田中姉妹の独立活動記録
石狩なべ
田中姉妹による独立活動記録
青空の広がる通学路。男子生徒が一人食パンを咥えて走っていた。
「やっべー! 遅刻遅刻ー!」
寝坊した彼は全速力で走っていた最中、角を曲がったと同時に人とぶつかってしまった。
「いって!」
「きゃっ!」
「わぁ、すいません! だいじょ……」
ぶつかった相手――田中しおりを見た瞬間、男子生徒は心臓を射抜かれようだ。それもそのはず。田中しおりは絶世の美女であった。まるで少女漫画の1ページ目のような出逢いに、男子生徒はこれから始まる彼女と過ごす人生設計を一瞬のうちに組み立て、彼女に手を差し伸べた。
「き、君、大丈夫? ごめんね! ぶつかって……」
その時、肩を掴まれた。
「え?」
「オラァ!!!」
「ぬわぁーーーん!!!」
巨大な影にとんでもない威力で投げ飛ばされた男子生徒。そのまま学校まで飛んでいく。一方、残されたしおりの前には――高身長、短髪、ネクタイ、――スカートを身にまとう、妹が立っていた。
「お姉ちゃん!!」
田中ちおりが跪いた。
「膝から、血がっっ!!」
「ぐすっ……痛い……」
「痛い!? 畜生! あの野郎!! 見つけたらタダじゃおかねえ!!」
ちおりは拳を握りながらも、鞄から絆創膏を取り出し、しおりの膝に優しく貼り付けた。
「お姉ちゃん! このままじゃ遅刻するから、あたしがおぶっていくよ!」
「で、でも……」
しおりが頬を赤らめ、呟いた。
「私……重いから……」
その可愛らしい表情に、ちおりはカッ! と目を見開きながら、全力で叫んだ。
「お姉ちゃんが重いわけない!!!」
姉を背中に抱え、ちおりが走り出した。その走り方はまるでオリンピックを目指す選手そのもの。今日も突風と共にやってきた姉妹を見て、教頭先生は空を見上げた。
「今日も平和ですね」
「お姉ちゃん! 保健室に直行しよう!」
「チーちゃん、私、先に教室行きたいな」
「オッケー! 教室に直行しよう!!」
遅刻ギリギリにやってきた姉妹を見て、知ってる顔の友人達が呆れた目を向ける。
「ちおり、また誰か投げ飛ばしたでしょ」
「一年生の教室にボロボロの男子生徒がいたって騒ぎになってたよ」
「話せば長くなるんだけど、とりあえずお姉ちゃんをお願い! 足をっ! 怪我してるの!!」
「いつものかすり傷ね」
「はいはい」
「それじゃあね! お姉ちゃん!!」
「じゃあね、チーちゃん」
しおりは可愛い笑みを浮かべ、手を振る。
「送ってくれてありがとう」
そんな姉を見て、ちおりは背中に抱えて全速力で走った努力が報われた気がして、幸せな気持ちで自分の教室へと入ったのだった。
「ちおり、今日も髪の毛に色々くっついてるって」
「あーちゃん、まずは説明を聞いてほしいんだ」
「どうせしおりでしょー? 今日は何やらかしたの?」
「男子がぶつかってきたんだよ。まじでありえない。ちゃんと前見ろってんだよ」
「はいはい。髪の毛整えますよー」
授業が始まる前に、友人のあーちゃんがちおりの髪の毛をブラシで梳かし始める。
「あんたねー、女の子なんだから髪の毛くらいちゃんとしなさいよー」
「朝やってるけど、通学中にトラブルが起きてこうなるの」
「教えてあげる。それはね、しおりと通学するから起きるのよ。別々で通学してトラブルが起きた時あった?」
「大丈夫。何があってもあたしがお姉ちゃんを守る!」
「あ、駄目だ、こりゃ」
「お姉ちゃんは絶世の美女で、小さくて、子猫みたいに可愛いの。だから、妹のあたしが守らなくちゃ」
「変わってるわよねー。4月生まれと3月生まれの姉妹なんて」
「パパとママはよく言ってる。可愛いお姉ちゃん一人では危ないから、神様があたしを寄越したんだって」
「デキちゃっただけでしょ」
「お陰であたしは剣道と出会えた! 木刀でお姉ちゃんに近づく不届き者をボッコボコにするべし!」
「これ私からのアドバイス。……だからあんた彼氏できないのよ!」
カッ! と目を見開いたちおりの脳天に雷が落ちた。
「あんた、なんて呼ばれてるか知ってる? マドンナの飼いオオカミよ? 常に殺気を放ちマドンナに近づく男には噛み付く野獣。そんな女子に! 誰が! 近づくか!」
「グサァ!!」
ちおりの胸に鋭い刃が刺さり、そのまま地面に力尽きた。
「ちおりがこの高校に来た目的は?」
「高校デビューして……彼氏を……作るため……!」
「しおりが進路変更してついてきたっていう時点で嫌な予感がしてたのよ! あんたね! ちゃんとすればちゃんと女の子なんだから! ちゃんとしなさい!!」
「授業始めるぞー」
「はっ! イケメンの高橋先生! きゃふっ! おはようございます! ほーら、田中さん! ふざけてないでちゃんと授業受けましょう! きゅるん★!」
(ちゃんとすれば女の子ね……)
授業が始まる中、ちおりの頭の中は勉強ではなく、あーちゃんに言われたことでいっぱいになっていた。
(あたしだって、女の子らしくなりたい)
お姉ちゃんのような、可愛い女の子になりたい。男子が思わず守りたくなるような、小さくて、可愛い女の子。
(でも、あたしが強くないと、もしもお姉ちゃんがストーカーに遭ったら誰が守るの!?)
(もしお姉ちゃんが可愛すぎて誘拐されたら!?)
(不審者に出くわしたら!?)
(痴漢に遭ったら!?)
生まれた時から側にいたお姉ちゃん。常に隣にいたお姉ちゃん。可愛い可愛いあたしのお姉ちゃん。この存在を守る為ならば、女だって捨ててやる! そう思って切った短い髪の毛。高身長。鏡を見れば、男とも見れる顔つき。
(今更女らしくは無理。お姉ちゃんを守れなくなるのが一番怖い)
「じゃあ佐藤、27ページを読んでくれ」
「えーと、ある対象を過剰に保護すること。この事を過保護と呼ぶ」
ちおりの耳が、突然授業に戻ってきた。
「過保護とは、必要過多な保護、過度な甘やかし、対象相手の自主性を尊重し過ぎ、子供の場合、まともな社会人として巣立つのに必要な躾けをせずに済ますことを指す」
(しゃ、社会人に必要な……躾……!?)
「対象が不快感を示す事に過度に同情し避けさせたり、対象が望むことを好き放題させた結果、自信や自己愛が肥大し過ぎて他者を尊重しない身勝手な人間となり、虐めを行ったり欲望を抑えられない為に犯罪行為に手を染めるケースがある。また、独立して家庭を持っても、モラルハラスメント、ドメスティックバイオレンスなどを行い、却って本人の為にならない結果となる事が多い」
――お姉ちゃん、人参苦手でしょう? あたしのブロッコリーと交換しようね。
――ありがとう。チーちゃん!
昨晩のやり取りを思い出し、ちおりの額から汗が吹き出る。
「子供にとって「心理的乳離れ」が必要なように、親にとっても「子離れ」が必要である。過干渉を行いすぎた為、近年独立出来ない大人が増えていることも問題視されている」
(つまり……)
あたしが過保護である限り、お姉ちゃんは独立出来ず、あたしにも彼氏ができない。お互いの為にならない。いや、それだけではない。
(過干渉の妹を持ったお姉ちゃんが不幸になるのでは……!? ああ! なんてこと!!)
「おい、田中? どうした? 今にも人を殺めそうな顔をして。お腹痛いのか?」
「先生! いつものことですから気になさらないで! きゅるん★!」
(こうしちゃいられない! お姉ちゃんの幸せの為にも、今すぐに、生活習慣を変えなければ!!)
というわけで、
「お姉ちゃん、今日からあたしはお姉ちゃんと別々の部屋で寝ることにします」
――部屋で本を読んでいたしおりが、正座するちおりを見て、首を傾げた。
「チーちゃん、急にどうしたの? 風邪でもひいた?」
「睡眠だけではありません! あたし、お風呂も一人で入ることにします! 本気だから!!」
「うーん。……そっか」
しおりが寂しそうに微笑んだ。
「チーちゃんも……年頃だもんね」
(やめて! お姉ちゃん! そんな顔しないで!! あたしも辛いの! でも、これはお互いのためなんだよ!!)
「お風呂……そっか……。別々……」
そこで、ちおりは気づいてしまった。しおりが――涙を浮かべていることに。
「お姉ちゃんっ!?」
「何でもないのっ」
しおりが背を向けた。なんて寂しそうな背中だろう。
「私達ももう……高校生だもんね。一人で……入りたくもなるよね……」
(これはお姉ちゃんの為! 頑張れ! あたし! レッツ、姉離れ! 大丈夫! 辛いのは今だけ!)
「もう……チーちゃんと……背中の洗いっこ……出来なくなるんだ……」
(お姉ちゃんっ……!)
震える背中を見て、ちおりが目をカッ! と見開いた。
「今日から……一人ぼっちか……」
「……。……、……」
「……ぐすんっ……」
「……あー……そのっ……、……いきなり……、一人とかは……慣れてないからさ……回数を減らしていくとかは……どうかな?」
……。
「今日は?」
「えっ」
「今日はどうするの?」
「今日? 今日は……入ら……」
「ぐすん!」
「いきなり一人は良くないよね! もちろん、今日は入るよ! 明日から始めればいいじゃんね!」
「わーい! 良かったー!」
振り返ったしおりは笑顔であった。
「じゃあ、今日は一緒に入ろう?」
「うん! 入ろう!」
「背中洗いっこしよ?」
「うん! もちろん!」
「あはっ! 嬉しい! チーちゃん!」
しおりがちおりを抱きしめ、耳に囁いた。
「大好きだよ。チーちゃん」
「う、うん。あたしも……お姉ちゃん、大好き……」
「明日からやればいいから」
しおりの手がちおりの腰を強く掴む。
「今夜も、一緒に寝てくれるよね?」
「あ……寝るのは……」
「……だめ……?」
ちおりの目がカッ! と見開かれた。その先に、自分の胸に顔を埋めながら、上目遣いで見上げてくる可愛いしおりがいたから。
「一緒に……寝たい……」
数時間後。
「チーちゃん、これ枕。どうぞ」
(神様ごめんなさい! 誘惑に勝てませんでした!!)
「チーちゃん、お休みのキスしよ?」
「あ、うん」
いつもやっているように、互いの唇を触れ合わせ、お休みのキスをする。離れると、頬を赤らめたしおりが恥ずかしそうに笑い出すのだ。
「えへへ……。お休み。チーちゃん」
「……うん。お休み」
部屋を暗くし、しおりは眠るが、ちおりは天井を見るばかり。
(やっぱり……このままじゃ良くないよなぁ)
あたしも彼氏欲しいし、お姉ちゃんにもきっと滅茶苦茶良い彼氏がこの先出来るだろうし。
(あたしから姉離れしないと……お姉ちゃんが不幸になっちゃう。明日から……姉離れ……および……独立活動……ちゃんとしなくちゃ……)
しばらくして、ちおりが眠りについた。整った呼吸が聞こえ――しおりが瞼を上げた。
(*'ω'*)
あーちゃんは腕を組み、目の前にいる友人を見下ろした。彼女の額からは滝のような汗が流れ、貧乏揺すりが止まらず、体を震わせていた。
「たかが一人で登校しただけでしょう?」
「あー心配! お姉ちゃんが心配! ストーカーに目をつけられてないかな!? 不審者に襲われてないかな!? 変な男にGPSをつけられてないかな!?」
「発想が豊かすぎるのよ」
「あーちゃん! あたし、おかしくなりそうだよ! 見てよ! 腕にっ、蕁麻疹が出てる!」
「姉と登校しなかっただけで蕁麻疹が出るのはあんたくらいよ」
「心配すぎる! 胸がざわつく! ストレス溜まる!!」
「はいはい! リラックスー! 折角のお昼なんだし、購買にパンでも買いに行けばー? 気分転換!」
「はっ! き、気分転換! そ、そうだよね!大事だよね!」
ちおりが立ち上がった。
「あたし、ちょっと購買まで、焼きそばパン買ってくる!」
はっ!!
「お姉ちゃんも焼きそばパン好きだった! でもお姉ちゃんの分を買ったら姉離れにならない! ぁああああ! まじでぁああああ!」
「いってらっしゃーい」
あーちゃんに見送られながら、ちおりが廊下を歩き出した。
(いや……、自分がこんなに姉離れ出来ない人間だったなんて思わなかった。お姉ちゃんのことを考えるのをよそう。そうしよう。お姉ちゃん以外の事を考えよう。……ああ! 駄目だ! 考えちゃ駄目って考えたらもっと考えちゃう! 可愛いお姉ちゃん! しおりお姉ちゃん! あー! 駄目だー!)
「田中ちおり!」
「ん?」
振り返ると、『しおりファンクラブ』と書かれた旗を持った男子生徒達が並んでいた。
「貴様に、話がある!」
「校舎裏までご同行願おう!」
(……この間お姉ちゃんにしつこく迫ったきた奴らじゃん。まさか投げ飛ばしたこと恨んでる感じ?)
「ついてこい! 今日こそ決着をつけてやる!」
「あー、はいはい。わかったよ……もう……」
友人が戻ってこないことを心配し、念のため捜しに来たあーちゃんが、しおりファンクラブに連れて行かれるちおりの姿を発見し、顔を歪ませた。
「うわっ、あいつら、まじ!?」
あーちゃんが急いで隣のクラスに走り、教室の中で談笑していた友人を大声を呼んだ。
「しおり! やばい! ちおりが校舎裏に連れて行かれたっぽい!」
友人達に囲まれていたしおりが――ゆっくりと、あーちゃんに振り向いた。
「我らの要求はただ一つ!」
「しおりさんから離れたまえ!」
「君はしおりさんの妹ということだが、ベタベタしすぎだ!」
「羨ましい!」
「妹だからと言って、少し過剰ではないか!」
(てめえらがそれ言う?)
しつこくラブレター送ってきたり、断っても一緒に帰ろうとしてきたり、偽名使ってSNSから繋がろうとしてきたり、
「貴様は邪魔だー!」
「「そうだ! そうだー!」」
(邪魔はどっちだよ)
「あまり我々を舐めていると!」
ちおりがはっとし、顔を上げた。ファンクラブの中から、ちおりより身長の高い、体が大きな男子生徒が現れたのだ。
「アメフト部の鈴木君だ!」
「君が自分の行動を自重しないというのならば、この鈴木君に少しばかりお仕置きしてもらおうと思っている!」
「おいおい、男子が女子に手を上げるっての!?」
ちおりが一歩下がり、――気付いた。後ろも囲まれてる。木刀は持ってきてない。
(あー……まずいな……これ)
「我々は君を女子だとは思っていない! 女子というのは、しおりさんのように美しい女性のことを言うんだ!」
「「 そーだ! そーだ!!」」
ちおりは少し――胸が痛くなった。
(……あたしも、女子なんだけどな)
「しおりさんから離れたまえ!」
「二度と僕達の邪魔をするな!」
「君は妹として、大人しくしおりさんの幸せを見守っていたらいいんだ!」
「妙にイケメン風の髪型しやがって!」
「君が自分に装飾をしたら、草食系男子の我々の影が薄くなることがわからないのかい!?」
(別に……普通にしてるだけなんだけどな)
「ボーイッシュな女子は女子じゃない!」
ちおりの目の前に立つ鈴木君が、手を上げた。
「やっちまえ! 鈴木君! そいつに僕らの強さをわからせてやれ!」
男子生徒に囲まれたちおりには何も出来ない。木刀を持ってくれば良かったと後悔した。そうすればこいつらをボコれるのにと。
(女子じゃない、かぁ……)
鈴木君が、手を振り下ろした。
しかし、ちおりの顔に当たる寸前で、手が止まった。鈴木君は目を見開きながら固まっていた。他の男子生徒も頬を赤らめて固まっていた。
「あはっ! みんな集まって楽しそう」
しおりが可憐に歩いてきたのだ。
「鈴木君、何してるの?」
「えっ、あ、えっと……」
しおりが現れた途端、男子生徒全員の顔が赤くなり、モゾモゾしだした。さっきまでの強気な姿勢は、どこかに消え失せたようだ。ファンクラブの会長が声を上げた。
「僕らは、ちおりちゃんと、ちょこっとお話してたのさ!」
「チーちゃん、私ね、焼きそばパンが食べたいんだけど、買ってもらってもいい?」
「……え、でも……」
「お金は後で払うから」
しおりがちおりに笑みを浮かべた。
「お願いできる?」
「……わかった」
ちおりが大人しくその場から離れ、ファンクラブの男子諸君は胸を弾ませた。しおりさんと、何やら話が出来そうな雰囲気だ! だから、しおりは満面の笑みで――男子達に振り返った。
(……女子じゃない、か……)
焼きそばを持ち、ベンチに座って待つ。
(確かに女っぽくないけど……まあ……確かに……そうかもなぁ。……女子じゃない、か……)
昔からそうだった。しおりは女の子らしくて可愛かったが、自分は体を動かすことが好きだったから、長かった髪の毛も切ってしまった。
(あたしが、お姉ちゃんみたいに可愛かったら……さっき、男子達に呼ばれることもなかったのかな)
アメフト部の男子に叩かれそうになるなんて。
(……)
手が震えているのは気のせいだ。男子なんか怖くない。大きな男の子が相手だって怖くない。ああ、お姉ちゃんを残して一人でここまで来てしまった。お姉ちゃん、大丈夫かな。
(あたし、戻らなきゃ)
お姉ちゃんを守らないと。
(あたしが)
――我々は君を女子だとは思っていない!
(……あたし……)
「お待たせ。チーちゃん」
隣に座って来たしおりに驚き、ちおりが少しだけ距離を開けた。
「お姉ちゃん!」
「あ、焼きそばパンありがとう」
「何もされてない!?」
「……うん? 大丈夫だよ?」
「……なんか……話した?」
「うん。少しだけね」
「……そっか。それなら……」
ちおりが目を伏せ、しおりは首を傾げた。
「チーちゃん?」
「あのさ、あたし……」
少し間を置いてから、言いづらい言葉を口から出す。
「邪魔、だよね……」
しおりは、優しく微笑む。
「誰がそんなこと言ったの?」
「いや、自覚した。あたし、お姉ちゃんの邪魔ばかりしてる」
「何が邪魔なの?」
「だって、お姉ちゃんに近づく男子のこと投げ飛ばすし、木刀振り回すし、……高校生にもなって、お姉ちゃんと一緒じゃないとお風呂入れないし……一人だと……眠れないし……」
――貴様は邪魔だー!
――我々は君を女子だとは思っていない!
「……男みたいな……妹で……お姉ちゃんも……嫌だよね……」
「……」
「ほら、前も店で言われたじゃん。カップルですかー? って。……あたしが側にいたら……お姉ちゃん、まともに彼氏とか……出来ないよね。なんか、……ごめん。邪魔……だったなって……思った」
全部お姉ちゃんの為だと思ってた。でも、改めて思ったら、ただのあたしの自己満足だった。お姉ちゃんに喜んでもらえたら嬉しいっていう、承認欲求。
「……ごめん。お姉ちゃん」
拳を握りしめる。
「こんな妹で……ごめん……」
「チーちゃん」
呼ばれて、振り返る。しおりの顔がすぐ側にあると思えば――唇が触れ合った。涙を溜めた目が開かれると、自分を見つめるしおりの顔がはっきりと見えた。
「チーちゃんが邪魔だなんて、私、思ったことないよ?」
しおりの優しい手が、そっと、ちおりの頭を撫でた。
「チーちゃんは可愛くて、誰よりも女の子で、私の自慢の妹なんだから」
「……」
「男子ってね、嫌なことがあると、あることないこと言っちゃうの。そういう生き物なの。私が好きにならないからって、チーちゃんにその怒りをぶつけただけ。だから、チーちゃんは何も気にする必要ないからね?」
「……でも……」
「私は女の子を傷付ける男子より、私を守ってくれるチーちゃんが大好き。……それじゃあ駄目?」
「……」
「もう、チーちゃんの泣き虫は変わらないなあ」
ホロホロ涙を落とすちおりを、しおりは優しく抱きしめる。
「チーちゃんはね、そのままでいいの。私は今のままのチーちゃんが大好きだよ?」
「……あたしも……お姉ちゃんが……大好き……」
「他人の言葉なんか気にしなくていいから。チーちゃんにはね、女心がわからない男子達よりも、私の言葉を信じてほしいの。だって、私達はたった二人の姉妹でしょう?」
「……うん……」
ちおりが小さく頷くのを感じ、しおりは笑顔でちおりの背中を撫でた。
「チーちゃんは可愛い女の子で、私の可愛い妹。ね?」
「……でも、あたし……少し……自重するから……」
「チーちゃん、気にしちゃ駄目。あの人達、わざと傷つけること言っただけだから」
「でも、やっぱり……高校生だし……あたしも……ちゃんと……独立する」
「……へー」
「……ちゃんとする……」
「……。……。……そっか! あはっ! 偉いね。チーちゃん!」
「んっ」
「じゃあ、一緒に独立していこうね! それなら問題ないもんね!」
「……一緒に?」
「そうだよ! 一緒に姉離れと、妹離れ活動していけば、一緒に独立できるよね!」
「……確かに!」
ちおりの涙が引っ込み、尊敬の光で輝きだした。
「お姉ちゃん、すごい! 天才!」
「じゃあ今日から田中姉妹の独立活動の始まりね!」
「うん!」
「じゃあ姉離れと妹離れするために、手を繋ぐところから始めよっか! これは、お店で迷子になった子供の手を繋ぐための練習だよ!」
「わかった!」
疑う事もせず、素直にちおりはしおりと手を繋ぐのだった。
(*'ω'*)
校舎裏の美しい景色を見た友人達がげっそりする。
「しおりに構うからだよ」
「見た目に騙されるところが女慣れしてない証拠よねー。だからモテないのよ」
「あーちゃん、小学生からあの二人と一緒だっけ? 元々こんな感じだった?」
「小学生の頃はもっとマシだった。ほら、ちおりがさ、まだ髪が長くて……めちゃくちゃ可愛かったのね? 男子も女子も放っておかなくて、でもちおりも優しいからさ、人たらしってああいう子のことを言うんだなって思ってたら……しおりが、ほら、空手習ってたから……中学入る頃には黒帯取ってて……男も女もちおりに近づく奴ら全員片付け始めて……」
「あの時のしおり、思い出したくない……」
「進路違ったから離れるかなって思ったら、ちおりについてきたし」
「あのシスコン女、……これどうするのよ!」
そこには、血だらけでパンツ一枚になった男子達が、白目を剥いて気絶していたのであった。
(*'ω'*)
こうして、田中姉妹による独立活動が始まったのである。
「チーちゃん、そろそろお風呂入ろう? あ、でも、目的はお姉ちゃんと入る為じゃなくて、これはね、お友達が泊まりに来た時に一緒に入って盛り上がる為の練習だよ?」
「なるほど! お姉ちゃんすごい! 入る!」
「チーちゃん、一緒にゲームして遊ぼう? あ、これはお姉ちゃんと遊ぶ為じゃなくて、お友達と遊ぶ為の練習だよ?」
「確かに必要! 遊ぶ!」
「チーちゃん」
しおりがちおりを優しくベッドに押し倒す。
「一緒に寝よう?」
「あ、で、でも……」
「これは……彼氏が出来た時に、一緒に寝る練習だよ? 慣れておかないと、緊張しちゃうでしょう?」
「ええ? お姉ちゃん……すごい! 未来のことまで考えてるなんて……!」
「あはっ! そうでしょ? じゃあ……」
しおりが艶やかな笑みを浮かべる。
「彼氏と寝る前にするキスも練習しておこう?」
「あ……わかった……」
「……?」
「あの……なんか……」
ちおりが目をそらし、小さな声で呟いた。
「ちょっと……恥ずかしい……」
しおりは笑みを浮かべ――バレない程度の力と、心から愛している妹を今すぐ襲い、全ての初めてを奪ってしまいたい気持ちをこめて――枕を壁に投げつけた。おいおい、姉さん、そいつはねえよ。まるでそんな枕の声が聞こえてくるみたいだ。
しおりはグッと耐え、ただひたすら――優しい笑みを浮かべるだけ。
「チーちゃん、……お休みのキスと一緒だよ?」
「でも、なんか……恥ずかしい……」
「じゃあ……私からするから……目を閉じて?」
「……んっ……!」
赤い顔のまま目を閉じたちおりを見下ろせば、胸の奥の奥で心臓が揺れ、体がカッ! と熱くなり、途切れない性欲が込み上げてくる。しかし、それを見せてはちおりが怯えるのは目に見えているから――これからゆっくりと慣れさせていこうではないか。姉妹による独立活動は始まったばかりなのだから。
「チーちゃん」
しおりが可愛らしい笑い声を漏らした。
「大好きだよ」
身を屈ませれば――二人の影は、一つとなっていた。触れ合った唇は、今日も柔らかくて、温かい。
田中姉妹による独立活動記録 END
田中姉妹の独立活動記録 石狩なべ @yukidarumatukurou
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