三上玲子(3)
*
「どう言うことですか!?」
玲子は机を激しく叩きつけ、当時のプロデューサー、村田に噛み付いた。
「だから、今度の人事で交代だって。上の判断だから」
「そんな! バラエティって、私、ずっと報道やってきてるんです。いきなり、そんな畑違いなとこ」
「いい新人がいるんだよ。お前とは路線の違う美人だけど。おっとりしてて、雰囲気が明るくてさ」
それを聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった。なんだ、それは。優秀さでもなく、努力でもなく、美人? 明るい? 一番に来るのが、それか?
「私は! 報道に懸けてるんです! そのために、大学中もアナウンサー学校通って、いつか報道キャスターになるために。そのために、どうしてもここで頑張りたいんです! 結果、残したいんです!」
「……そう言うとこだよ」
村田の辟易とした表情を、玲子は今でも忘れない。
「えっ?」
「お前のそう言うガツガツしたとこ。古いんだよ、お前は。ガムシャラに頑張って、現場張りついて。そんなことで張り合ったって、男の方が体力があるから敵わない。それより、女である強み活かして、刑事おだてて、喋らせて、情報吐き出させる方が、なんぼかマシだよ。役割だよ、役割。お前、それを考えたことあるか?」
「……」
ガッついて、なにが悪いのか。毎日、本気で仕事に向き合ってるだけだ。頑張って、なにが悪いのか。その時、その瞬間を、振り絞って生きていきたいだけだ。男と張り合って、なにが悪いのか。じゃなきゃ、ナメられるじゃないか。しょせん、一人前じゃないって、レッテルを貼るのはあんたたちじゃないか。
「杉崎聖良。彼女は、お前みたいに、お硬くないし、場の空気も読める」
「……」
玲子の潤んだ瞳に、彼女の姿が浮かんだ。22歳の新人と比べられること自体に屈辱を感じる。
「そういうこと、バラエティで学んでこい」
冗談じゃない。認められるために、死に物狂いで働いてきた。徹夜なんて、日常茶飯事。恋人との時間も作らずにフラれたことだってある。それだけ、すべてを懸けてやってきたのに、自分という存在価値は新人にも劣ると言うのか。
なんとしても手柄を挙げるしかない。ここに残るために。自分が自分でいるために。もう、それしか考えられなかった。
*
「追い詰められていたんですね。22歳と言う年齢で、報道最前線に立つことができた。一度、離しちゃったら二度と戻って来ない。そう思ってたんです」
玲子はグッとビールを流し込んだ。
「今は違うと?」
「……大人になったってことです」
あの事件から、周囲の見る目は変わった。世間から相当な反響があった。だが、ほとんど大多数の者たちは、自分を悪くは言わなかった。
マスコミは決して、自分たちを悪者にはしないからだ。被害者と加害者。その2つが存在する限り、善意の傍観者を気取ることができる。
そして、警察はいつだってネットの悪者だ。
急死に一生を得て、玲子はキャリアを守ることができ、松下はキャリアを追われて犠牲になった。今更、取り繕うことの方がバカらしくなるほど、それが事実だ。
松下もまた、グッとビールを喉に流し込む。なんとなく、自分と似てるガサツな飲み方で、思わず親近感を覚えてしまう。
「……三上。お前、嘘ついてるだろう?」
「嘘? ずっと、ついてますよ」
昔とは違う。正直に生きていかなければ、幸せになれないなんて思っていた、傲慢なあの頃とは。嘘に塗れたって、平穏な生活は、輝かしい未来は訪れるのだとわかったから。
「あんまり……無理するなよ」
「フフッ、相変わらず松下さんはわからないですね」
玲子は笑った。事件を追う時は、尋常じゃない嗅覚を発揮するくせに、プライベートだと信じられないくらいに無防備だ。
「じゃあな」
「あれ? 払ってくれないんですか?」
「スマホゲームで課金し過ぎて、カード止められてるんだよ」
「……」
そう言い残して。
松下はバツが悪そうに帰って行った。
「……はーっ」
玲子は、それからビールを数杯飲んで、タクシーを拾って自宅のマンションに帰り、扉を開ける。
「ただいま、敬吾」
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