第8話 被害者宅(3)


 寝室に入った。8畳ほどの間取りで、ベッドは別々。クローゼットは妻用と夫用の二つ置かれていた。それも、同じ寸法、メーカーの品で、やはり被害者はこだわりが強かったのだと覗える。

「ごゆっくり。私はその間に支度と、もしあれば下長さんの住所を探しておきますので」

「すいませんね、本当に」

 英昌が出て行った途端、松下がクローゼットを開ける。

「ちょ、ちょっと。勝手に開けていいんですか?」

 中にはスーツが7着。並んでいた。すべて黒色で同じ柄だった。

「……お前、これ見てどう思う?」

「えっ……真ん中だけ妙に着古されてるなぁとは。お気に入りなんですかね?」

「だよな」

「なんでですか?」

「……」

 む、無視すんじゃねーよ、と相沢は思った。

「あっ、勝手に本も。ぐちゃぐちゃにしないでくださいよ」

 なんなんだこの人は。気になったものを片っ端から触っていかないと気が済まないのか。英昌がいくら温厚だとは言え、さすがにここまでされたら怒られるのではないだろうか。そんな相沢の懸念を気にもせずに、松下は気になった本を開いては、適当に置く。

「お待たせしました……あっ」

「ご、ごめんなさい。すぐに片付けますんで」

 なんで私が、とは思いつつ、相沢は慌てて本を元に戻そうとする。

「いいんですよ」

 先んじて、英昌は本を戻していく。

「すいませんね。癖で。ちなみに、この小説なんですけど」

 謝っているのに、まったく悪びれもせずに、松下は気になったことを質問する。しかも、相沢からしたら酷く的外れで、事件の本筋とは関連ないように思えることばかりだ。

 さすがに、銀河英雄伝は関係ないだろうと、密かに愛読者の相沢は心の中でツッコんだ。

「しかし、よく位置を覚えてますね。俺は結構がさつな性格で。自分の置いたものとか、すぐに忘れちゃうんですよ」

「そうですか。でも、私よりも、むしろ妻の方がすごかったですね。ここって位置があったみたいで。で、私もそれにつられてしまって、いつの間にかこんな性格に」

「夫婦が似るってやつですかね。わかります」

 相沢は、素直に素敵な夫婦だと思った。そして、こんなに仲のよかった夫婦の日常を冒した犯人を必ず捕まえてやると心に誓った。

 しかし、そう強く決意している相沢をよそに、松下は頷きながら、本棚を眺める。

「これでいいですか?」

「ええ。これで」

「……そうですか」

「なにか?」

「いえ。ああ、もう時間ですかね。長居してしまって。また、事件のことがわかりましたら報告に来ます」

「よろしくお願いします」

 松下は寝室を出て、早々に廊下を歩くが途中で思い出したように立ち止まる。

「あっ、ごめんなさい」

 そう言って、リビングを覗いて、テレビをつける。

「どうかしましたか?」

「あっ、競馬。結果だけもう一回見とこうと思って」

「……」

 スマホで確認しろよ、と相沢はうんざりした表情を浮かべる。そんな非難をものともせず、松下はヘラッと笑みを浮かべて、テレビを消して、玄関を出た。


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