第4話 運転
*
5分後、相沢は松下と共にパトカーに乗り込んだ。
「あの、私、ここら辺の地理詳しくないんですけど」
「ナビ。ナビ見て行って」
「……」
心ない指示に従いながら、相沢は慣れない操作で目的地をセットし、慎重にアクセルを踏んだ。信号待ちの間、スマホをいじっている松下を発見。相手は腐っても、先輩。言うべきか迷ったが、やはり、どう考えても吉原の方が怖いので、注意することにした。
「あの。絶対にゲームしないでくださいね?」
「なんで?」
「もし、したらスマホを車外にぶん投げないといけなくなります」
「あいつ……新人になにを指示してるんだ」
松下は苦々し気な表情を浮かべる。どちらかと言うと、指示されている方がギルティじゃないのかと思いつつ、一応は先輩なので、そこは黙って呑み込むことにした。
「ホス娘って知ってる?」
「いや、知りませんけど」
「嘘。今、セルラン一位独走中なのに?」
「スマホゲームやらないんで」
「じゃ暇なときなにやるの?」
「それ以外のいろいろなことをやってます!」
相沢は、半ば信じられないような松下の発言を、断固として否定した。
「……5万」
「えっ?」
「今月、5万課金しちゃった」
「……っ」
新性のクズがいる、と相沢は思った。
「あの、事件の話しましょう、事件」
このままだと本気で軽蔑してしまいそうだ。吉原の話だと、仕事はできるようだから、とりあえずその話をしてマイナスの印象を少しでも払拭したい。
「まだ、話は終わってないんだけど」
「……終わってないんですか」
むしろ、続きがあることにビックリした。
「ホス娘。それだけ、懸けてるって話。だから、車乗ってるときくらい、いいだろ?」
「……そんな話だったんですか」
駄目だ。この松下という刑事のことを、知れば知るほどマイナスだ。
「事件。あの死体の話。気持ち悪かったですよね?」
相沢は強引に話をねじ込む。
「どういう風に気持ち悪かった?」
松下がスマホをいじりながら(相沢は見て見ぬふりをする)、尋ねる。
「えっ、どういう風にって。普通に気持ち悪かったですよ。八芒星とか厨二病かって思いました」
「ああ。なるほど」
「なにがですか?」
「男だな。犯人は」
「えっ! なんでですか?」
「お前が言ったんじゃん。厨二病ぽいって」
「いや、言いましたけど、男か女かなんて言ってないですけど」
「ガキ! って思ったんだろ?」
「……」
確かに、思い浮かんだのは子供っぽさだった。しかも、自分が中学生だったことを遡って、絶賛厨二病してた男子のことだ。思っていたことが見透かされているようで、少し気味が悪い。
「直感は大事だぞ」
「でも、本当に中学生かもしれないじゃないですか」
ちょっと悔しかったので、相沢は反論する。
「そう?」
「松下さんはそう思わないんですか?」
「思わない」
「なんでですか?」
「さあ」
「さあって」
「考えて見ろよ。なんで、そう思わないのかって」
「……」
相沢は半信半疑、いや全信全疑の眼差しを向ける。もしかしたら、当てずっぽう? これまでの言動から、むしろ、その方が可能性が高い。
「なんか、捜査一課のみんな松下さんのこと知ってる風でしたけど」
「昔、一課だったからなぁ」
「えっ! そうなんですか!?」
「ああ。5年前に」
「そうなんですか。出て戻るって、そんなことあるんですね」
「強制的にな」
「わかります」
その点は深く同意した。
「優秀すぎるのも考え物だな」
「それは、ちょっと、わからないですけど」
「ところで、なんで左遷されたんですか?」
「さ、左遷て人聞きの悪い」
「違うんですか?」
「そうだけど」
「……」
そうなんじゃん、と思った。
「5年前、新宿御苑の連続殺人事件。ニュースであっただろ?」
「ああ、アレですか」
覚えてる。容疑者として連行するはずだった未成年の子に対して、当時の警視庁捜査一課の刑事が殴りかかったんだった。お陰で、少年の顔が映像に晒されて、大きく問題になった。その後、少年の無罪が発表されて、警察が大分叩かれていた。
「当時、係長として仕切ってたの、俺。で、その時の新人が吉原。あいつはキャリアだけど」
「……サラッと言いますね。反省してます?」
「し、新人が促すなよ。反省を」
「してなさそうですね」
「してるよ。実際、所轄に飛ばされて、降格人事喰らったし」
「……でも、係長級の左遷だけで済みます? あんな大事件」
「当時の捜査一課課長が、所轄に飛ばされて降格。まあ、元々、現場大好きな人だったから、『清々する』って、犯人追ってたけどな」
「吉原さんはどうなったんですか? キャリアで責任重いんじゃ」
「そうだけど、入庁半年の新人だったからな。無罪放免。かなり肩身狭かったみたいだけど、それをバネにして相当頑張ったみたいだな」
「凄い人」
なんとなく想像できてしまうのが面白い。
「で、今ではキャリアのエース候補、東京都警視庁捜査一課の管理官様だからな」
「……松下さんは?」
「窓際で、電話番やってた」
「ば、バリバリ松下さんだけ腐ってるじゃないですか」
反省の意識が違いすぎる。
本当に大丈夫なんだろうか、この人は……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます