遠藤栞子


 松下たちが舞台裏の控え室で待っていると、栞子たちが劇団員たちと一緒に出てきた。


「また、来たんですか」


 栞子は、半ば嫌な表情を浮かべる。


「嫌われてますね」

「美人の嫌悪顔もオツなもんだろう」

「キモチワルイ」


 隣の相沢のつぶやきを無視して、松下は満面の笑みを見せる。


「少しお話しをお伺いしても?」

「……これから、劇団のみんなと打ち上げがあるんです。今度にしてもらえますか?」

「そこをなんとかお願いします。重要な情報をつかみまして」

「中里さんと一緒じゃないと、お話ししないって私言いましたよね?」

「もちろん。お約束通り、連れてきました」

「……」


 栞子は後方にいる中里を見つけ、複雑そうな表情を浮かべる。


「すまねぇな、栞子ちゃん。ちょーっとだけ、いいか?」

「……はぁ。わかりました」

「じゃ、せっかくだから舞台に行って話しませんか? 俺、一回上がって見たかったんですよね」

「ダメですよ。あそこは、私たちが真剣に演技してる場所です」

「お願いしますよ。広い場所の方がいろいろと説明しやすいんです。梶祐介さんと秋本理佐さんも、そこにいます」

「……なんで、あの2人が?」


 栞子が怪訝な表情を浮かべる。


「ほら、この前。興味示してたでしょ? 犯行時のアリバイについて、いろいろわかったんで、一緒に聞いてもらおうと思って」

「……本当に重要な情報なんですか、中里さん?」

「ああ。なんせ、コイツの刑事生命を賭けるって言ってるくらいだ。もし、ガセだったら、俺が許さねえ」


 中里は腕まくりをして、拳をパキパキと鳴らす。


「わかりました。じゃ、早くしましょう」


 栞子は、小さくため息をつき、先導して歩き出した。


 舞台に上がると、そこには梶祐介と秋本栞子がいた。


「刑事さん。なんなんですか、話って」


 祐介が理佐の様子をチラチラと窺いながら尋ねる。


「すいませんね。まとめてお話しした方が事実関係がクリアになりやすいですから。面倒なんで、呼んじゃいました」

「……お話しすることは、もう話しましたけど」

「ですよね。でも、情報が共有できなかった箇所、あるでしょ?」

「それは! 刑事さん!」

「すいません、理佐さんに言っちゃいました。ぜーんぶ」


 松下は悪びれもなく答える。


「ちょっと待ってくださいよ! 言わないって約束したじゃないですか!」

「刑事の言うことなんて、信じちゃダメですよ。嘘つきは泥棒の始まりって言いますけど、刑事も嘘つかなきゃ犯罪者には勝てませんから」

「そんなことってあります!?」

「いや、そんなに怒らないでくださいよ。むしろ、怒りたいのは、海斗さんだと思いますよ?」

「……」


 松下は祐介の目を見て笑う。


「殺されてるのに、嘘つかれて。いや、本当に可哀想だな。親友だったんでしょ?」

「……」

「おい、どう言うことだよ? 祐介君が嘘って言うのは」


 中里が尋ねる。


「事件当日のクリスマス・イブに部屋から抜け出して、理佐さんの様子を見に行ったらしいですよ。浮気かどうか疑ってたんですって」

「……祐介君。俺に、嘘ついたのか?」

「えっ! でも、中里さんは知ってるって……」


 祐介が見ると、松下は確信的に頭をかく。


「あれ? もしかして、知らなかったですか? いや、勘違いしてました」

「くっ……あんたねぇ!」

「まあ、いいじゃないですか。ところで、こちらが遠藤栞子さんです。面識あります?」

「ないですよ! 初めて会いました! そんなことよりーー」

「綺麗な人でしょ? 海斗さんの婚約者だったそうです」

「こ、婚約者? そうだったんですか。それは……」


 祐介がなんとも言えないような表情を浮かべる。


「初めまして、祐介さん。理佐さん。遠藤栞子です。お話は海斗さんからよく聞いてました」

「……初めまして」


 理佐が軽く会釈をする。


「ああ、あなたも初対面でしたっけ?」

「はい。でも、松下さんが写真を見せてくれたので、顔はわかりました」

「確かそうでしたね」

「それよりも、早く本題を話してくださいよ」


 栞子が言う。彼女の表情は淡々としていた。


「すいませんね。ああ、飲み会が始まってしまいましたか」

「そんなことはどうでもいいんです。私は、海斗のことがどうなったか早く知りたいんです」

「……わかりました。じゃ、3年前のクリスマス・イブの話をしましょうか」


 松下は小さく息を吐いて、話を続けた。



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