5年前(2)


 インターホンを鳴らしながら、松下は家の外観を見渡す。隣と比べても遜色ない大きさで、若干レトロでお洒落な感じだ。要するに、お金にはなんの不自由もしていないのだろう。時間も手間もふんだんにかけた自慢のお城と言った所だろうか。


「なんですか?」


 スピーカーから声が響いた。特に抑揚がなく、動揺した様子もない。ただ、一度聞いたら、忘れない印象的な声色だ。


「東条敬吾君だね。少しお話を伺いたいんだけど」

「わかりました。どうぞ」


 カチッと、ロックの解除音が響く。ドアを開けると、そこには灯りがついていなかった。廊下の壁はすべて白で統一されている。


「来ませんね」

「来ないよ。わざわざ出迎えに来るようなタマじゃない」


 松下はそう答え、靴を脱いで廊下を歩く。母親の東条美﨑も、すでに警察に連行しているので、ここには少年一人しかいない。


「……」


 生活感のない家だ。外観はあれだけこだわっているのに、中はまったくと言っていいほど色を感じない。


「松下さん? どうかしましたか」

「お前、感じないか?」

「……すいません」

「謝るな。いい」


 そう言うつもりじゃなかった。と言うか、こんな感覚的な違和感は伝えようがない。


「教えてください。知りたいんです」

「……異質な空間を演出してるんだよ」

「あの少年がですか? まさか」

「見た目に欺されるな。その言葉が出ないくらいに、警戒レベルを上げろ」


 吉原が黙って頷き、松下の不安が少し取り除かれる。この後輩は優秀な部下だ。頭がキレて、機転も利く。ガッツもある。ついでに、嫌みなほど美人だ。


 だが、連れて行くのを決めた理由は思考柔軟性の高さ。松下の言う感覚を自分なりに解釈して追随しようとしてくれる。最初から、連れて行くならこいつだと決めていた。


 神妙な表情で、部屋の前に立った。ノックをするが、応答はない。


「敬吾君? あけるよ」


 やはり応答はない。


 部屋を開けると、そこには少年がいた。年齢は13歳だが、発育が少し遅いのか、骨格が全体的に細い。小学生だと言われても違和感がないほど下に見える。やはり、綺麗な顔だ。芸能人の子役よりも整った顔立ち。


 少年は、椅子に座って本を読んでいた。


「こんにちは、刑事さん。確か、会うのは2度目でしたよね」

「……」


 人なつっこい笑顔だ。異常犯とは思えないくらいに。


 その間、視線を合わせず、吉原が窓まで回る。これは、事前に打ち合わせをしていた。なにが起こるかわからない。とにかく、逃走経路を事前に潰す。


「いきなりなんですか? どうしたんですか、お姉さん」


 子どもっぽい声だ。無垢な様子を演じている。吉原が口を開きかけた時、松下が手のひらを見せて、それを制す。


「答えるな。東城敬吾君。連続殺人の容疑で逮捕する」


 本当は手錠をかけて拘束したいが、マスコミが邪魔だ。わめき散らされる演技をする可能性もあるので、極力使用しない方向に切り替えた。


「どういうことですか?」


 首を傾けて、困惑した表情を浮かべる。柔らかい表情だ。面と向かったら誰も、この少年が犯人だとは信じないのだろう。応援が来るまでは少し時間がある。松下は大きく深呼吸をして、少年の顔を眺める。


「なんでこんなことをしたの?」

「やってないからわからないです」 

「物証があるんだ」

「物証?」


 わずかの声色も変えない。少年はこちらを向いて真っ直ぐに瞳を見つめてくる。まるで、授業中に手をあげて質問する小学生のような無邪気さだ。


「凶器が発見された」

「それに、僕の指紋が?」

「そう」

「……僕の指紋がなんでわかったんですか?」


 声色は変わらない。焦っている様子すらない。肌の色も変色していない。汗もかいていない。決定的な証拠を突きつけた時。普通の犯罪者であれば、この時点でわめきちらすか、こちらに掴みかかるか、取り乱して暴れ出すところだ。


「前に君と会った時。取調室でお茶飲んだだろ? その時に取らせてもらった」

「へぇ。じゃ、僕と最初に会った時から? 驚いたな」


 残念がる様子もなく、ただ驚いたような表情を見せる。


「場所はどうやって特定したの?」

「君を分析して、割り出した」

「なるほど。刑事さんが?」


 興味深い様子でこちらを覗き込む。隙を見せると、こちらの底まで見透かされそうだ。しかし、少し。感情の色は垣間見えた。


「そうだよ。一目見た時にわかったからね」

「で、僕の分析結果は?」

「怪物」

「ははっ。人間じゃないってことね。酷いなぁ」


 心の底から笑っている様子に、松下は思わず戦慄を覚える。まだ、警戒が足らないのか。いや、でもこちらのガードを固めすぎると、この少年のなかがわからない。


「刑事さん、面白いね」


 本を閉じて、椅子ごと身体を向けながら、こちらを覗き込む。瞳の奥、その先まで見ているような視線だ。心臓を愛撫されているような感覚で気持ちが悪い。


「それが理由?」

「なにが?」

「動機だよ。斉藤梓。木下徹。宮下慎治。3人を殺したのは、面白かったから?」

「どう思う?」

「……」


 試している。


 いや、試されているのか。


「同じ刃物を使ったこと以外、3人に関連性がなかったから、捜査はすごく混乱したよ。でも、それが動機だったら納得がいく」

「納得?」

「愉快犯。快楽のために殺人をするのは、君だけじゃない。未成年というフィルターを取り除けば、君はそこら辺の異常者となんら変わりがない」


 揺さぶりをかけてみるが、一向に表情は変わらない。少年は考え込むそぶりをして、やがて、フッと笑みを浮かべる。


「その時、刑事さんは無差別殺人に切り替えなかったの?」

「捜査方針はね。でも、俺は君だと確信してたからね」

「なんで?」

「刑事のカンだよ」

「なにそれ? そんなので人を疑っていいの?」

「いいんだよ。実際にそうだったんだから」

「……刑事さんって本当に面白いね。また、僕と遊ぼうよ」

「あいにく、社会人は時間がないんだ」

「不公平ってことね。でもさ、僕だってまだ中学1年生だよ」


 まるで、ゲームかのように。少年は口を少し尖らせる。


「負けは負けだろ?」

「負け?」 


 首を傾げる。


「負けだろ? だって、君はこれから少年院に入るんだから。こことは違って環境は悪いよ。自由もきかない」

「……なんか」


 そう一呼吸、おいて。


 少年はつぶやく。


「まるで、ゲームみたいだね」

「……っ」


 駄目だ。


  落ち着け。


   このペースに飲まれるな。

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