第218話 ミリステンの砦街

「ふたりともお待たせー! 見て見て、これすっごい大きな白黄魚! アトリ、魚好きでしょ?」


 リア達は食事を買って宿へ戻った。部屋で待っていたふたりは会話こそしていなかったが、何だか穏やかな表情をしている。


「おかえり! わぁ、美味しそう! 久しぶりのお魚だ!」

「わ、私も魚は好きよ。ありがとうリア。スティアさんも」


 アトリに追従するようにエルさんは言った。ふむふむこれはなかなかいい感じじゃないですか。やっぱりアトリのまっすぐさは凝り固まった人の心を解す効果があるのかもしれない。


 リア達は食事をしながら、和気あいあいと色んな話をした。アトリが話す度、エルさんの身体がピクッと反応するのは変わらなかったけれど、彼女がアトリから目を逸らすことは一度もなかった。


「お母さん、アトリって凄くいい子でしょ?」


 食事の後、お湯で身体を洗いながらリアはエルさんに尋ねた。


「ええ。素直というかなんというか。エナ……いえ、純人にもこんな子がいるんだって思ったわ」

「純人って言ったっていろんな人がいるから。アトリみたいにいい子もいれば、悪意の塊みたいな人もいる。でもそれは多分、獣人やエルフ、他の亜人にも言えることなんじゃないかな」


 同胞といえば何でも受け入れられるような気になるが、決めつけてしまうことはやっぱり危険だろう。俺たちはまだそんな悪い亜人に出会ったことはないけれど。


「色んなことを経験して、大事なのは『考える事』だって、私は思った。見極めて、選択して、そしたらこれからもアトリみたいな子に出会えると思うよ」


 それは獣人の隠れ里でクラナさんから言われた言葉。ピロー村での一件は、それを忘れてしまった自分のせいで起きたんだとリアはあの時のことを今でも悔やんでいる。


「そうね……私はまだ純人と仲良くなれる気がしないけれど、あの子なら、見極めようって思えるわね」

「うん。アトリもスティアも、これから長い付き合いになると思うから沢山いいところを見つけてあげてね」


 もちろんその逆も。友達のお母さんという遠慮の発生しがちな間柄ではあるが、ずっと一緒に過ごすんだから、当然皆で仲良くしていたい。


「でも、母の前で破廉恥な真似をするのは控えてね」

「うっ」


 まあ、親しき仲にも……ってやつかな。






 2か月と半月ほどをかけて、俺たちはようやくアーガスト王国北端の街ミリステンへと辿り着いた。


 この街の特徴はソフマ山脈の麓に位置することから、より魔物に対する防衛を意識した造りの外壁だろう。ネイブルのシャフルの街のように圧迫感すら覚える壁が視界の端まで広がっている。


「この街には2つの役割があります。ひとつは北方で発生する『狂乱』を抑えるための壁という面、それともうひとつがガイリンとの交易拠点としての役割ですね」

「交易拠点はわかるけど、『狂乱』? ここでも『狂乱』が発生するの?」

「はい。およそ100年周期で発生すると言い伝えられています。以前に発生したのが大体それほど前と言われていますから、今が丁度その時期……なんですが」


 シルゥちゃんは言葉の途中で首を振った。


「実は何年か前に、遥か西に位置するパレッタ王国で大規模な『狂乱』が発生しているんですよ。だから今回の周期でコトは起こらないのかもしれませんね」

「そうかなぁ……うーん、でも同じ山脈の話だし、連動していないとも限らないのかな」


 リアはその意見にいまいち納得がいかなかった。


 ネイブル、パレッタ、ケイロン、アーガストと続く国家群はそれぞれ広大なソフマ山脈に面している。しかし、魔力的な繋がりで言うと、『王の樹海』のあるケイロン王国でスッパリと断裂が起きていると言っていい。よって、あっちで起きたから、次こっちでは起こらないと決めつけるのは少々危険だろう。


「まあ『狂乱』が起きたとして、この街はそれに対処するために作られた街なのです。きっと備えはしているでしょう。それよりも、魔女様にとって重要なのは2つ目の役割の方です」

「おっと確かに」


 かつて実際に『狂乱』を経験したせいでリアはついそっちに興味が向いてしまった。だが今はラクマルトなる商会のことを考えよう。


「私たちは一度宿に行ってから、ギルドに到着の挨拶に向かうよ。シルゥちゃんたちはどうする?」

「えっと我々はこのまま直接ギルドへ行こうと思います。それから馴染みの武具屋なんかを回ろうと思っています」

「そうなんだ。じゃあ、また夜に宿で今後の事を話そう」


 彼女たちとは間引きの依頼を一緒に受ける約束をしている。その事も含めて、この街での大まかな予定を組まなきゃな。そのためにはまずラクマルト商会の情報を集めるところからだ。


 リアはとった宿にエルさんたちを残し、ギルドへと向かった。ギルドはこの街の特徴ゆえ、他の街よりも一層冒険者で賑わっていた。そして、せわしなく冒険者たちを捌く男の職員へ到着の報告を告げ、ついでにひとつ質問。


「ラクマルト商会がどこにあるのか、ご存じですか?」

「……ラクマルト商会なら、そこの大通りを北へ向かって、だいたい中央区域の外れのあたりにあります。目立つ外観なのですぐにわかりますよ」


 受付のやせ細った男性職員は忙しいところにそんなことを聞かれたものだから、少し迷惑そうに答えた。ただきちんと教えてくれるあたりいい人そう。


 ひとまず情報収集はできた。それじゃあ早速アポを取りに行こうということで、操縦権を俺に移し、またヒマワリの姿に変身した。


 いやー向日葵には申し訳ないけれど、この代理人という立場が便利すぎるんだよなぁ。スタイルとビジュが良すぎて、すれ違う男どもにジロジロ見られるのは難点だけど。


 さて、教えて貰った場所まで行ってみると、早速ラクマルト商会を見つけた。確かにギルド職員の言葉の通り、目立つ外観をしている。なんというか、明らかに周りの建物と違う外観だ。世界観が違うというかね。ここアーガスト王国ではあまり見られない丸みのある屋根で、さらに派手な緑の塗装が施されているせいで周りから滅茶苦茶浮いているのだ。


 若干入りづらい雰囲気があるが、ビビっていてもどうしようもないのでひと思いに商会への扉を叩いた。


「はい、どちらさまですか?」


 そのまましばらく待っていると、気だるそうな表情を張り付けた若い女性が現れた。


「すみません。私はこういうものです」


 とりあえず、初手にアーガスト貴族の証である印章を見せびらかしてみる。


「はいはい……はいっ!? お貴族様っ!? しょ、しょ、しょ! 少々おまちくださいいぃぃぃ!」


 すると効果はてき面で、女性は一気に顔色を変えて中へ引っ込んでいった。


 またまた待たされること数分。


「お待たせいたしました」


 今度現れたのは白髪交じりのおじさん。


「先ほどは若い者がご案内もせずに大変失礼いたしました。事前にご連絡をいただければ、お迎えをご準備をいたしましたのに……」

「いえ、その……我々、実は今日この街に到着したばかりなのです。だから、これがそのご連絡代わりということになりますね」

「おお、なるほど」

「そもそも私はあくまで代理人の立場ですので、もてなしは不要ですよ」

「おや、そうなのですか? ちなみにどちらのお方にお仕えされているかお伺いしても?」

「ええ。私はヒマワリと申しまして、『紫雷の魔女』ミナト様にお仕えしています。最近、アーガスト王家から称号を与えられたばかりなので、ご存じないかもしれませんが……」


 相変わらず自分で言っていて鳥肌の立つ紹介だな。自分のクソだせぇ称号をあたかも別人のように呼ぶという白々しさね。


「なんと……『紫雷の魔女』様ですか! 我が主人も含め、お噂はかねがね伺っております」


 先方は冒険者ミナトのことを知っていた。流石情報が命の商人、おかげで話がはやく済みそう。


「ご存じでしたか。……ええと、そういうわけで会頭様との面会を優先的に取り付けていただけると嬉しいです」

「そうですな……ただ、生憎2日はどうしても予定が動かせず……」

「いえ、そこまで配慮していただけたなら十分です」


 2日程度ならむしろ思っていたよりも早い。普通、大きな商会の会頭との面会なんて半月は順番待ちがあってもおかしくはないだろうから。

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