聞き込み再開
「じゃ、行こうか。捜査」
「いやちょっとー!」
松下の軽い軽い言葉に、相沢が驚異的な速度でツッコみを入れる。
「何だよ、行かないのか?」
「いくらなんでも、いくらなんでも過ぎます!」
「だって、そう思ったんだもん」
「か、可愛く言ったって、時はもう戻りませんよ。吉原管理官、いいんですか、吉原管理かーーっ」
振り返ると、彼女は頭を抱えながら深呼吸をして、アンガーマネジメントに勤しんでいた。
「ごめん……今、私に話しかけないで」
「わ、わかりました」
動物的カンにだけは自信がある相沢は、『今、騒いだら、殺される』と判断した。
そして、数分後。吉原は、松下に猛然と睨みつける。
「当たりはついてるんですよね? あれだけ言っておいて、『やっぱり捕まりませんでした』じゃ通りませんよ」
「……」
当然だろう。捜査一課の大ベテランのメンツをあらだけコケにしたのだ。他の面々からも何事かと注目を浴びていた。
だが、『当たり前だ』と言うしかない松下は、少し考えて、ボソッとつぶやく。
「当たりはついてる……が」
「……が?」
「よ、吉原ちゃん……痛い痛い……パワハラ反対」
胸ぐらを掴まれて凄まれる松下が如実に怯える。元機動隊の新堂すらも怯える圧倒的な殺意だった。やがて、アンガーマネージメントを行った吉原は、深く大きくため息をつく。
「はぁ……信じられない。そんなフワフワした感じで本当に大丈夫なんですか?」
「だ、だからそのために捜査をするんだろ?」
「……言い過ぎちゃって、この場から逃れたいだけじゃ?」
「そんな訳ないだろう? ほら、相沢。早く行くぞ」
「……」
どう見ても、その場限りの様子で、逃亡犯『松下』は足早に部屋を出て行った。
「もう! なんなのよ、アイツ! 最悪なんですけど!」
「た、大変ですね、吉原管理官」
怒ってはいるが、先ほどの中里のように大きな声は出さない。だが、警視庁公認のマスコット『ツカマル君』がデスクの下でボコボコにされる。
「……ふーっ。それよりも、相沢さん。松下さんのことをしっかりと手伝ってあげて」
「えっ! 私がですか!?」
「あの様子だと、当たりをつけた容疑者には相当な確信を持っている。でも、追い詰められるだけの素材がない。そんなところじゃないかな」
「……あと、ちょっとってことですか?」
「多分ね」
「でも、私なんかで役に立ちますかね?」
「立つわよ。現に、この前の事件だって松下さんはあなたの意見を参考にしてたでしょ?」
「して……ましたかねぇ?」
相沢は首を傾げる。
「あの人は、完全な直感タイプだから、あなたの意見はすごく参考になると思う」
「そう……ですかねぇ?」
相沢は、ますます首を傾げる。吉原管理官の期待は嬉しいが、自分がなぜ評価されているのかもよくわからない。
「とにかく走る! 新人だから、当たって砕ける!」
「は、はい! 行ってきます!」
命令された犬のように飛び出して、廊下を曲がると松下が歩いていた。相変わらず、猫背だ。だが、こんな自分にも期待してくれているのだから、嬉しい。
そうだ。元気だけが取り柄なんだから。
相沢はバーンと松下の背中を叩いて大声を出す。
「さあ、張り切って行きましょう!」
「あー!」
「ど、どうしたんですか!?」
「押しちゃった……5万……課金ボタン」
「ご、5万!? なんだってそんな大金」
「給料日だからだよ!」
「ゴミ過ぎる!?」
相沢が激しくツッコむが、松下はすぐに切り替える。
「まあ、いいや。次は事件の現場周辺の状況あたるぞ」
「それこそ、中里さんの報告書に目を通せばいいのに」
「ダメだ、あれは。肝心な所が書いていない」
「えっ?」
「抜けてるんだよ、中里の報告書は」
「……何がですか?」
「お前、読んでで感じなかったか?」
「べ、別に感じませんでしたけど」
今回、読んだ時も。前に、読んだ時も。特段、何か違和感を覚えたことはなかった。3年間も、この事件を追っていたってことで、とにかく膨大な資料があって、やはり、この事件への情熱は感じたが。
「何も感じなければいい」
「そ、そんなに突き放さないで教えてくださいよ」
「共有したって意味がない」
「ヒントは? ヒントくらいください」
「……」
む、無視。相変わらず、意味のわからないところで、ケチンボ刑事だ。ヒントぐらいくれたってバチは当たらないだろうに。
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