秋本理佐(1)


           *


 松下と相沢が2人でアパートの前に上がってくると、階段からトントンと音が鳴る。


「うわっ、びっくりした。刑事さんたちだったんですか!?」

「……すいませんね、驚かせまして」


 松下は悪びれもなく笑顔で謝る。


「やめてくださいよ、階段の前に立つの。誰かわからないと怖いんですよ」

「次から気をつけます」

「まだ、何か用事があるんですか?」

「実は、新証言がありまして。とりあえず、部屋の中でお話ししてもいいですか?」

「ええっ!? 嫌ですよ、散らかってるし。ここでは、ダメですか?」

「大事な話なので。ほら、最近、少し肌寒くなってきましたし」

「嫌です」

「3年前の12月24日の夜のことで、新しいことがわかりまして」

「……掃除してないですよ?」

「全然構いませんよ。僕の部屋見ます?」


 そう言って松下はスマホを見せる。


「……これ、酷いですね」

「うっわー。マジですか、松下さん……ん?」


 !?


「ってこれ前に住んでた私の部屋じゃないですか!?」

「北島さんに写真送ってもらったんだよ。掃除をしろ、掃除を」

「サイッテー! うら若き乙女の部屋を」

「お前……正気か? 足の踏み場もないほどビール缶落ちといて、よくそんなことを言えるな」

「は、発泡酒です! 糖質ゼロ、プリン体ゼロのやつ! だから、いいんですよ!」

「と言うわけで、刑事の部屋なんてこんなもんですから。全然気にしなくていいです」


 松下は理佐に向かって笑いかける。

 

「……はぁ。わかりました。でしたら、どうぞ」

「お前のズボラが役に立ったな、相沢」

「くっ……絶対にいつか訴えますからね」


 そんな捨て台詞など、当然の如く捨てられ、松下は部屋を無遠慮に見渡す。


「綺麗じゃないですか」

「……普通です」

「聞いたか? 相沢」

「今の私の部屋は綺麗ですよ。引越ししたばっかだし」

「嘘つけ」

「嘘じゃないですよ」


 嘘だけど。


「これ、アルバムですか? 見てもいいですかね?」

「それよりも、話ってなんですか?」

「やっぱり3人って仲良かったんですね。結構、写真多いじゃないですか。キラキラだな、キラキラ青春」

「まあ……だいたい、一緒に遊んでましたね」

「海斗さんの、どこが好きだったんですか?」

「まあ、ありきたりですけど、優しかったところですかね」

「なるほど。でも、世間には優しい人、5万といますよね」

「そうですけど、実際に仲良くなって、それがわかる人って少なくないですか?」

「確かにそうですね。では、祐介さんは、どこが好きになったんですか?」

「……」

「いや、すいませんね。意地悪な質問になってましたかね?」

「デリカシーは欠けてますね。凄く」

「本当に嫌な仕事ですよね、刑事って」


 松下は笑いながらアルバムをめくる。


「中里さんは、そんなことなかったですよ。乱暴者に見えて、凄く紳士でした」

「わかってないですね、理佐さん。中里ってヤバいですよ。結構パワハラ気質だし、今時流行らない体育会系だし」

「そんな風には見えないですけどね」

「長年の付き合いでってやつです。で、質問なんですけど、理佐さんって本当に海斗さんのことわかってました?」


 松下がアルバムを置いて尋ねる。


「どういう意味ですか?」

「幼馴染で付き合ってたんですよね? でも、海斗さんは、あなたをフった。なんでだと思います?」

「そりゃ……新しい好きな人ができたからでしょ」

「単純に遊びたかったんじゃないんですかね? ほら、当時って大学生でしたし」

「いや、ないですよ」

「浮気とかも?」

「ないです。そもそも、私をフった時も、まだ付き合っていない状態でしたから」

「絶対に?」

「はい」

「なんでそう言い切れるんですか?」

「なんでって……」

「さっき、優しい人って言いましたよね? 優しいって嘘をつくってことなんですよ? あなたを傷つけないように嘘をついたってこともあり得るじゃないですか」

「……そんなこと言ってたら、人なんて信用できないです」

「信用してたんですか? 好きなのに?」

「してましたよ! さっきから何が言いたいんですか?」

「祐介さんは信用できてないみたいでしたよ」

「……どういうことですか?」

「好きでいることは不安になることじゃないですかね? 好きでいられることは安心を得られることだ。祐介さんに、キチンと自分の想いを伝えてましたか?」

「……」

「優しいって残酷な言葉ですよね。祐介さんにも同じことを言ったんじゃないですか? だから、さっき、答えられなかった」

「だから、何が言いたいんですか!?」

「3年前のクリスマス・イブの日。あなたは女性と飲んでたんですよね? 祐介さんは優しいから許してくれたんですよね。だって、優しくないと、あなたは好きじゃないから」

「……」

「普段から優しい海斗さんのことを見ていた祐介さんには、それは呪いでした。海斗よりも優しくないと理佐は自分に振り向いてくれない。怒ったことないでしょ? あなたに」

「……」

「でもね。不安だったみたいですよ? 優しくしても優しくしても。だから、あなたの後をつけたんですって。クリスマス・イブの夜に」


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