3ヶ月前(4)


「松下さんはどっちだと思うんですか?」

「両方」

「……」

「手のひらの上に転がされていたんだよ。恐らく刑事にも、記者の中にも内通者がいて、あいつがすべてを操作してたんだ」

「バカな。飛躍しすぎですよ。考え過ぎです」


 そうはいったが、松下は本気だ。


「あとは、答え合わせだよ。面着で狭間の性癖とコンプレックスを確信した」

「捜査情報は少人数で極秘に行われていた。事前に把握することなんてできます?」

「当時は俺もそう思ってた。でも、リークされた。事前に誰かが情報を取り得る状況だった」

「……」


 酷く現実味のない話だ。そんなことが果たしてあり得るのだろうか。


「狭間の性癖なんて、警察関係者も身内も知らなかったじゃないですか。どうやって知ったんですか?」

「わからない。今さら調べた所で意味がないし、その時はもう外されていた。調べる気にもなれなかった。ただ、そう思ったんだ。信じるか?」

「……信じます」


 吉原は松下の瞳を見て、頷く。


「でも。勘違いしないでください。許されることじゃない。児童のポルノなんて見ていて吐き気がする」


 人として許されるべきじゃない。


「ああ。同感だ。でも……アイツは苦しんでた」

「……」

「正義感の強い男だった。責任感の強い男だった。先天的なのか、後天的なのかわからないが、異常な性癖を持ち合わせて、誰にも言えずに苦しんでたんだ」

「肯定するんですか? 松下さんのすべてを奪った男ですよ?」

「違う。でも、考えるよ。生まれながらにして犯罪的な性癖を抱えた者はどう生きるのが正解なんだって」

「……」

「アダルトビデオ、見るか?」

「ぶん殴りますよ?」

「俺は見る。彼女も奥さんもいないから、別にいいだろ?」

「……」


 今、いったい、なんの暴露をされているのだろうか。


「ちなみに痴漢物と寝取られ物が好きだ」

「きしょ」


 素直にそう思った。


「そんなもんだよ。ただ、ある程度の合法的な動画サイトで見ている。であるから、犯罪ではない。月額料金もキチッと納めている。いや、納めさせて頂いている」

「……なにが言いたいのか、まったくわかりません」


 ただ、キモいとしか。


「同じだよ。性質は同じなんだ。ただ、成人のある程度の比率の理解を抑えてあるから、『きしょ』で済むだけであって」

「……」


 狭間の場合は恐らく違ったと言うことがいいたいのだろう。中学生。高校生。大学生。警察官になった時。どこの時点かは知らないが、それを自覚してしまった時に、あの男の受難の日々が始まった。


「一般人はそれで許されるかもしれません。でも、警察官だったらそれを許すべきじゃない」


 吉原はそう斬り捨てる。


「あるべき論ではそうかもしれない。でも、その犯罪的な性癖を周囲に隠しながら死んでいく。狭間にとって、取り得る善意と性癖の間で揺れていたんだ」

「警察官でありながら、必要悪を肯定するんですか? 児童ポルノは犯罪者の温床。需要と供給が成り立つから、児童ポルノ。人身売買。麻薬。そう言う犯罪がなくならないんじゃないんですか」

「わかってるよ。そう言うことじゃない。ただ、ヤツは。東城はその弱みにつけ込んで狭間の人生を壊した。そして、今も太陽の下で生きている」

「……松下さん」

「ん?」

「戻ってきてください。いえ、戻るべきですよ」

「……」

「今、異常犯罪の数が増えてるんです」

「なんの話だ?」

「3年前は8件。2年前は32件。前年は109件。年間で倍どころじゃない。まるで、伝染病みたいに」


 それをコロナと関連付ける専門家がいる。確かにそれもあるかもしれないが、根本的な要因は違うと吉原は考えている。


「……東城敬吾」

「そうです。あの時はマスコミが彼に張り付いていて、身動きが取れませんでしたが、今はもう違います。ほとぼりが冷めた裏に、異常犯罪の裏に、彼の意志が働いていると考えるのは、私の勘違いですか?」

「……だとしたら、俺には止められない」

「あなたしかできない」

「できないって」

「やるんです。私たちは……いえ、あなたには、あの怪物を止められなかった責任がある」

「……」


 卑怯な言い方かもしれない。あの時、松下の言うことをすべて聞いていれば、こんな事態にはならずに済んだ。足らなかったのは松下ではなく、むしろ、自分たちだった。それでも。根本を解決するためには松下の力が必要だ。


「2つ」

「え?」

「それなら、2つ条件がある」

「なんですか? 多少の無茶なら、叶えましょう」

「俺が選んだヤツを係に入れろ。俺一人じゃ無理だ。チームで組まないとヤツまで辿り着く前に死ぬ」

「わかりました」

「もう一つ。後任を育てる」

「はぁ? なんでですか?」

「この捜査は長くなる。道半ばでドロップアウトする可能性も」

「勝手に降りるなんてこと、私が許すと思いますか?」

「屍を越えた先に。ヤツは……東城敬吾はいる。そんな気がするんだ。刑事のカンだ」

「……」

「そして、吉原……それは、お前じゃない」


 松下はハッキリとそう言った。


「わかってますよ。で、わかりました。その二つですね」


 慌てて吉原は視線をそらして下を向く。せぐりくるこの感情はなんなのか。自分自身にもわからない。だが、妙に心がざわめいている。


「あっ、それと。今の一連の暴露。恐ろしくセクハラだから気をつけてくださいね」

「大丈夫。セクハラは相手が不快に感じなかったらセクハラじゃない」

「バリバリ感じてるって言ってるんですけど!?」


 そう。5年前のようなやり取り。掛け合い。あの時間がもう戻ってこないということに、今さらながらに気づいたのだ。


「じゃあ、戻りますから。ちゃんと連絡したら、出てくださいよ。やっぱりなしとかは、もうなしですからね」

「わかってるよ」

「あと、それまでは真面目に仕事してくださいよ。業務中にスマホをいじらないこと」

「わかってるって。母親かお前は」

「な、なんて言い草。悪いのはそっちなのに」

「あっ、吉原」

「なんですか?」





















「帰りに、ラーメンおごってやる」




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