説明しましょう」
一歩前に、南条が出てくる。
「誰ですか?」
「ウチのアリバイ崩しのスペシャリストです」
「と、言っても至極チープなトリックでしたけどね。やはり、面白い事件と言うのは、中々ない」
南條はヤレヤレとため息をつき、タブレットに劇団と、行方不明の皐月のアパート、殺された海斗のアパートの地点を書く。
「栞子さん。12月24日は、劇団でずっと稽古をしていたと言いましたよね?」
「はい。団員の人たちもそう証言してくれたと思います。それが、何か?」
「その時の証言を中里さんが事細かく記載してくれてましたよ。いや、マメですよね。1人、1人、事細かく『誰が、いつ、どうしたか』と言うのを記載してる」
「それがどうしたんだよ! だったら、栞子さんのアリバイは証明されてるだろう!?」
中里は怒鳴りながら叫ぶ。
「いや、だから。それが間違いなんですよ」
「あ?」
「これ、アリバイになってないです」
「ふざけんな! 俺は刑事だぞ! そんな凡ミスする訳がない!」
「いや、でも見てくださいよ」
南条は報告書のコピーをタブレットで見せる。
「団員は、全部で10人。それぞれ、別の時間帯で栞子さんを確認してます。でも、その日ずっと彼女と一緒にいたと言う証言は取れなかった」
「それがどうした!?」
「時系列順に照らせば、わかります。見てください、ほら」
「……っ」
さらにタブレットの画像を時系列順にして、見せる。さすがの中里も表情が青くなる。
「団員たちのを照らし合わせていくと、栞子さんには空白の時間がいくつか存在する。全員がアリバイを証明しているように見えて、アリバイの証明になってないんです」
「……」
「具体的に言えば、15時半から16時半。19時から20時の間。あなたと団員がいるのは確認されなかった」
「……」
「では、なぜ中里さんはこの件を見逃したのか。まあ、なんというか刑事のカンというところでしょうね。『被害者である』と言う思い込みから、集団の証言で、栞子さんのアリバイが担保されていると思い込んでしまった。初手から間違えてしまった訳ですね」
「……それでも、それで栞子ちゃんが犯人だと言うことにはならねぇ」
中里が苦しそうに言い訳をつぶやく。
「ですが、アリバイは崩れます。1時間の空白が2回あれば、犯行は可能だ」
「……」
「内藤皐月さんの家から劇団の距離は300メートル。目と鼻の先にある。歩いて5分ほどの距離だ。まずは、15時半から16時半の間で、皐月さんの家にいた海斗さんを殺害。そして、目につかないよう死体を劇団の保管室に保管。鍵は栞子さんしか持っていないので、まず、見つからない。そして、19時から20時の間。帰宅した内藤皐月さんを殺害。その後、深夜に海斗さんの家まで遺体を運びこび、左腕を切断して持ち帰る。これなら、十分に成立する」
「……証拠はあるんですか?」
「いや、別にありませんよ」
南条はケロリとした様子でつぶやく。
「なら、私が犯人だって断定するのはおかしくないですか?」
「別に断定はしてませんよ。僕はあなたのアリバイを崩したかっただけですから。ねえ、松下さん」
「そうだな。ご苦労様」
「次は、もっと面白い事件に呼んでくださいよ」
「もちろん」
松下は答え、再び栞子の方に身体を向ける。
「いや、申し訳ないですね。ウチの無能の不手際で」
「ま、松下、テメェ」
「第一発見者を疑う。これ、刑事の初歩の初歩ですから。雑なアリバイで勝手に納得して報告して容疑者リストから外して。役立たずならまだしも、足引っ張ってきますから、味方の無能は」
「ふざけんなテメェ! 表出ろコラァ!」
「はい、逆ギレ、お疲れ様でーす」
松下は、笑顔で煽りまくり、再び栞子の方を見る。
「まあ、いいや。と言うわけで、栞子さん。あなたの主張しているアリバイは意味を為しません」
「それで、私が犯人だと?」
「そうですね」
「呆れた。名誉毀損もいいところですよ?」
「よく言われます。でも、不思議とそう言う人たちは、全員豚箱なんですよね」
「……証拠はあるんですか?」
「証拠ですか? ありますよ」
「嘘つかないでください」
「ところで、栞子さんに1つ質問があるんですけど」
「ないんでしょ、証拠なんて? だから、私にそんな酷いことを言って煽ってるんでしょ?」
「傘ですよ。傘ってどこあります?」
松下は尋ねる。
「……何言ってるんですか?」
栞子が怪訝な表情を浮かべる。
「そもそも、どうやって知り合ったんですっけ?」
「だから、お話しましたよね? 何回も言って、思い出を穢されたくないだけです」
「ああ、確か。雨の日に傘を出してくれて、一目惚れしたって言う作り話でしたっけ?」
「いい加減にしてください」
「それビニール傘ですか?」
「そんな訳ないじゃないですか。バカなんですか? 黒い傘でしたよ。男用の」
「でも、ありませんでしたよね。栞子さんの部屋に」
「……」
「傘、どうしたんですか? あるんですか、栞子さん?」
「ありますよ」
「じゃ、見せてくださいよ、その傘」
「なんであなたに見せないといけないんですか?」
「だって、あるんでしょう? 俺が見た限り、ありませんでしたけど。そんなに大きい部屋じゃないですからね。帰りに見せてください」
「……ないです」
「ん? なんでないんですか? 想い出の傘なんでしょ?」
「別の場所にあります」
「なるほど。どこにあるんですか?」
「どこだっていいじゃないですか」
「いや、ダメですよ。だって、言ったじゃないですか、あるって」
「そんなのが捜査に関係あるんですか?」
「ありますよ。だって、あなたの馴れ初めのお話が全部嘘になるじゃないですか。そうなると、作り話ってなりますよね?」
「なんなんですか? なりませんよ。たまたま、傘が別の場所にあるだけで」
「なるほど、別の場所にあればなりませんね。でも、本当にあるんですか?」
「あるって言ってるじゃないですか。なんなら、明日にでも持ってきますよ」
「どこにあるんですか?」
「あなたには教えたくありません」
「じゃ、中里さん。彼ならいいでしょ?」
「……ダメですよ」
「なんでですか? 是非とも犯人逮捕に協力頂きたいですね。中里さんなら信頼できるでしょ? だったら、彼に取りに行かせます」
「秘密の場所にあるんです。だから、その場所を知られたくないです。いいでしょ? 警察にそこまでする権利が?」
「ないですないです。でも、どこか教えてもらえると。犯人逮捕に協力いただけると」
「知らないです。ねえ、中里さん。この刑事さん嫌です。変えてください」
「ああ、無理です無理です。無能が勘違いさせちゃったかもしれないですけど、風俗じょ……ホストじゃないですから。チェンジとかないんですよ」
「だったらもうちょっと聞き方考えてくださいよ。今、どれだけ失礼なこと言ってるかわかってます?」
「いや、申し訳ないです。気をつけます気をつけます」
「松下さん。あなた、いったい何が言いたいんですか?」
「いや、もしかしてですけど、一緒にあるんじゃないかなって」
「何がですか?」
「死体ですよ。内藤皐月の死体が」
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