第11話 森(2)
「な、なにするんですか!?」
「駄目ですよ。ロープとか、こう言うものがマイナスな気持ちにさせるんですって。ほら、相沢。出して出して」
「はっ……くっ……」
規格外のバカだったと、英昌は唖然とする。こんな非常識な真似、まさか想定してない。油断させて、人の物を取ろうなんて、子どもの発想だ。阿呆すぎる。
「は、離してください! 離せ!」
叫んで精一杯にもがくが、あまりにも不意打ちで、ガッチリとホールドされている。
「駄目ですって。抵抗したって無駄ですよ。俺も一応刑事ですから。相沢、なにが入ってた?」
「……包丁が入ってました」
相沢がボストンバッグから、3本の包丁を地面に並べる。
「包丁? ロープじゃなかったんですね」
松下は英昌の拘束をときながらつぶやく。
「いや……これは、その」
マズい。マズいマズいマズいマズい。なにか、言い訳をしなければ。なにか、なにか言い訳を――
「英昌さん。あなた……よっぽど用意周到なんですね」
「えっ……ああ、申し訳ないですね」
思わず、ズッコケそうになった。頭が悪いにも、程がある。
「でも、俺の刑事のカンって当たるでしょう? やっぱり回収しておいてよかった。相沢。こっち持ってきて。じゃあ、行きましょうか?」
松下は受け取ったボストンバッグを担いで、そうつぶやく。
「……」
バカだ。バカすぎる。それ故に、自分が行動を読みきれない。まさしく、危ない刑事(デカ)ならぬ、危ないバカ。こんなヤツに振り回されるなんてと、英昌は大きくため息をつきながら歩き出す。
「犯人……」
「えっ?」
「聞こえませんでしたか? 犯人ですよ、犯人」
松下が、大きな声で連呼する。
「だ、誰が犯人なんですか?」
「いや、わかんないですよ、まだ捕まってないんでね。申し訳ないです」
「あっ……そうです……よね」
はやとちりかと、英昌は安堵する。落ち着け。この間抜けにわかるわけがない。この阿呆になんかに。
「でもね。だんだん犯人像が掴めてきましたよ。おかげさまで」
松下は息をきらしながらつぶやく。
「そうですか。あの、どういう人物なんですか?」
「透明人間です」
「透明……人間?」
「ええ。犯人は透明人間です」
「おちょくってます?」
英昌は松下の方を睨む。
「ああ、もちろん例えですよ。犯人を表した例えです。いても、いなくても気づかない。今回の犯人はそういう人だと思うんですよ」
松下の評に、英昌はホッと胸を撫で下ろす。当てずっぽうもいいところだ。まったく、当てはまっていない。
「私利私欲がない感じの人ですか」
「いや、逆ですよ。逆」
「逆?」
「自己顕示欲は強いタイプですね。自分の能力にものすごく自信を持っている。それでいて、現在の自分の立ち位置に納得できていない。まあ、典型的な内弁慶タイプです」
「……そんなの、どうやってわかるんですか?」
「八芒星ですよ」
松下が、英昌の顔を覗き込む。その瞬間、ドクンと心臓が波打つ。先ほどまでのヘラッとした表情とはまるで違う。
いや、まさか……バレているはずがない。
「八芒星、ですか?」
「すいませんね、ウチの中里が。聞きましたよ。前の担当、あいつだったんでしょ? こんなに簡単な犯人からのメッセージを逃してしまうんですから」
簡単? いや、そんなはずはない。自分の込めたメッセージがこんな無能にわかるはずがない。
「わかりません。どういうことなのか、説明してもらえますか?」
「犯人は八芒星を書きたかった訳じゃないんです」
「では、なにを?」
「ケーキですよ」
「……は?」
瞬間、英昌の汗が一斉に全身から吹き出す。
「誕生日に出てくるケーキ。それを、犯人は表現したかったんです」
「あの、どういうことなのか。順を追って、説明していただきたいんですが」
適当だ。当てずっぽうだ。何度も英昌は自分に言い聞かせる。
「わからないですか? 本当に?」
「はい。申し訳ない」
この目だ。この、品定めするような、こちらの内面を覗き込んでくるような目。これが、英昌の胸をひザワつかせる。
「だから、こうですよ。八芒星って、正方形を二つ重ねますよね? こうやって」
松下は地面に指で四角形を、二つ描く。それが、あまりにも歪で、さらに苛立ちを覚える。
「こうすると、外側に三角形が8つ。それに、ロウソクを八本。彼女は7月7日の誕生日で、44歳。それは、犯人にとって特別なことだった」
「犯人にとって? 妻にではなくてですか?」
「ええ。なぜなら、犯人は異常なほど、対称性に執着していたから」
「……対称性?」
そう尋ねながらも、英昌は唖然としていた。なぜ、という疑問が次から次へと湧いてくる。最初から、わかっていたのか。それとも、途中から。そもそも、なぜ。いや、なぜ。だから、なぜ。
「ええ。カッコよく言えば、シンメトリーってヤツです。もっと言えば、鏡みたいなもの。例えば、左右がまったく同じ大きさであって欲しい。同じ数で。同じ種類で。同じ距離であって欲しい、とかですね」
「……」
「自身のルーティーンや癖に強いこだわりを持つ。これ、異常犯に多い傾向なんですよね」
「……」
バレている。いや、カンだ。当てずっぽうだ。そんなことが、八芒星を見ただけで、わかるはずがない。
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