現場


 事件現場のアパートに到着した。ここは、未だ借りてがないようで空き部屋になっていた。大家から愚痴を聞きつつ、入室許可を求めると時、すでに先客がいると言う。


 中には、南条がいた。


「何やってるんですか、こんなところで?」

「……」

「アリバイは崩れました? アリバイは?」

「……」

「くっ……」


 相沢が尋ねるが、無視。一人でブツブツとつぶやいてる。松下は松下で、南条のことを無視して、ウロウロと動く。


「ほっとけ。今、思考中だ。どうやったらアリバイを崩せるのか」

「だったら、私たちは何のために来たんですか?」

「……」


 無視かよ。


「当時アリバイがあったのは、婚約者の遠藤栞子、母親の芦屋紗栄子、元恋人の秋本理佐。梶祐介には、アリバイがありませんね」


 相沢は、つらつらと知っている情報を羅列していく。管理官の吉原が言うには、自分の言葉が松下の助言になっているとのことだ。


 半信半疑だが、事件の手がかりになるのなら、ツラツラと話してやろうじゃないかと思った。


 相沢は事件資料のメモを見ながら説明する。


「3年前の12月24日。ええっと……遺体はここら辺にあって。死因は後頭部殴打。ハンマーのような鈍器で後ろからぶっ叩かれてます。それから、左腕を切られてます」

「……なんで、腕を切ったと思う?」

「し、知りませんよ。欲しかったんじゃないですか?」

「……だよな」

「だよな、って冗談ですよ」

「……なんで左腕なんだろう?」

「なんでって、どう言うことですか?」

「右腕じゃダメだったのかな……被害者の利き腕は?」

「わ、わかりません。中里さんの報告書にもありませんでした」

「なっ? ザルだろ?」

「い、言いがかりとも言えなくないですけど。そんなところ、どうでもよくないですか?」

「なんで?」

「だって、どっちも同じ腕じゃないですか」

「じゃなんで左腕を切ったんだ? お前なら、どっち切る?」

「し、知りませんよ。犯人じゃないし。切りやすい方、切ったんじゃないですか?」

「……」


 な、なんか言えよ。


「腕は見つかってないんだよな?」

「ええ。もう、どこかで処理してる可能性が高いって」

「……しばらくは、持ってたんじゃないかな」

「なんでそう思うんですか?」

「戦利品はしばらく眺めるだろ。そんなもんだ」

「せ、戦利品って」


 言い方が相変わらず、不謹慎極まりない。


「そんなことよりも、アリバイですよ。梶祐介にはアリバイがないんですから、そこから確認すべきでは?」


 事件当日。その時、梶祐介は一人自分の部屋にいた。そして、恋人の秋本理佐は友人の女性とバーでお酒を飲んでいる。


 事件当日はクリスマスイブ。恋人と過ごす日に、それは不自然だ。まず、疑うとすれば、この男ではないかと密かに相沢は思っている。


 だが、松下は首を横に振る。


「動機がない」

「あ、あるでしょう。恋人である秋本理佐の元彼なんだから」

「元彼なんて、そこらへん見渡せば腐るほどいるだろ」

「友達が元彼は、なかなかいないんじゃないですか?」

「いるだろ。大学のサークルとか、一人か二人はそうだったぞ」

「み、乱れてますね。最近の若者は」


 相沢の倫理観と照らし合わせると、なかなか抵抗のある話だ。


「とにかく、元恋人への嫉妬ってことで、殺さないですかね?」

「お前、それで殺す?」

「……彼氏できたことないんでわからないです」

「いや、想像しろよ。経験なんて、ないことの方が多いんだから」

「そ、そうですね」


 てっきり、馬鹿にされるのかと思っていたが、案外まともな叱咤をされてしまった。相沢は、自分の彼氏の元恋人が友達だったことを想像した。


「……殺しますね」

「ヤバいなお前」

「だ、だって! 結婚するほど愛してる人の恋人が友達なんですよ? 嫉妬しません?」

「逆だろ。元々、秋本理佐と芦谷海斗が付き合ってて、別れた後に梶祐介が付き合ったんだろ?」

「あっ……そっか」

「後ろめたさを感じるのは、むしろ、後に付き合った方で、嫉妬だなんだと言う感情にはならんだろ」

「実は梶祐介に隠れて、秋本理佐と芦谷海斗が付き合ってたとか」

「……あり得るとしたら、そんなところだろうな」


 松下は、釈然としない様子だが、相沢は俄然、自分の説を推す。


「ほら、きっとそれですよ、それ」

「……なら、梶祐介のところ行くか」

「行きましょう行きましょう」


 その時、松下のスマホが鳴った。


「おお、新堂君? 相変わらず仕事早いねー……うん。そうか、わかった。ありがとう」


 言葉少なめに、スマホを切って相沢に話し始める。


「芦谷海斗が殺された日に、別の場所で行方不明者が1人出てる……被害者は内藤皐月。当時、28歳」

「芦谷海斗は当時大学生ですよね。結構、歳が離れてますけど、関連あるんですか?」

「……」


 松下は、何も答えない。


「それよりも、早く行きましょうよ。ほらほら、早く」


 相沢が自身の刑事のカンを証明したくて、松下の背中を押しながら歩く。すると、突然、南条がボソッとつぶやく。


「わかった」

「……何がわかった?」

























「ここ……殺人現場じゃないですね」



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