第14話 捕縛


「歯ブラシの毛の使い具合ですら揃えたかったんですよね? でも、奥さんが死んでしまって、同じだけ使えなくなってしまった。だから、あなたは交互に歯ブラシを使用して、交互に歯磨き粉を使ってたんです。それが、あなたのルーティンだった」

「……」

「病的なシンメトリーへの執着。これは、奥さんに向けて出なく、自分に向けてだったんだなって。そうですよね? 英昌さん」

「知りません」

「そうですか?」

「私には、そんなものに執着を覚えたことはない」


 そんなものはなんの証拠にもならない。あくまで、本人が認めなければ、そんな心証的なあやふやなものが、いったいなんの役に立つと言うのか。


「ですが、あなたのいくつかの行動は如実にそれを示してましたよ。まず、下駄箱の靴」

「靴? あなたが散らかしてたからやっただけだ」

「下駄箱にしまったのは、相沢のサイズと色が違ったからだ。どう揃えたって、対称にならないから。だから、早く出て行ってもらいたいにも関わらず、あなたは下駄箱にしまわざるをえなかった」

「偶然だ! そんなの言いがかりだ!」

「まだ、ありますよ。俺が本の順序を入れ替えた時、あなたはすぐにそれを直したでしょう?」

「入れ替えられたんだから直すでしょ! 当然のことだ。言ったでしょ? 場所は全部決まってて、すべて把握してるって。私は、あんたみたいにチャランポランじゃない。綺麗好きなんですよ、ガサツなあんたと違って」

「いえ、違うんですよ」

「なにがだ!」

「違和感を感じたのは、直したことじゃなくて、直さなかったことなんです」

「なにを……言っている?」

「見てくださいよ。こんなに、わかりやすいのに」


 松下はそう言って、またしても、スマホの写真を掲げる。


「……これがいったいなんだって言うんですか? 私の部屋の本棚ですよね」

「わかりませんか?」

「……」

「わかりませんよね? あなたは、シンメトリー性には異常な執着を見せるが、それ以外には関心が薄い人だから」

「断定するな! これが、なんだって言うんだ!」

「入れといたんですよ。シリーズの間に二つ。別の色の本を」

「……」


 こいつ、人の家で勝手にそんなことを。


「こんなにわかりやすいのに、あなたは非対称の箇所のみを、まるで選んだかのように直した。これは、たまたまですか?」

「たまたまだ! そんなものはなんの証拠でもない!」

「テレビのボリューム。22でしたよね?」

「うるさい! 余計なお世話だ」

「笑えましたよ。もう一回つけてみたら、22に戻ってるんですもん。ああ、よっぽどだなって思いました」

「この音が一番聞きやすいんだ。それだけのことだ!」

「線香。3本立てたのに、2本にしてましたよね?」

「一人一本だ! あんたが非常識なことをしたから、直しただけだ!」

「で、クローゼットを開けたら服が7つ。あなたの嫌いな奇数です」

「嫌いじゃない! 私を勝手に分析するな!」

「なんで、クローゼットだけ対称じゃないか。答えは簡単です。真ん中を取りたかった。真ん中を取って偶数になる。対称になる。それが、あなたのルーティーンだった」

「違う!」

「わかりやすすぎて笑えましたよ。他の6つの服なんて飾ってあるだけで使わないんだから。尾行なんて、超簡単でしたよ。毎日、同じスーツなんだから、そこに追跡装置を入れてればいい」

「お前……くっ」


 英昌はポケットから取り出して、豪快に叩きつける。


「犯罪じゃないのか!? 違法捜査だ!」

「証拠が出なければね? 申し訳ないが、異常殺人犯の証拠が揃った、敗色濃厚の異常殺人犯の人権なんて、裁判所も、検察も、弁護士だって重視はしない」

「証拠がないんだろ! 凶器は? 見つかったのか? 見つかるわけないよな!」


 大山は勝ち誇ったように叫ぶ。


「シンメトリー」

 松下はボソッとつぶやく。

「……」

「あなたがこの場所に凶器を隠すってことは、対称の場所に凶器があるってこと。さて、問題です。ここにあるのが匠シリーズの包丁3本。似た包丁が1本。この形の似た匠シリーズの包丁だけがない。なぜでしょう?」

「以前、なくしたんだ。たまたまだ!」

「凶器なんでしょう?」


 松下は勝ち誇ったように笑みを浮かべる。


「なくしたって言ってるだろう! そんなものは知らない!」

「どこにあると思います?」

「はっ。知らないよ。わかるわけがない」

 英昌は勝ち誇ったように叫ぶ。

「当ててみろよ! お前の、穴だらけの当てずっぽうの推理で、その場所を言い当ててみろよ!」

「言い当てるもなにも……ここにあるのは、なーんでしょうか?」


 松下は、匠シリーズの包丁を左手にあげる。ボストンバッグに入った3本とは種類の異なる、紛れもなく、妻の美幸を殺した包丁だった。


「確認します? どうぞ」


 松下は包丁を放り投げ、英昌はそれを血眼になって見つめる。


「はっ……くっ……なんで……」

「なんで? それは、あなたが一番わかってるでしょう? なんの包丁かもわからない俺が、なぜ、あなたしか知らない包丁を持っているのか」

「……」


 バカなバカなバカな。


「う、うわあああああああああ」


 その包丁を持って。英昌は松下に向かって斬りかかる。


 だが。


 林から、大男が出て来て羽交い締めにする。


「すいませんね。異常犯の暴力には対処できないんで、こっちもボディガードを用意させてもらいました」

「誰がボディーガードですか。ご挨拶が遅れました警視庁捜査一課猟奇特別捜査班、新堂龍司です。初めまして」


 丁寧に挨拶した大男は、手際良く英昌の腕を背中に回して手錠をかける。その様子を眺めながら、松下はその瞳の奥を見ながらつぶやく。


「英昌さん。あなたは、大人しくしとくべきだった。犯罪の計画だけを夢想して、夢で殺しておくくらいで納めておくべきだった」

「ひっ……」


 この目だ。こいつの、この異常な目がすべてを見透かす。


「結果、あなたはこれから一生、塀の中でシンメトリーの執着に苦しむことになる。刑務所は規律正しいですが、あなたが望むような環境は用意してくれないですから」

「……教えてくれ。なんで、凶器の場所がわかった? 確かにあの河原は、位置的には対象だが、かなり深い場所に埋めたし、痕跡も残さなかった」

「なんでだと思います?」


 松下は挑発的な笑みを浮かべたまま、答えなかった。

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