第5話:誇りの剣・王宮の叛乱

 最初、何が起こったか理解できませんでした。

 王太子とロビンソン辺境伯の首が、血飛沫をひきながら宙を舞っているのです。


 いえ、明確に二人の首だと意識した時には、王太子の側近貴族の首が、次々と血飛沫と共に宙を舞っていました。

 当然と言っていいのか、ディアンナ嬢の首も宙を舞っていました。


 阿鼻叫喚の地獄絵図となった会場で、ただ一人舞を踊るように美しく剣を振るっていたのが、王太子の近衛騎士隊長フェリックスです。


 王国有数の剣の使い手として、近隣諸国にまで勇名を馳せている、あのフェリックスです。


 彼の装備は質素ですが、とても実用的です。


 頭上と顔面は頑丈な鉄兜で守られています。

 その兜の表面には一切無駄な装飾は施されず、耐久性と実用性を追求した作りとなっています。


 身に着けているのは実にシンプルな鎧で、虚栄心の強い王太子の近衛騎士隊長らしい派手な装飾が全くありません。


 ですが鎧の素材はとても上質な鋼鉄であり、堅牢さを保ちつつも、動きやすさに配慮されている、名工の手により逸品です。


 彼が手にしているのは、簡素ながらも実用的な剣です。

 柄に無駄な装飾はなく、純粋な機能性を追求した作りとなっています。

 虚飾で威圧しなくても、実力で勝てるからでしょう。


 一見地味で目立たないですが、その装備は実用性と質実剛健さを備えています。

 彼の武名は派手なのに、その態度と風格は功を成し名を売った老騎士のようです。


 そんなフェリックスと互角に戦えるのは、父上と兄上くらいでしょう。

 父上と兄上を恐れた王太子が、虚勢を張るために側近くに置いたのがフェリックスなのです。


 そのフェリックスが王太子に剣を向けるとは、誰一人考えていなかったでしょう。

 わたくしもさっきまでは、敵わぬまでも王太子に一太刀浴びせる心算でした。


 いえ、違いますね、そんな事をしたら、生け捕りにされていたでしょう。

 わたくしにできたのは、自害する事だけでしたが、今は違います。


「何をしているのですか、騎士ならば騎士らしく謀叛人を取り押さえなさい!

 貴族家の当主令息ならば、騎士一騎くらいに慌てふためくのでありません!

 助け合って戦いなさい、王太子を殺した謀叛人に背中を向けて逃げているようでは、家が取り潰しになりますよ!」


 わたくしの檄を受けた騎士や貴族は、一瞬足を止めかけましたが、死の恐怖に抗する事ができなかったのでしょう。


 フェリックスと戦おうとする事なく、会場から逃げ出してしまいました。

 一人ニヤリと笑みを浮かべたのは、当の本人フェリックスだけです。


 この人は何を考えているのでしょう、わたくしの窮地を救ってくれたのは確かですが、何故そのような真似をしたのでしょうか?

 あのまま王太子に仕えていれば、栄耀栄華は間違いなかったはずです。


「王太子殿下とロビンソン辺境伯は、コーンウォリス公爵家を陥れようと恥ずべき言動をとった。

 無実の奉公人を殺し、ルイーザ嬢に汚名を着せた。

 そのような事は騎士の誇りにかけて許せなかった。

 だから王太子殿下とロビンソン辺境伯、一味同心の腐れ貴族士族を斬り殺した。

 後なすべき事は、王族の誇りを失い、王太子殿下とロビンソン辺境伯の非道を黙認した、国王陛下と王子達に神罰を下すだけだ!」


 フェリックスは同じ事を何度も叫びながら、王宮の奥に走っていきます。

 このままでは、病床にある国王陛下と王子達が危険です。


 わたくしの恩人ではありますが、見逃すわけにはまいりません。

 ですがわたくしが追いかけても殺されるだけです。


 王宮にいる貴族も騎士は当てになりません。

 急いで屋敷に帰り、コーンウォリス公爵家の兵を連れて来なければいけません!

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