第19話 結末

            *


「呆れた」


 吉原は調書を眺めながら、つぶやいた。


「当てずっぽうとか言うなよ。逮捕したんだから、別にいいだろう?」

「違います。まさか、本当に一日で逮捕するとは思ってませんでした」


 もちろん、松下の能力は織り込み済みだ。しかし、いざそれを見せつけられると驚愕せざるを得ない。


「まあ、わかりやすい犯人だったからな。性格も短気で自信過剰。几帳面で、内向的。ハメやすかったよ」

「でも、あんな無能がこれまで生きて来れたのが不思議ね」


 吉原が辛辣な言葉を吐き捨てる。


「そうか? あんなもんだろ」

「どう考えても、普通よりかなりヤバめなヤツだけど」

「普通よりかなりヤバめなヤツが、普通なんだよ」

「……」

「俺も、前の部署の時は、なーんも仕事してなかったし。なーんも」

「不思議と凄く説得力が増しますね」


 吉原がそんな風に生ゴミを見るような目で松下を見つめる。


「……あの、松下さん」

「ん? どうした、相沢」

「どこから、大山英昌が犯人だと思ってたんですか?」

「最初から」

「嘘!?」

「うっそー。そんな訳ないだろ。俺は超能力者か?」

「くっ。じゃあ、教えてくださいよ」

「……」


 相沢が悔しそうに食らいつく様子を見て、思わず吉原は自分と重ねた。


 5年前。キャリア研修生だった吉原と捜査一課係長の松下。頭でっかちで几帳面な自分を、本能的で、大雑把。そして、異常なほどの洞察眼を持つ松下がからかいながら笑う。


 今、思えば。それが、かけがえのない時だったのだと気づく。


 久しぶりの松下は変わった。昔は、どちらかというと優等生で、仲間想いで、正義感丸出しで。今はその面影はない――人の心を抉り取るような目以外は。


 そんな視線に気づくことなく、松下は羊羹を食べながら説明を続ける。


「いや、お前が言ったんじゃん」

「なんてですか? 言っときますけど、私は夢にも思ってませんでしたよ? あの人が犯人だって」

「だから、厨二病ぽいって」

「そしたら、中・高学生って思うじゃないですか?」

「いや、俺もそう思ったよ。だから、大山美幸に息子がいたら、そっちに目をつけてたかもしれない」

「……なんで、息子なんですか?」

「相沢、お前さ。人を殺したいって思う時、ある?」

「捜査中はちょこちょこ松下さんに殺意、覚えてましたけど」

「そゆこと」

「どゆことですか!?」

「わからんか? あれだけ凝った演出しといて、メインが中年女性? あり得ないだろ。例えば、レイプ犯が若い男だったら、タイプの女――一般的には若く綺麗な女を殺すだろう?」

「あっ!?」

「もちろん、人それぞれだし、一概に言えないところはあるが、あたりをつけるなら、まず、関係者。それも、誕生日に殺そうと考える、犯人にとってかなり特別で身近な存在だと考えるだろ」

「……」

「犯人は包丁でちょうど中心を刺していた。殺害目的で心臓を刺すなら、ここだ。ここ」

「松下さん。それ以上動かしたら、その指をハサミで切ります」


 吉原の心臓部に添えようとした指を、慌てて松下は引っ込めた。


「後は大方話したとおりだよ。八芒星の寸法。建物の正方形。これで、犯人のこだわりが覗えた。あとは、家に行ったときに見せた大山英昌の対称性への執着。それで、犯人確定って感じ」

「……ワザとだったんですか? 下駄箱の靴も、位牌拝む時の線香も、テレビつけてボリューム小さくしたのも」

「当たり前だ。あんなに失礼な真似、普段ならしない」

「でも、包丁! 包丁はどう説明するんですか?」

「一緒だよ。大山英昌はトイレ、リビング、寝室は自由にさせたが、キッチンだけは入らせようとしなかっただろ?」

「……そう言えば、そうだったかも」


 全然気づかなかったと相沢は頭を抱える。


「そこで、もしかしたら包丁なのかなってあたりをつけた。で、アルバム見てたら、包丁の写真が載ってた。バーベキューの写真だな。で、密かにメーカーを調べさせた」

「あ、あの一瞬でですか!?」

「警視庁のデータベース、なめんなよ。購入履歴もあった。もともと、こだわりは夫婦二人とも強そうだったから、オーダーメイドの可能性は高いと踏んだ。案の上、大山美幸が匠シリーズの包丁を購入していた」

「それで、しきりに包丁の話、してたんですか」

「まあ、すぐに動くのは予想外だったけどな。あとは、知ってるだろ?」

「……はい」


 その後、メーカーから包丁一式を借りて、英昌の後をつけた。どの包丁を使っているかわからなかったので、英昌が持っている包丁を確認して、凶器を特定。後は、すべて見通しているかのように振る舞って、英昌を観念させた。


「松下さんて……凄いんですね」

「今頃気づいたか? 惚れたっていいんだぞ」

「断じてあり得ないですけど、凄いです」

「相沢さんも、頑張ってね。あなたには期待してるんだから」


 吉原が微笑む。


「……不安になってきました。結局、私はなにも貢献できてないし」

「そうだな。役立たずだったな」

「ひ、否定してくださいよ。ちょっとは」

「まあ、お前は長期案件だから、いずれなんとかなるだろう」

「本当ですか? なんとか、なりますかね?」

「とりあえず、今からすぐに役立つ方法あるぞ?」

「なんですか? なんでもやりますよ?」

「本当に?」

「……エロいこと以外は」

「さすか! そんなこと」


 松下は吉原の冷ややかな視線に慌てる。


「じゃ、やります。なんでも」


















「栗羊羹。切って、もってこい」



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