第3話 捜査
誰も見てない。聞いてない。特に相沢への質問も、なんなら拍手すらなく、興味の大半を失った全員が、仕事を再開した。しかし、不歓迎ムードに落ち込む暇もなく、吉原が颯爽と歩き、6つの机が並んでいる場所に移動する。
「二人とも。ここが、うちの係のデスクね」
そう言いながら座り、すぐさまキーボードのタイピングを高速で始める。
「なんか、他の係と場所が離れてますね」
「新設の係だからね。場所がなかったのよ。気になる?」
「……少しだけ」
いや、すごく気になる。
「課長は今日不在。おいおい、挨拶に行くから。さて……さっそく、仕事に入ってもらいましょうか」
吉原はパンと手を叩く。
「さ、さっそく? でも、私まだなにも、右も左も、わからないんですけど」
「最初は松下さんについて回って」
「こっ……いえ、なんでもありません」
この人にですか、という言葉が出かかったのを、相沢は必死に抑えた。さすがに初対面でそれは失礼過ぎる。
「松下さん。スマホいじってないで、キチッと仕事してくださいよ」
「わかってるよ。キャンペーン以外の時は我慢する」
「私がそれを目にしたら、そのスマホ、警視庁の窓から投げ捨てますからね」
天使のような笑顔で、悪魔のような発言をする上司。
「で、なにか質問は? ある?」
「……まだ、捜査一課にいたんだな。中里」
松下が、机の下を見ながらつぶやく。
「不良債権。もらい手がないのよ。あと、態度がでかくて無能。圧倒的な結果で黙らせますから、そのつもり働いてください」
「……」
めちゃくちゃ言うなこの人、と相沢は思った。
「じゃ、これ。さっそく。案件があったから。これ、やってもらいます」
「案件もお前が捌いてんの? それ課長の業務じゃん」
「有田課長はガッチガチの現場主義だからね。こっちも本気だってわかってもらうために、熱意と積極性見せないと。まあ、甲斐あって、係新設にも協力してくれたし」
「あの……案件ってなんですか?」
「長期化しそうで、どの係もやりたがらないような事件。結局、件数勝負なところあるから」
「け、件数って」
事件をそう割り切ってしまうには、相沢には抵抗があった。人が傷ついているのに。死んでるかもしれないのに。
「民間と同じよ。昇進(あが)っていくためには、目に見える功績が必要。縁の下の力持ちなんて、周囲の評判はよくても実質的な評価には繋がらない。まあ、中里みたいなドロップ組を除けば、出世欲の塊みたいな面々が集まってるからね」
「よく言うよ。出世欲の権化の筆頭が、お前じゃねーか」
松下が呆れたように口を挟む。
「私は案件もキチンとこなしてましたよ。分け隔てなく、なんでもやりました」
吉原は心外そうに答えながら、次から次へと資料を渡していく。最終的に、松下の机は資料で隙間が見えなくなった。
「……なになに。ああ、こりゃ猟奇犯罪だな」
松下が渡された書類を見ながらつぶやく。
「当然です。それが私たちの
「うわっ、なんですかこれ。キモっ」
覗き見た相沢が思わず漏らす。
「被害者は大山美幸(おおやまみさ)。43歳。遺体は郊外の廃屋に置かれていた。後頭部を殴られた後に鋭利な刃物で刺殺。他、凶器なし。指紋なし。目撃証人なし」
「周辺の関係性は?」
「結婚してて、夫が一人。夫婦仲は良好。子どもはなし。他、親戚、友人関係のトラブルもなし」
要するに手がかりがないってことか。確かに、これは難航しそうだ。
「下に書かれてるのは、八芒星だな」
松下は写真を見ながらつぶやく。
「ペンキじゃないですよ。血。刺し殺した血で書かれている」
「……廃屋の間取りある?」
「間取り? ありますけど。それです」
「……」
松下は資料を眺めながら腕を組む。それから、被害者の経歴をザッと眺める。
「7月7日。七夕が誕生日なんだな」
「関係あります?」
吉原が怪訝な表情を浮かべる。
「いや、どうだろ」
「……」
なんだか、頼りない返事だ。どうやら、松下は吉原係長の肝いりでここに配属されたらしいが、あまり優秀なようには見えない。
「殺されたのは、7月6日か」
「ああ、そう言われれば確かに誕生日前日ですね。可哀想に」
「死亡時刻の誤差は?」
「まあ、半日から1日ってとこじゃないですか? 夏場だし、そう離れてはないと思いますけど」
「ふーん。じゃ、行こうか」
松下は立ち上がって相沢の方を見る。
「えっ、どこにですか?」
「現場。あと、被害者の家を見せてもらいに行く。線香もあげたいしな」
「意外と律儀なんですね」
「意外と、言われるほどの関係性じゃないと思うが」
「……」
初対面からダメダメだったので、間違えてはないと思うが。
「成果。期待してますよ」
吉原は、パトカーのキーを渡しながら満面の笑みを浮かべる。怖い。言葉の裏に、なんとしてでも解決しろという無言の圧を感じる。
松下はなにも言わずに(と言うか聞こえなかったフリをして)、キーを受け取って歩き出す。相沢が慌てて後について行こうとすると、吉原が思い出したように裾を掴む。
「あっ、相沢さん。一つお願いがあるだけど?」
「は、はい。なんでしょうか?」
「松下さんがスマホでゲーム始めたら、スマホ、車からぶん投げて」
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