梶祐介


 松下と相沢がアパート前で待っていると、トントンと階段を駆け上がる音が聞こえてきた。


「また、あなたたちですか」


 梶祐介はうんざりした様子で、ため息をつく。


「すいませんね。相沢がどうしてもって言うから」

「ま、松下さん!」


 そんな2人の掛け合いに付き合う気もないと言いたげに、祐介は冷たい声を発する。


「……なんですか?」

「いやね。ちょっと気になったことができたのもので。部屋、上がってもいいですか?」

「はぁ、勘弁してくださいよ」

「ちょっとだけ。ちょーっと」

「……はぁ」


 祐介は、如実に面倒くさそうな表情を浮かべてドアを開ける。


「へぇ。一人暮らしの部屋にしては綺麗にしてるんですね」

「関係ないでしょ。で、話は?」

「この2ショットの写真、どこですか? ディズニー? シー?」

「話は何ですか! ないんなら帰ってください」

「ありますあります」


 松下は、秋本理佐との写真を眺めながら、話を続ける。


「そう言えば、海斗さんが亡くなった12月24日の夜。あなたって、何してました?」

「……一人でこの部屋にいましたけど」

「ですよね。調書にもそう書いてます」

「それが何なんですか!?」

「いや、相沢がね。『関係者の中でアリバイがないのは祐介さんだけだ』って言うんですよ」

「はぁ!? 勘弁してくださいよ!」


 祐介が睨みつけてくると、相沢は慌てて目を逸らす。


「ねえ。本当に失礼な新人ですいませんね」

「一人暮らしで一人で家にいて何が悪いんですか!」

「ですよね。俺も休日の日にはスマホゲーやって酒飲んで寝てますから。多分、こんな新人刑事だったら、関係者が殺されただけでアリバイがないって疑われますよ」

「だったらいいじゃないですか。もう、帰ってくださいよ!」

「でも、『確かに妙だな』とも思ったんです。素人考えにも程がありますけど、世間ではクリスマス・イブだったんでしょ? 祐介さんて二十……」

「4ですけど。それが、何か?」

「ですよね。24歳で秋本理佐さんという同い年の結婚予定の恋人がいる。なんで、2人で過ごさなかったのかなって」

「予定が合わなかっただけです」

「合わせません? 結婚を考えてれば、なおさらだ」

「俺は。刑事さんたちみたいに暇じゃないんですよ!」

「ですよね。刑事って実は暇な時間多いんです。でも、実際、祐介さんは家に一人でいた」

「……」

「理佐さんは女友達と飲んでたんですよね? なんか、おかしくないですか?」

「……知りませんよ」

「知らないなんてことあります? 恋人同士が? クリスマス・イブで?」

「向こうが『予定があるから』って断ってきたんです。友達と会う約束があるからって! そりゃ、俺だって、話すのが遅かったですけど」

「なるほど。それで? 祐介さんは了承したんですか?」

「しましたよ。仕方ないでしょ? 店も予約しちゃったって言ってるし。『久しぶりに会う友達だから』って言われたら、なんも言えないじゃないですか」

「はぁ……なるほど、優しいですね。でも、クリスマス・イブですよね? 別に他の日とか、なんなら昼間とかじゃダメだったんですかね?」

「……知りませんよ。仕方ないじゃないですか」

「もしかしてですけど……外出たんじゃないですか?」

「はぁ!? 家にいたって!」

「だって気になりません? クリスマスイブに、恋人の誘いを蹴って、別の女性と会ってたんでしょ? 嘘くさくないですか?」 

「……」

「これ見てください」


 松下は、ファイルの中身を見せる。


「何ですか、これ?」

「ほら、うちの中里って目ざといでしょう? 不本意にもどうやら、同じこと思ってたみたいで。当たってたんですって、一軒一軒。そしたら……っと」

「……どうしたんですか?」

「いや、忘れてください。だって、いたんですよね? ここに」

「……」

「聞けてよかったです。なあ、相沢」

「え、ええ」

「何が言いたいんですか?」

「あっ……アルバム発見。見ていいですか?」

「やめてくださいよ!」

「いいじゃないですか。事件解決にご協力よろしくお願いします」

「そんなことよりも! 中里さんがどうしたんですか?」


 松下が無遠慮にアルバムをペラペラとめくっていく。


「いや、捜査情報ですから。っと、やっぱり、仲がよかったんですね、3人は。結構、いっぱい写真撮ってますね」

「言ってくださいよ! 気になるじゃないですか!」

「……なんで気になるんですか?」

「……っ」


 アルバムを置いて、祐介の瞳を覗き込む。


「だって祐介さん。あなたはこの部屋から一歩も出てませんって、そう言いましたよね?」

「……」

。あなたが、一歩も家を出ていないってことを。なのに、何で、そんなに気になるんですか?」

「……」

「あっ、もしかして、最寄りのコンビニに行ったのを思い出したとか? いや、別にそんなことは大目に見ますよ。僕も中里も素人じゃありませんから。そんなことで虚偽報告だなんだと騒ぎはしません。ちなみに、コンビニ行きました?」

「……いえ」

「じゃ、いいじゃないですか。なんの問題もない」

「……仮にですけど、俺が他の所に行ってたらどうなるんですか?」

「他の所ってどこですか?」

「……その刑事さんが言っているように理佐のいる店に」

「いや、それはマズいですね。だって、警察に虚偽の報告してる訳ですから。アリバイがなくて、虚偽報告して、関係者でしょ? そら、アウトですよ」

「……」

「いや、しつこいでしょ? 中里って。あの男はスッポンって呼ばれてて。下ネタじゃないですよ。しつこーく、外堀から埋めてくのが好きなんですよ。だから、事件解決は遅いんですけど、ねちっこく、固めていくんです」

「……」

「っと、もうこんな時間か。あまり、長居しても悪いから、もう行きますね」


 松下がアルバムをおいて、部屋を出て行こうとすると、


「……すいません、刑事さん」

「ん? どうしました?」


「俺……嘘つきました」






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