中里武


          *


「あの野郎……許しちゃおけねぇ」


 携帯を切った直後、捜査一課の中里武は、怒りが収まらなかった。


 被害者の幼馴染、梶祐介からの電話で、松下が関係者の聞き込みを行なっていることがわかった。これまで捜査をしてきた自分に、なんの断りもなく。


「おい! どういうつもりだ! おぅ松下!」


 フロア全体に聞こえるように、中里はデスクを叩いて怒鳴り散らす。だが、松下は平然とした様子で聞き返す。


「何がですか?」

「なんで俺に断りもなく聞き込みをした! そもそも、お前は引き継ぎ資料に目を通したのかよ!」

「勝手でしょ、俺の」

「……っ、てめぇ。本当に殺すぞ」


 中里は、腑が焼けるような感情を覚える。だが、松下の隣には元機動隊の新堂がいるので、ぶん殴れないのが悔しいところだ。


「おー、怖っ。昨今、パワハラだなんだと騒いでるのに、警察って組織からは一向に出てこないんだから。闇ですね、闇。なー、相沢」

「絶対に同意できないです!」


 プルプルと子鹿のように震える新人。


「んだとこの野郎!」

「やめなさい!」


 管理官の吉原が入ってきて、怒鳴る。


「何事ですか? 中里さん」

「こいつが! 俺に報告抜きで、関係者の聞き込みをやったんだ!」

「はぁ……前にも言いましたけど、あなたはすでに、事件の担当からは外れてるんですよ? 報告なんて、する義理ないでしょう」

「ふざけるな! 俺はこの事件ヤマを3年追ってたんだ! そもそも、お前は、この引き継ぎ資料に目を通したのかよ!?」


 中里は、膨大なファイルを机に叩きつける。


「……松下さん。どうなの? 中里さんの言うことも、まあ、理解できるけど」

「読みましたよ。なー、相沢」

「ま、まあそうですね」

「本当か!? この膨大な資料を本当に読み込んだのかって言ってんだよ!」


 中里は机をバンと叩く。


「相沢さん、どうなの? 本当のこと言って」

「ぱ、パラパラ漫画みたいには、読んでたと思います」

「……っ、ふざけんなこの野郎!」


 猛然と襲い掛かろうとした時、元機動隊の新堂が立ち上がって中里を羽交締めにする。


「放せ! 放せ放せ放せこの野郎! 殺す……殺すぞ!」

「落ち着いてください」

「ぐっ……」


 ガッチリとホールドされて、身動き一つ取れない。中里にも力には自信があったが、ビクともしない。


「はぁ……松下さん。あなたが、聞き込み前に報告書をあまり読み込まないのは、知っているけど、中里さんも前の担当だったわけだから。キチンと目を通してください」

「わかったけど、多分、俺の捜査に一ミリも影響しないぞ?」

「んだとこの野郎!」

「やめなさい! 松下さん、それでもです」


 吉原はピシャリと答える。


「……わかったよ」


 渋々、松下は山のようなファイリング資料に目を通す。周囲を見渡すと、捜査員たちが全員引いた表情をしていた。


 流石に暴れすぎたな、と反省しつつも、不機嫌そうに席へと戻る。


 それから、30分が経過した。意外にも、真面目に松下は事件の資料を読み込んでいた。


「おう。何か、質問があったら言えよ?」


 中里は、目を合わさずにつぶやく。


「んー……この報告書読んでて、1つだけ、気になることがあったんですよね」

「な、なんだよそれは」


 そうだ。こんな、どうしようもないヤツだが、昔は捜査一課でトップの検挙率を叩き出した男だ。自分はこの事件に懸けている。この事件を解決できるのなら、こんな気に食わないヤツとだって、手を組んだっていい。


 自尊心など、2の次だ。


「いや、どうしてもわからないことがあって」

「だから、なんだってんだよ! 早く言えよ」

「……いや、これは中里さんじゃなきゃわからないかなって。見解を聞かせてほしんです」

「な、なんだぁ? やっと、俺を頼る気になったってか? 初めから、そうやって言えば、俺だってーー」




























「なんで、そんなに無能なんですか?」

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