秋本理佐


            *


「秋本理佐さんですね? 芦谷海斗さんのことで、お話、伺わせてください」

「あれから3年が経ってるのに、なんで今更?」

「取りこぼしがないか、確認を指示されまして」

「そうですか。でも、刑事の……中川さんにはすべてお話ししたと思いますけど」

「中里ですね」

「あっ、ごめんなさい。中里さん」

「いいんです。早速ですが聞かせてください。芦屋海斗さんと付き合っていたとか」

「はい。大学2年の時までですけど」

「いつから付き合ってたんですか?」

「高校2年の時からです」

「雄介さんの話だと、突然別れを告げられたとか」

「……はい。好きな人ができたって言われて」

「その人は、この彼女ですか?」

 松下は遠藤栞子の画像をスマホで見せた。

「ごめんなさい。私は海斗の彼女を見たことがないんです」

「理佐さん」

「はい」

「警察は捜査情報を、他の人には明かしません。もちろん、誰が情報を流したかのかも。これは秘匿義務という法律で、刑事はそれに従わなかった場合、処罰の対象になります」

「……」

「もう一度、聞きますね。海斗さんの彼女だった人は、この彼女でしたか?」

 松下はジッと理佐の表情を見つめる。

「……なんで」

「はい?」

「なんで、わかったんですか? 私が海斗の彼女を知ってること」

「だって、理佐さんは海斗さんの親友である雄介さんと付き合ってるんですよね」

「……好きになったから付き合ったんです」

「責めてる訳じゃないです。でも、最初のうちは復讐のつもりもあったんじゃないかなって。少しだけ」

「……」

「でも、それって。復讐の気持ちって、海斗さんのことをすごく意識してる行為だって思うんですよ。だったら、気にならなかったのかなって。自分ではない相手を選んだ人はどんなだったんだろうって。俺なら、すごく気になりますから」

 松下は悪戯っぽく笑う。それから、理佐は少し考え、やがて、スマホの画面を見つめた。

「違います。この人じゃなかったです」

 理佐は明確にそう答えた。

「その彼女さんは、どんな感じの人でした? 写真、持ってますか?」

「いえ、そこまでは。一度見たきりだったんで、どんなだったのかまでは。でも、普通というか。この人みたいに、誰が見ても美人って訳じゃなかったです。そう思ったのを覚えてます」

「そうですか」

「あの絶対、雄介には言わないでくださいね」

「もちろんです。ちなみに、いつ頃、海斗さんの彼女を見たんですか?」

「別れて1ヶ月ほどして。大学で二人で歩いているところを見ました」

「それだけですか?」

「……そこから、少しだけ後をつけて。そしたら、手を繋いでて」

「なるほど」

「凄く幸せそうで。それ見てたら、無性に腹が立ってきて。それで、雄介にそれ話してるうちに、もし雄介と付き合ったら、海斗はどう思うんだろうって」

「海斗さんは、お二人のこと知って、どんな反応でしたか?」

「それが、心から祝福してくれて。私って、馬鹿ですよね。ちょっとは嫉妬したり、腹が立ったりすると思ってたんですから」

「強がってたんじゃないですかね」

「そんな様子、まったく無かったです。そもそも、彼女の方も私とタイプが違いますし」

「そうですか」

「雄介にも悪かったって思ってます。結局、利用してたんですよね」

「今が幸せなんだったら、いいと思いますけどね」

「……はい。結婚しようって思ってます」

「それはめでたいですね。おめでとうございます」

「あの、刑事さん」

「はい」

「海斗を殺した犯人、絶対に捕まえてくださいね」

「もちろんです。全力を尽くします。ご協力、ありがとうございました」


 松下と相沢がパトカーに乗り込んだ。

「いつの間に、栞子さんの写真撮ったんですか?」

「舞台に立ってる時に。お前、もしかしてボーッと見てたわけ?」

「くっ……でも、彼女が栞子さんじゃなかったって、どういうことなんですかね」

 実際に、ボーッと見ていた相沢は、なんとか話を本筋に持っていく。

「……相沢、お前はどう思う?」

「そりゃ、二股じゃないですか」

「そうか? 俺なら三股するけど」

「さ、最低」

「二股するようなヤツは、三股もするだろ」

「……」

 不思議なことに、説得力はあるなと思った。

「話を聞いてると、海斗さんはそんなタイプじゃなかったんじゃないかな。それに、栞子さんと付き合い始めたのが3年と10ヶ月前。理佐さんと別れたのが4年前。2ヶ月の空きがある」

「2ヶ月間、その彼女と付き合って、別れたって言うんですか?」

「どっちかと言うと、その可能性の方が高い気がするな」

「なんか……取っ替え引っ替えって感じですね」

「事実だけ見ればな」

「どう言う意味ですか?」

「理佐さんとは長く付き合ってたんだ。2ヶ月で別れるってことは、決定的な性格の不一致があったのかもしれない」

「その彼女が、異様に嫉妬深かったり、とかですか?」

「可能性はあるな」

「松下さん。もしかしたら、その彼女が犯人だって疑ってます?」

「そこまでは。でも、気になるな。捜査資料にも、空白の彼女のことは記載されていなかった」

「もう一度、栞子さんに当たってみますか?」

「いや。彼女はその存在を知らないか、知ってても話さないだろう」

「なんでですか?」

「話す気なら、もう中里さんに話してるだろ」

「あっ、そうか」

「……海斗さんの大学時代の関係者を洗うか。同じサークルとか学部とか」

「そこらへん、中里さんの協力を仰いでみたらどうですか?」

「いや」

「な、なんでですか? いくら嫌いだからって、犯人を逮捕するのに私情挟んでいいんですか?」

「私情じゃないよ」

「他に理由があるってんですか?」

「無能はいらない」

「ひ、酷い」

「酷くないって。事実なんだから」

「……事実って、まあまあ、言っちゃいけないことあると思いますけど」

「相沢はさ。なんで、中里さんが3年も追ってて犯人を捕まえられないかわかるか?」

「そ、それは酷すぎませんか? 犯人を捕まえられないのは、結果論ですよ」

「違うよ」

「……どういう事ですか?」

「まあ、とりあえず行くぞ」

「ぜ、全然説明してくれないんだから」

 相沢は大きくため息をついて、アクセルを踏んだ。


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