第13話 殺意(2)
「質問の答えになってましたかね? だから、行動パターンはこんな感じです。しかも、自分では計画を立てているのかもしれないが、実践に乏しいので、ところどころで綻びが出ている。行動ができないことを慎重だと勘違いしてるから、ストレスが溜まり続けて、結果、爆発して殺した。まあ、言ってみれば本人が思っているより、頭がよくない」
「でも、それって、あなたの見識ですよね?」
「ええ」
「それで、実際に犯人は捕まえられてない訳だし。むしろ、証拠の凶器だって見つかってない訳でしょ?」
「ええ」
「それって、どうなんでしょうね。犯人の社会的立場だかなんだか知りませんけど、そうやって分析したご大層な行動パターンで結果が出てない訳だから」
「あれ? 気に障りましたか?」
「いえ。ただ、内弁慶タイプってどの口が言うんだって思って。そう思っただけです。結局、犯人にやられっぱなしじゃないですか。犯人の証拠も、アリバイも崩さずに、あなたは今、ここにいる訳じゃないですか」
「俺がここにいる理由? 何でだと思います?」
「だから、それは私を自殺から止めてくれたんでしょ? それ自体は感謝してますけど、私が憎いのは犯人なんで。それをいつまで経っても捕まえられてないくせに、好き勝手言われちゃ、堪らないですよ」
「嘘です」
「……え?」
英昌が聞き返すと、松下はニヤッと笑う。
「すいませんね、嘘つきました。犯人の証拠、あるんですよ。と言うか、出してくれたと言うのか」
「……なにを言ってるんですか?」
「わからない?」
「わかりませんよ! あんた、さっきからいったい、なにが言いたいんだ!?」
「またまた、わかってるくせに。俺が言ってるのはね、あなたがその、透明人間だってことです」
「はっ?」
「です」
こともなげに。
まるで、当然かの如く。
松下はそう笑いかけた。
*
「……あんた。俺は被害者だぞ? 証拠もないのに、そんなこと言っていいのか?」
「いや、だから証拠。待ってますよ」
「嘘をつけ! 私が犯人なんて、証拠なんてある訳がないんだ!?」
「じゃ、順を追って説明しますね?」
「証拠! いいから、証拠を出せ!」
「まあまあ。落ち着いて。メインディッシュは、話の最後に出しますから」
「……いいだろう。ただ、これで証拠がなかったら、私はあんたを名誉毀損で訴える!」
「どうぞ」
松下はニヤニヤと笑みを浮かべる。まるで、こちらが激昂するのを、楽しんでいるかのように。
落ち着け。怒れば、怒るほど、この男の思う壺だ。自分は感情に身を任せて、我を忘れるような無能じゃない。この刑事は証拠を持っていないから、自分を挑発して、失言を誘発しようとしているのだ。
英昌はその時、感情のボルテージを下げ、深呼吸を数回入れる。
「いや、洗面台を見た時におかしいと思ったんですよ」
「なにがですか?」
「歯ブラシですよ。私、あなたのか? って聞きましたよね」
「それが何か? 私のだから私のだって言っただけだ」
「普通、色、違くしません? 間違えるから」
「だから、妻の好きな色に合わせたって言ったじゃないですか」
「奥さんが? いや、間違えるから嫌でしょう。ついでに言えば、お風呂のタオルの柄も同じ。色も同じ。あれじゃ、日常生活に支障が出る。いくら、好きな柄って言っても、限度がある」
「……どっちだっていいじゃないですかそんなこと。こっちの勝手だ。あなたの妻だったら、そうなのかもしれないが、私の妻は嫌がらなかった。それだけのことです。それに、歯ブラシの位置が違えば、間違えようがないじゃないですか。少なくとも私は妻の歯ブラシを使ったことなんてない」
「本当ですか?」
松下は、英昌の瞳を覗き込む。
「本当ですよ。そんなことが、まさか証拠だと言うんじゃないでしょうね?」
「おかしいですね」
「なにがですか?」
「ちなみにですが、奥さんが死んだ後、あなた以外に家に泊まった人は?」
「いる訳ないじゃないですか。なんなんですか? あまりにも、稚拙な推理でバカにしているにも程がある」
「じゃ、なんで濡れてたんですかね?」
「なにがですか? 主語を言ってくださいよ」
「ああ、ごめんなさいね。歯ブラシ。歯ブラシの話。濡れてたんですよ。あなたのではなく、奥さんの分が」
「……はっ?」
「あなたは、間違ったことなんて、一回もないと断言した。でも、あなたは奥さんが死んでから、歯ブラシを一回も使用してないなら、それは乾いてるはずだ。しかし、あなたは使ってないと頑なに言った。絶対と、断言したんです。じゃ、誰がこの歯ブラシを使うんですか?」
「……寝ぼけてて間違えたのかも」
「いまさら、そんなこと言わないでくださいよ。『間違えたことない』って言ったじゃないですか。絶対に。あなた、今、そう自信満々に言ったんですよ?」
「……そんなの、人間だから記憶違いってやつです。そんなこと、あるでしょう。私も、人間なんでね。妻が死んで、動揺してたのかもしれない。しばらくは、ショックのまま生活をしてましたから。普段はそうそうないんで、絶対と言いましたが、覚えてませんけど、そんなこともあるのかもしれませんね」
「じゃ、間違いなんですね? あなたが絶対に使ってないって言うのが、間違っていて、あなたが使ったかもしれない。そう言うことなんですね?」
「……ええ。でも、そんなこと事件にはなんの関係もないでしょう? まさか、それが私が犯人だと言う証拠だとでも?」
「ちなみに、なんで、あなたが奥さんの歯ブラシを使ったのかも、わかりますよ? たまたまじゃないんですよね」
「た、たまたまって言ったじゃないですか!?」
「いや、それが違うんですよ。これ、見てください」
松下は、スマホの写真を2つ見せる。どちらも歯磨き粉の写真だ。
「歯磨き粉。これも、面白いんですよね。奥さんの分とあなたの分。写真撮ったんですけど、どっちがどっちだかわかりますか?」
「そんなの、知りませんよ。どっちでもいいじゃないですか!」
こいつはなにが言いたいんだ? こいつは、なにがしたいんだ? まったく意図が読めない。それにも、関わらず、なぜか自分の行動を言い当てる。自分の意図を寸分違わずに言い当ててくる。
「ですよね。俺もまったくわからない。いや、どうやってやったんだろうって、疑問に思ってたんですよ。だから、あの時、洗面台にいたんですよ」
「知らないって言ったんです! いや、どっちだっていいって言ってるじゃないですか! 勝手に話を進めないでもらえますか?」
「いや、聞いてくださいよ。重要なんですよ。これ、多分ルーティーンだったんだなって思ったんです」
「はぁ? ルーティン?」
「どっちかが使った後、同じだけの歯磨き粉を使用して、歯磨きをする。そうすれば、同じだけ使える。それを、ずっとやっていたんですよ」
「でしょうね。確かに妻にはそう言う癖もありました。でも、それがなにか? あなたに迷惑かけましたか?」
「いや、違うんです」
「なにが違うんですか!」
「確かに、それを奥さんがやってる可能性もある。でも、奥さんの歯ブラシ。濡れてるって言ったじゃないですか?」
「……それが、なんだって言うんですか?」
「死者は歯を磨かないんですよ。幽霊もね。なら、誰が磨いてたんですかね? って、ピンと来たんです。ああ、そうか。毎日、交互に使用して歯を磨いていたんだなって」
「……っ」
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