夜行バス

@battera13

夜行バス

 師走のある夜。私は東京での仕事を終え、大阪行きの夜行バスに乗ろうとしたが、乗車口で運転手と掛け合っている男たち三人が邪魔をして乗り込めずにいた。発車ぎりぎりに来たので、そいつらのおかげでバスに間に合ったとも思ったが、外は寒いので早く乗りたかった。

 イライラ、イライラ……。

 どうやら、チケットを予約していないようで、空いてる席があったら、あわよくば……、と粘っているようだった。私のいら立ちが伝わったのか、男たちが振り向き「チケットアリマスカ? オサキニドーゾ」とギクシャクした日本語で順番を譲ってくれた。浅黒く彫りの深い顔立ちの中東出身のようだった。彼らの後ろをすり抜け、ようやく乗り込むことができた。

 男たちのほうだが、運転手が配車センターに問い合わせると一人分の席が空いているようだった。三人すべて乗れないことを告げると、男たちはいきなり殴り合いを始めた。どうやら、拳で決めようということなのだが、勝ち残った一人が乗り込もうとしたら運転手が、

「お客さん。乗車賃は?」

「ワタシ、コブシデ、カチトリマシタ」を連呼するばかりで、お金は無いようだった。―コブシデ、カチトルって、肝心の金がないのに殴り合いもへったくれもないだろ―バスは三人を残し発車しようとした。すると、大きく手を振って正面からバスに立ちはだかる女性が現れた。

「私を置いていかんといて。チケットはあります」

 関西弁のイントネーションの中年女性で、最後の客を拾って、ようやくバスは出発した。乗り込もうとするときは色々あったが、私はゴキゲンだった。ダッシュにつぐダッシュの末、バスに間に合い、しかも隣は空席だったので気兼ねすることもないし。空席の座席から毛布を拝借し、自分の分と合わせて二枚使えたし、今日はツイてるな、と思った。

 しばらくすると後ろの方から口論が聞こえてきた。一人は、関西弁の女性だった。

「寒いだろ。窓のカーテン閉めろよ」

「すいません。でも、私、バス酔いしやすいんで、しんどくなったらカーテン開けさせてもらいます」

「開けられたら寒いだろ。バスの中と外で温度がくるって空調が効かなくなるだろ。閉めろよ」

「わかりました!カーテンを緩めておきます」

「それじゃ、意味ないだろ! 閉めろって。乗る時からちょろちょろしやがって」

「バス酔いしやすく困ってる女性に、何でそういうむごいことを言うんですか」

「バス酔いしやすいんなら新幹線乗れよ。まわりに迷惑かけるな」

「弱ってる女性に何を言うんですか」

「体調悪い言ってる割に、口の方は元気だな。車内のマナーに女も男も関係ないだろ」

「女相手に大声でしゃべって恥ずかしくないの。東京の男は情けないわ」

「東京は関係ないだろ。窓を開けてもいいのか、運転手に聞いてこい。カーテン開けて事故が起きたらどうする? 気圧を安定させる目的もあるのを知らないのか。運転手に聞いてみろ」

「何で私が聞きにいかないといけないのですか。女相手に大声で恥ずかしい」

「何が恥ずかしいんだ。さっきから、女、女と言いやがって。みんなの迷惑も考えろ」

「さっきから何を言うてるんですか。運転手に聞けだの、カーテン閉めろだの。関東はほんまに情けない男ばっかりやわ」

「さっきから聞いててなんなん? あんた? あんたみたいな人がいるから、関西人は厚かましいイメージがつくんや。あー恥ずかし」

 新たな参戦者が出ても、依然、女性はカーテンでごねている。

―バス酔い。体調が悪い。あたしは女。だから悪くない……

 主張するところは自己正当化であり、発車間際、乱入気味に乗り込んだことのばつの悪さからか、ひたすらむきになって抗弁を続けている。二対一になっても勢いは衰えない。バスは夜の東名高速を走り抜ける。ハンドルを握るバスの運転手がアナウンスを発した。

「カーテンを開けたままにしますと、内外の気圧差で車体に悪影響を及ぼすことがありますのでお閉めいただきますようお願いします」

 軍配があがり、ようやく女性は黙った。だが、アナウンスは続く。

「お客様にお願いします。バスへの乗車は、定刻までにお願いします。路上に立ちはだかられますと、死亡事故につながる恐れがありますので、絶対に、おやめください」私は、首がもげ落ちるくらいの勢いでうなづく。

「安全の確保に、男性も女性も関係ありません。なにとぞご協力のほどを」

 そうだよなあ、と完全に同意する。そして、最後に、

「関東も関西も、もちろん関係ありません。聞き分けのない関東の方もいれば、安全に無頓着な関西の方もおられます……」

 何を言い出すのか、乗客全員、固唾をのんでいる。

「お客様を王様、女王様のように扱うよう、弊社は考えておりますが……」

 運転手は王のごとく、「車内」という王国に君臨してる。

「国民の支持を失った国王は追放されたりしています。車内の安全確保を意図的に妨げるお客様には途中下車をお願いせざるをえないこともあることを、ご了解のほど」

 滝の水が落ちる勢いで、乗客全員の溜飲が目に見える勢いで一気に下がった。

―チケットがなくて乗れなかった中東の男たちと、乗り込むことができた関西の女。

「俺が金を出して乗せてやればよかったなあ」

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