遠藤栞子(2)
「俺も一緒に捜査させてくれ」
中里は、新堂に深々と頭を下げる。
「すいませんが、俺は現場責任者じゃないんで。松下さんに頼んでくれませんか?」
「くっ……」
中里は、栞子の顔を見る。不安そうな表情を浮かべていた。松下に頭を下げるのなんて、まっぴらごめんだが、彼女のために、なんとかここに居続けなければいけない。
「頼む、この事件は俺がどうしても解決したいんだ」
そう言って、松下に深々と頭を下げる。途端にとめどない屈辱が襲いかかってくるが、それをなんとか抑え込む。自分のプライドのことなんて、二の次だ。
「……あの、遠藤栞子さん。当時の海斗さんのお話を聞かせてもらいたいんですけど」
松下は完全に中里のことを無視して尋ねる。それはそれで屈辱ではあったが、黙認は肯定と捉えるのが捜査一課流だ。中里はそう解釈して、その場に居続ける。
「はい。わかりました」
栞子は少し不安な表情を見せたが、強く頷く。
「まず、出会いから」
「ああ? そんなの資料に載ってるだろうが。海斗さんと栞子ちゃんは……」
「中里さん。しっ」
「くっ……」
なんて、嫌なヤツなんだと、中里は歯を食いしばる。
「……どうしようもないクリスマス・イブだったんです」
栞子は、遠い目をしながらつぶやいた。
「なるほど」
「彼氏と別れて、バイトでも店長にめちゃくちゃ怒られて、その日、前に所属していた劇団も解散しちゃって」
「……」
「突然、ザーって雨が降ってきて。私は全力で走ったんです。で、コンビニで、雨宿りしてたんです。そしたら、突然、泣けてきちゃって。私、なにしてるんだろうって」
「……」
「そしたら、急に傘を持った腕が視界に入って。振り向くと、男の子が『傘、どうぞ』って。『俺、家が近くだから』って。私、彼を見て、少し胸があったかくなったんです」
「……それが、海斗さんですか?」
「はい」
「素敵な出会いだったんですね」
缶コーヒーを両手で持ちながら、相沢がうっとりとつぶやく。
「それからだったんですね。付き合ったのは」
「はい」
「どういうお付き合いを?」
松下は尋ねる。
「真剣でした。結婚を考えてました」
「……早いですね。当時、二人とも大学生ですよね?」
「私には彼だけでしたから」
「時系列を確認させてください。付き合ったのは?」
「2月14日です。私がバレンタインデーで、告白して」
「なるほど……で、海斗さんが殺害されたのは、12月24日」
「え、ええ」
「では、海斗さんと交際していた期間は10ヶ月程度ですか?」
「期間は……それくらいですね」
「なにが言いたいんだ、松下。まさか、交際期間が短いって、いちゃもんつける気じゃないだろうな?」
すかさず、中里が口を挟む。
「……邪魔だな」
「んだと!?」
「栞子さん。海斗さんとは、どんな場所にデートしましたか?」
「近場だと上野動物園とか。あと、映画館とかはよく行きましたけど。お互いにインドア派だったんで、どちらかの家でいることが多かったです」
「おい、松下ちょっと来い」
「なにか買ってもらったものとかあります?」
「む、無視するんじゃねぇ!」
「……新堂君、頼む」
「はい」
「ちょっ……こら、待て」
新堂は、強引に中里を羽交い締めして口を塞ぐ。その指を噛みちぎろうにも、上手くホールドされて全く身動きが取れない。
「すいません、お手間取らせまして」
「あの……中里さんには、ずいぶんと良くしてもらってるんです。あんな風に扱うのは、少し」
栞子はおずおずと進言する。
「ええ。中里さんは、もちろん、すごく熱心で優秀な刑事ですから。しかし、少し被害者に感情移入しすぎると言うか、そんなとこがあります。今も、なんとか栞子さんを守るためにって。それで、捜査一課内での立場が危なくなってるんですよ」
「そ、そうなんですか?」
「もちろん、犯人逮捕が第一ですが、そう言った事情もあり、中里さんのためにも協力いただきたいんです。ほら、あの通り頑固者ですから。言わないんですよ、本当のことを」
松下は、遠くに引き離されていく中里に満面の笑みを投げかける。栞子もまた、納得した表情を浮かべる。
「そうでしたか。わかりました。私にできることなら、なんでも言ってください」
「では、続きを。なにか、プレゼントされたものとかはありますか?」
「指輪を」
「今、持ってますか?」
「はい」
栞子は、左手の薬指につけていた指輪かざす。
「うっわー、綺麗ですね。ダイヤですか?」
「ええ」
「松下さん、これ、高いやつですよ。20万円くらいするやつ」
相沢がはしゃいだ声をあげる。
「そうだな。学生にしては、かなりだな」
「バイトの給料3ヶ月分って、言ってました」
「なるほど。かなり、想われていたわけですね」
「……はい、そう思ってます」
栞子は真っ直ぐに、松下を見る。
「ちなみに、犯人に心当たりとかありますか?」
「いえ、まったく」
「……そうですか。ありがとうございます。以上になります。お時間、ありがとうございました」
松下は深々とお辞儀をして、その場から去った。
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