第16話 英昌(2)
「松添係長。もう、一人でやらせてくださいよ。この人、何の手伝いもしてくれないくせに、口だけ挟んできて」
「係長。違います。吉村君は、私に資料を配布しなかったんです。それについて注意をしたら、要領を得ない反論をしてきて」
「わかった。ちょっと、落ち着けって」
松添はそう言って、吉村の意味不明な話と、英昌の理路整然とした、寸分違わずに、まとまった話を交互に聞く。
「……なるほど」
「わかってくれました? こう言っちゃなんですが、吉村君はこのプロジェクトから外した方がいいんじゃないですかね?」
「外したら誰がやるんですか?」
「えっ?」
「ハッキリ言って、ここまでずっと吉村が前にでて頑張ってた。大山さんはそれを黙って見てただけですよね?」
「いや、だって。助言が欲しかったら『助言を下さい』と言えば、教えましたよ。でも、言ってこないから」
「助言? すいません、気に障る言い方になってしまうかもしれませんが、大山さんも吉村さんと同じ一般ですよね?」
「……それは」
英昌は思わず言い淀む。なんだ、コイツは。まさか、自分の身分を傘にして、そんなことを言ってくるのか。単に松添が出世しているのは、この男が室長に上手く取り入るからだ。自分の能力がこいつよりも劣っている訳では決してない。
そもそも、こいつが、こんなに無能だから、部下が育たない。指導もせずに、好き勝手やらせているから、こんな無能な部下が育つ。そのおかげで、こちらが業務範囲外の指導業務に追われていると言うのに。
「助言なら係長である私がやります。いや、吉村、申し訳なかったな。手が足りないの、わかってたんだけど、こっちも他のプロジェクトで回ってないとこあって、お前が積極的に動いてくれるから、つい甘えてしまった。これからは俺も手伝うから」
「いや。松添さんが忙しいのは知ってます。俺もついつい煮詰まっててストレス溜まっちゃって。申し訳ありませんでした」
「……」
英昌の存在がまるで無いかのように。吉村と松添は互いに、謝罪をし合う。なんだ、無能が無能と慰め合っている。気持ち悪い。こいつら、自分たちの能力のなさを棚に上げて、お互いに傷口を舐め合っている。最低だ。
そして、松添は振り返って、強張った表情を見せる。
「大山さん。申し訳ないが、もう少し積極的に動いてもらわないと困る。後輩の吉村がこれだけ頑張ってるんだから、失敗を黙って見てるだけってそりゃないでしょう」
「わかってないですよ、松添係長。闇雲に動いたって、足並みが揃わずに破綻するだけなんです。現に、部長も、次長も、室長も、みんなダメ出しをしてたじゃないですか」
「わからないですか? さっきのダメ出しは吉村に向けてのものじゃないんです。そこまでに至らなかった俺とあなたが責められてるんですよ。さっき、チェック機能の役割をしてると言いましたよね? それなら、もっとしっかりとやってくれないと」
「私はそうしようとしましたよ。でも、吉村君が資料を私に見せないから。見せない資料をどうチェックしろって言うんですか? ハッキリ言って、私はこれぐらいの資料、完璧にできますよ」
「なら! これからはあなたが、主体で手本を見せてください。吉村、これからはメインで大山が動いてくれるんで、お前はサポートに回れ」
英昌は愕然とした。今更、そんな事を言ってくるのか。こいつのせいで、プロジェクトの進捗管理ができていないのに、それを今更、こちらに泣きついてくるのか。丸投げか。敗残処理。そんなのは、まっぴらゴメンだ。
「いや、こんな中途半端な状態で渡されても、私が困りますよ。吉村くんの不手際を自分のせいにされたって困る」
「はぁ……じゃあ、あなたはなにをやってたんですか?」
「えっ?」
「大山さんには他に仕事はないはずですよね? 本当なら、吉村はいくつものプロジェクトを兼任してて、あなたがメインにやってくれてるはずだったんですよ。そう言いましたよね?」
「それは、勝手に吉村君がやるから、じゃあ私はサポート役に回ろうと」
「あなたの仕事が見えないから吉村が頑張ったんじゃないですか? それに、サポート役に回るって、あなたはそれを彼にアドバイスしたんですか?」
「いや、彼が助けを求めないから、私は何もしなくてもいいものだと思っていて」
「じゃ、あなたは普段何をしてるんですか? 会社があなたに出している給料は、タダで渡しているんじゃないんですよ? 労働に対する対価なんですよ? それを、明確にしてもらわないと」
「……気づいたことは、アドバイスしました。彼がそれを聞かないだけです。今日も、名札とか」
「名札?」
「ほら、来てください」
英昌は得意げにボードに行って説明を始める。
「これ。これで、23回目ですよ。彼は名札を裏返す時に、斜めに返すんです。私が注意してるのに、聞きやしない」
暴露してやった。ざまあみろ。これで、お前の評判はガタ落ちだ。今までは、いつも事前に直してやったんだ。だから、部長も次長も係長も気づかずにお前は過ごしていられたんだ。
松添。お前も同罪だ。監督責任。一般にはない、それがお前を苦しめる。これを、室長、次長、いや部長にも言ってやる。これだけ、騒ぎを大きくしたんだから、必ずその責任を取らせてやる。
「それで?」
「え?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます