第219話 久々の依頼
ラクマルト商会頭とのアポを取ったその日の夕飯時、俺たちは今後の予定をシルゥちゃんと相談した。
面会は2日後の朝。ということで、翌日俺たちはギルドを訪れる。久しぶりにギルドでの依頼を受けるのだ。
「山道における魔物の討伐依頼ですね。参加者は『シルゥのパーティ』4名に加えて、金級冒険者ミナト様と……黒級のアトリさん? えーっと……大丈夫ですか?」
心配そうにアトリへ視線を向けるギルド職員のおじさん。黒級かつ初めての依頼で討伐依頼を受ける事はそうないらしい。
「大丈夫大丈夫。私がこの子を守るから」
「そ、そうですか……。ただ、パーティ内の実力格差があまりに大きい場合、低い者の査定には下方に修正がかかります。ご了承ください」
「うん。この子には経験を積ませたいだけだから」
リアの言う通り、今回はアトリに命のやり取りを少しでも多く経験させたいという意図がある。そりゃあリアからすれば、アトリが常に安全な場所にいることが一番だろう。しかしこの世界を旅する上でそんなことは不可能。というか、もう既にやったしな。
ならば、少しでも彼女には慣れてもらうしかない。それが生存の可能性を上げることに繋がるのだから。
「わかりました。……で、そちらの2人は?」
おじさんは怪訝な表情を崩さず、すぐその隣に視線を移す。そこには分厚いフードで頭部を隠したエルさんとスティアの2人が。
「この人たちは冒険者じゃないよ。ただの付き人みたいなもので、依頼には一緒に行くけど特に何かさせるつもりはない」
「はぁ……まあ、いいでしょう」
ギルド側は面倒そうにしつつも許可をくれた。
初めてきた街で別行動するのは少し心配だから、と2人とも連れてきたのだ。色々規則があるのかと思ったが、言ってみるものだな。
「魔女様。私、乗合馬車の時間を確認してきますので、こちらで少々お待ちください!」
「うん、わかった。お願いね」
仕事を正式に受注した後、シルゥちゃんたちは外へ行ってしまった。
「ここ、凄く混んでるね」
「うん。アトリが行ったことあるのはビフィキスのギルドだけだったかな? あそこも多い方なんだけど、ここはさらに多いよ」
やはり山道に出現する魔物の間引きという仕事が安定してあることが理由だろうか。ギルド建物にいる冒険者の数は多い。こりゃあ、はぐれないようにしなくては。
「ここがギルドですか。エルさんはもちろん、わたくしも初めてですわね」
「そんなに面白い場所でもないけどね。男ばっかだし」
やっぱそこかよ。でもこのミリステンの支部は他所と比較して、女性冒険者は多い方だ。きっとシルゥちゃんたちのように、学園で魔法を学んだ人間が多いんだろうな。
「あ、でも面白いと言えば……」
リアは何か思い出したように、皆を引っ張って依頼書ボードの前まで連れて行く。そして、一枚の依頼書を指さす。
「ほら、お母さん見て」
「なにかしら? えっと、『黄昏のエルフ捕獲』……って、なんなのこれ!?」
「これね、私の事なんだよ。面白くない? 私は今こうしてここにいるのにね」
「いや、面白いってあなた……」
この街をずっと北へ進むと、ガイリンまで続く山道に続くという。おそらくこのまままっすぐ進んでいけば、5年前に俺がリアの中に入った地点まで辿り着くのだろう。
そう、あの時俺たちが木箱の中から逃げ出さなければ、リアはずっと前にこの街へ来ていたかもしれない。そして今、立場を変えこうやってこの街に来ている。そこに不思議な因果を感じてしまう。
まあ、因果と言うと何だか大きな流れに飲み込まれたような不安感が付きまとってしまうけれど、実際は自分の行動の結果として勝ち取った現在だ。そう考えると、今目の前にある紙切れがリアには面白くて仕方がなかった。
「ミナト様ー! お待たせしました! もうすぐ出るみたいなので、急ぎましょう!」
「はいはーい。皆行くよ。はぐれないようにね」
可笑しくて笑みが出そうになるのを抑えながら、リアはシルゥちゃんが呼ぶ方へ向かった。
「今回は日帰りが可能な範囲での作業としましょう。具体的にはここからここまでですね」
ここはミリステンの北方に1時間ほど進んだ山道。その入り口辺りで、シルゥちゃんは今日の探索ルートを地図の上から指でなぞって説明をしてくれた。
「えっ、これだけ? 思ったより範囲狭いね」
「えっと、その……今日はエルフさんたちもいますし」
彼女はひそやかに言った。
「あっ、そうか……ふたりのことも考えてくれてるんだね。ありがとう」
一般的な純人ならこんなに亜人であるふたりを気遣ってはくれないだろう。シルゥちゃんは優しいなぁ。
本当はエルさんもスティアも身体が丈夫なので、一日歩き回るくらいなんともない。だけどそんな思いやりを見せられてしまうと、その通りにせざるを得なかった。
リアたちはエルさんとスティアを囲う陣形を作って、山道を北方面へと進んでいく。
「アトリ、いざとなったら私が守るから、落ち着いて魔法を使って。絶対魔物には近寄っちゃだめだよ」
「う、うん……」
リア以外で唯一冒険者として登録をしているアトリだが、誰よりも不安そうに身体を震わせているのもまた彼女であった。
いや、むしろスティアとエルさんはどうしてそんなに平気そうなんだろう。
「エルとスティアは危ないと思っても魔法使っちゃダメだからね。その前に絶対、私がどうにかするから」
馬車での移動中ならまだしも、誰の人目があるか分からない所でエルフに魔法使わせてしまったら、絶対に何かトラブルに繋がるのは目に見えている。
「わかってる……というか、魔法はまだ使えないのよ」
「むぅ、それはそれで……」
エルさん、移動中は毎日、以前使っていた魔法を思い出そうと頑張ってたんだけどな。カンが戻るまでもう少し練習が必要か。
「何もせずただ守られてるだけというのも、なんだか情けないわね」
「ええと、気持ちは分かるんだけど、私としてはその方が安心というか……」
「エルさん、わたくしたちでも索敵くらいはできますよ──と、そんな話をしていたら早速ですか」
スティアは周辺に異変を感じたようで、エルさんと一緒になって目を瞑って聴覚に集中を始めていた。
「シルゥちゃん、ちょっと止まって。エルとスティアが何か感じたみたい」
「えっ、エルフさんが!?」
長旅で散々スティアの索敵能力の高さを見てきたシルゥちゃんはリアがそう言うと、たちまちにそれを信じた。
俺たちも身構えつつ、その違和感が近づいてくるのをしばらくの間待っていると……。
「ん?」
近づいてくるのは呼吸音。それも魔物にしては整っているが、それでいて雑多な色を感じる。これは『焦り』? いや、今の一瞬で『安堵』が混じったような。
そして山道から逸れた茂みより、それは現れた。
「せいやあぁぁぁぁっ!」
「ちょちょっ! ピィリーナちゃん待って!」
リアは慌てて剣を振りかぶったピィリーナちゃんを止めた。
ええい、思い切りが良すぎる!
「ま、魔女様! なにを!」
「よく見て! 人間だよ!」
「えっ」
凄い形相でリアを睨んできた彼女は今まさに彼女が斬ろうとしていたものをその眼下に見て、一気に顔色を青くした。
「ひっ! お助けを!」
そう、茂みから出てきたのは大きな荷物を抱えた人間だったのだ。
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