芦谷 紗栄子


 松下と相沢は、海斗の実家へ到着した。芦屋家は5人家族で海斗は次男だった。


「捜査一課の松下と言います。お話、お伺いしてもいいですか?」

「あら。中里さんじゃないんですね。どうぞ」


 母の紗栄子は、笑顔で家へと招き入れる。


「いい匂いですね」


 ふわっと味噌汁の香りが広がっている。


「よかったら、食べますか?」

「いえ。そんな……」

「あれ? 相沢、食べないの?」


 すでに、松下がちゃっかりとスタンバイしていた。


「……じゃあ」

「どうぞどうぞ」


 紗栄子は皿を並べ始める。


「うまい。赤味噌好きなんですよ」

「ありがとうございます。海斗も好きだったんですよ」

「なるほど」


 松下は頷きながら、ハンバーグを箸で割る。


「うわっ。肉汁が凄いですね。ホテルみたいだ」

「そんな。おだてすぎですって」

「ご飯も俺の好みの柔らかさですよ。あっ、おかわりもらえます?」

「松下さん……いい加減にしてくださいよ」

「いえ。いいんですよ。中里さんも、たまに来てこうやってご飯を食べて行ってくださるんです」

「……そうなんですか」


 瞬間、松下の箸がピタッと止まった。


「同族嫌悪ってヤツですかね」

「相沢、黙れ」


 とピシャリと反論をシャットアウトした。


「ところで、海斗君のアルバムとかありますか?」

「ええ。準備しますね」


 忙しなく、パタパタと紗栄子は準備する。いい感じのお母さんだと相沢は思った。普通の、それでいてまったりした感じの。


 アルバムを見せてもらう。松下は、前と同じく、雑にそれをめくっていく。


「活発だったんですね」


 学園祭で撮った集合写真。キャンプの写真。修学旅行の写真。他にも、家族との写真。こうしてみると、普通の男の子という感じだ。


「ええ。小学校、中学、高校の友達は多かったと思います」

「なるほど。あの、もしわかればですが。女性関係は?」

「申し訳ないです。お恥ずかしい話なんですが、そういう話はあまりしてこなかったんです」

「いえ。家族でそういう話をする男の子はあまりいないのが一般的ですから。お気になさらないでください」

「……あの。ですが、ストーカーには悩まされてるって言ってました」


 紗栄子は重々しく口を開く。


 ストーカー。女性の被害の方が多いのが一般的だが、世間の思っている以上には男性の比率も高い。これらは調書でも書かれていたが、犯人の特定には至らなかった。


「どう言う風にですか?」

「えっと、後をつけられたり、家を覗かれてる気がしたり。盗聴されてるとも言ってました」

「その時、警察には?」

「申し訳ありません。勧めたんですけど、男の子でしたから。大丈夫、大丈夫って言い張って」

「そうですか」

「……今も思うんです。なんで、その時にもう少し強く説得しなかったんだろうって」


 紗栄子は目線を下に落とす。松下は、それを眺めながら、明るくも暗くもない声で答える。


「恐らくですけど、難しかったんじゃないですかね」

「なんでですか?」

「男の子ですから」

「そう……そうねぇ」


 松下の言葉に、紗栄子はフッと笑った。


 芦谷家を後にして、パトカーに乗り込む。


「やっぱり、ストーカーの線ですか」


 相沢はエンジンをかけながら松下に言う。


「……多分な」

「知人関係だと、同級生の梶雄介とは親友で幼馴染だったそうです」


 被害者の情報はすべて言えるほど、頭に入れてきた。こうでもしなければ、松下のような優れた刑事に貢献できないと判断したからだ。


「関係は長い?」

「小学校からなんで、かなりですね。大学は別々だったんで、殺された時はあまり密には連絡を取ってなかったみたいですけど」

「じゃ、その線で探ってみるか」


 欠伸をしながら、再びスマホをイジリ始める。


「あの、松下さん」

「ん?」

「あれって、どう言う意味だったんですか?」

「あれって?」

「言ったじゃないですか。中里さんに。『俺はいったい、何様だったんだろう』って」

「……言ったっけ?」

「ばりっばりに、言いました。5年前は、もっと謙虚で周囲も気にかけてたんですよね?」

「今も十分気にかけてるつもりだが」

「かかってないんですよ。それが、まったく」

「そんなバナナ」

「普通、逆じゃないですか?」


 寒いギャグを完全にスルーして、相沢が尋ねる。


「なんで?」

「だって。今の方が、ワガママで、自己中で、性格悪くて、協調性ないんですよね? だったら、今の方が何様って感じじゃないですか?」

「いや、そんなでもないだろ」

「そうなんですって。それがまた。見事に」

「……別にそんなに意識してはないけど」

「それが、ヤバいんですって」

「いや、だって俺。イマイチ、謙虚じゃないし。周囲から誤解されやすいし。なによりも実力で黙らせるタイプじゃない?」

「自己評価がマイルドなのが気になりますけど、まあ、そうですね」

「だからだよ」

「んー。どゆことですか?」

「昇進(あが)りたかったんだろうな」

「……」

「ちょっとできるくらいでいい気になってさ。みんなからチヤホヤされて。天才だとか言われて、その時は手を伸ばせばなんだってできるような気がしてた」

「……」

「周囲を見下してる癖に、そんなヤツじゃないって思い込ませてみたり。できない部下を、ちょっとおだててみたり。同僚気遣って、気さくに話しかけたりして。そんなことやってたから、空回りして失敗した」


 松下は両手を頭に当てて、天を仰ぐ。


「で、実際には大したことないヤツだって気づいたわけだ」

「……私は松下さん、凄いって思いますけど」

「褒めたって、なにもやらんぞ」

「缶コーヒーとかでもいいんですけど」

「無理」

「け、ケチ」


 後輩が奢ってくれと言っているのに。相沢はため息をついて、梶雄介が住んでいるアパートに向かった。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る