遠藤栞子(3)


「おい、松下!」


 劇場の外を出ると、中里が追いかけてきた。


「なんですか?」

「お前、ふざけるなよ。なんで、あんな真似した?」

「こっちの台詞です。指示が聞けないんだったら、別件を捜査してくださいよ」

「いや。また、お前がふざけた捜査をしないか見張る必要がある」

「中里さんに、そんな権限ないでしょ?」

「権限とか関係ねぇ! これは、俺の警察官としての魂の問題だ」

「だから、それだったら、俺に言うんじゃなくて、上司か吉原に言ってくださいよ」

「……お前がここの責任者ってことは、仕方がない。だが、俺を蔑ろにするのは許さねぇ。このヤマは俺が3年まるまる費やしたんだ」

「知りませんよ、そんなの。俺のチームには、指示を聞かないヤツは要らない。そんな個人の感情で振り回すメンバーなんて、迷惑でしかない」

「お前……いい加減にしろよ?」


 中里は松下に凄むが、まったく怯む様子はない。


「やっぱり、話あってもラチあかないですね。新堂君」

「お、お前。すぐ新堂に頼って。情けないと思わないのか!?」

「そのために呼んだんですよ。犯人に対してもですけど、身内に対しても言うこと聞かせるために」

「だいたい、お前は昔、そんなヤツじゃなかったじゃねぇか。結構、周囲を気遣って、協調性があった方だったぞ?」

「学んだんです」

「へっ、歳を取って偉くなったつもりか?」

「……逆ですよ」


 松下はつぶやく。


「は?」

「今も思いますよ。俺は、いったい何様だったんだろうって」

「言ってる意味がわかんねぇ」

「わからなかったっていいですよ。とにかく、もう栞子さんから離れたんだからいいでしょう? さっさと、次のヤマに向かってくださいよ」

「いや。金輪際。栞子さんに近づくな」

「騎士(ナイト)気取りですか? せめて、業務時間外で勝手にやって欲しいですね。職権濫用もいいとこでしょ」

「お前……ほんと、なめんなよ?」

「だから、こっちの台詞だって。これ以上邪魔するなら、すぐに吉原に言って外してもらいますからね」

「やってみろよ。お前らみたいに、あんな小娘、こっちは怖くもなんともないんだ」


 中里は唾を地面に吐き捨て、去った。


「……さっ、行くか」

「いや、切り替え! 早すぎですよね!?」


 二人を見ながら、電柱と同化するほど気配を消してた相沢がツッコむ。


「なっ。やなヤツだな」

「どっちかと言うと、松下さんの方が、圧倒的に性悪でしたけど」


 先輩への敬意なし。意見、ガン無視。権威と暴力を傘にしてやりたい放題。しまいには、相手を侮辱ときたもんだ。コンビを組んでいる後輩としても、捜査一課の新人としても、絶賛、松下とは一緒にいたくない。


「いや、こっちが正しいんだよ。あっちが、命令無視してるんだから」

「だとしても。中里さんは、ベテランだし。ちょっとは尊重するのが人の道ってもんじゃないですか?」


 なぜ、新人がそんな説教しないといけないのだろうと思いつつ、相沢は説く。


「そんな暇なし。なによりも、一緒いると気遣うから」

「……せめて、気遣う様子が少しでも垣間見えれば、強引に納得しないでもないんですけど」

「だって。役にたたないんだもん」

「可愛くいっても、全然可愛くないんですよ」


 主に、内容が。


「いいから。次行くぞ、次」


 松下はそれ以上の文句を遮断して、パトカーの助手席に乗り込む。


「次はどこに行くんですか?」

「んー。決めてないけど」


 松下は資料を眺めながらつぶやく。


「……だったら中里さんについて来て貰えばよかったのに」

「あんなの要らない」

「はぁ……」


 確かに松下はものすごく優秀な刑事かもしれない。だが、あまりにも協調性がなさ過ぎる。噂では、一課から左遷の憂き目に遭っていたらしいが、その沙汰もなんとなく頷ける気がした。


「もう一度、事件の資料洗うか……いや、やっぱ関係者だな。海斗君の実家行こう」

「わかりました。えっと、ナビナビ」

「着くまで、ホス娘やるから、話しかけるの禁止な」

「だったら、断固として話しかけさせてもらいます」


 相沢は使命感を持って、断言した。


「でも、よかったです。今日は、失礼な発言を連発しなかったですね」

「俺をどういう目で見てるんだ」

「……」


 あながち、間違ってないと相沢は思う。


「でも、ガンガン行かなかったってことは犯人じゃないってことですよね?」

「かもな」

「よかった……」

「よかった? なんで?」

「あんなに彼氏想いの彼女さんが殺人犯だなんて、なんか嫌じゃないですか?」

「じゃ、誰ならよかった?」

「いや、違くて。すいません」


 さすがに、不謹慎だと思った。被害者は殺されているのだ。誰だって悲劇であることには変わりない。


「責めてるわけじゃない。相沢、お前の意見を聞かせてくれよ。どんなヤツが犯人だと、お前なら思うんだよ」

「……女だと思いますね」

「女? なんで」

「イケメンでしたから」

「なるほど」

「な、なんで納得するんですか?」


 こんな直感だけの推理。


「間違ってないよ。殺すなら、タイプのやつ殺すだろ」

「その考え方、怖すぎますよ」

「前も言ったろ? 死体ってのは、メインディッシュだって。海斗君は、実家が別に金持ちでもないし、勉強がものすごくできたわけでもない。目に映る点で言えば、やっぱりルックスだから、ストーカー殺人の線が妥当なんだろうな」

「……なにか、気になってます?」

「ん? いや、なーんかね」

「……」


 なんだよ、と相沢は思う。

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