第216話 エルフの里の奇妙な特徴
今日もミリステンへ向かう馬車に揺られている。
リアはその時間を利用してエルさんからエルフの里について、情報をまとめていた。
「え、私とお姉ちゃんが隠れてる間にそんなことが……」
「そう。だから、残念だけれど、生き残りはそう多くないはずよ」
結論から言うと、エルフの里に住む人間の半数以上はガイリンの純人軍との戦闘によって命を落としてしまったらしい。
それを聞いた瞬間、鉄塊でガンとやられたような衝撃が頭にきた。
里の半分以上が死んだ? 悪い冗談であってくれ。
「分かってると思うけど、メトは無事よ。一緒に捕まったから」
「うん……」
ショックを受ける一方で、父親が無事だった事実に安心する自分がいることにリアはまた罪悪感を覚えた。勿論同胞の死は悲しいし悔しいが、やはり家族が一番大事なのだ。
正直なところ、リアは他のエルフたちと碌な交流がなかった。それはリアが特別内向的だったことだけが理由ではない。というのも、エルフの里独特の社会に原因がある。
俺の勝手なイメージで言うと、エルフというのは一族の絆を大切にする種族である。基本的にどの創作を見ても、大抵エルフは人里離れた森に自分たちのコミュニティを築き上げている設定だ。一族を愛するからこそ、他種族を拒絶する排他性の鬼。
ただこの世界のエルフの事情は少し違う。いや、違うというよりもっと規模が小さいというか……。
というのもリアの記憶を遡ってみても、家族以外のエルフと会話をした経験がそんなになかったのだ。つまりこの世界のエルフは家族がすべて。しかも、核家族が基本だ。
森は家族単位でテリトリーが明確に決められており、事前に話を通さないと狩でも入ることができない。だから里で家族以外の人間と交友関係を持つのはかなり難しいことだった。
ああそういえば、申し訳程度の交流として行商人ややっかいな魔物などの情報を伝えるために、木材を削って作られた回覧板的なものを回していたっけ。アレのおかげでリアは習う前からある程度の文字が読めたのだ。
それはともかく、エルフの里は紛れもなく家族中心の社会だった。しかもその家族が大きくなりすぎないように「あぶれた人間を他所の村へ送る」なんて風習があったくらい。
なんとなくそこに、エルフ社会の拡大を抑制しようとする意図を感じてしまうのは、俺の考えすぎだろうか。
「おか……エル、里にはどうしてそんな風習があったの?」
「……さぁ? 私も母から聞いて、それだけだから」
その反応的に合理的な理由は特になさそうだ。でも確実にエルフは一族のスリム化を目指している。エルさんがその話を聞いたという母、つまりリアの祖母もリアが生まれてすぐに夫と共に遠くの森へと旅立ったそうだ。
いずれ彼らとまた会う日も来るんだろうか。しかし、それまでにやることは山のようにある。
まずは家族と再会する。そして余裕が出来たら、他のエルフを探してみようと思う。それだけ聞くと、薄情に聞こえるかもしれないれど、リアの手が二本しかない以上優先順位はつけないと。
「うぅ……」
「よしよし」
アトリは目に涙を浮かべながらリアに頭を撫でられていた。どうやらまた向かいに座るエルさんから睨まれてしまったらしい。
「ごめんね、アトリ。お母さんも悪気があったわけじゃないの。純人相手にはつい威嚇をしちゃうみたいで……」
「うん、わかってる。わたしは大丈夫だよ。そのうち、お話出来るようになると思ってるから」
ただアトリはこんなことで不貞腐れるような子じゃない。涙を拭いた後は、天使みたいな笑顔を俺たちに見せてくれた。
「うっ……かわいいっ……」
「うふふ、ありがとう。リ……じゃななくてミナトも可愛いよ」
「アトリの方がかわいい──ハッ!?」
アトリと乳繰り合うリアだったが、強烈な視線を感じて顔を上げた。
(お母さん、なんか怒ってるー。またアトリが気に入らないのかな……)
(いや、どっちかというと俺にじゃね?)
娘さんを女好きの変態にしてしまったからな。でもこれに関してはリアも自分を曲げて生きていくつもりはないらしいので、エルさんはいい加減諦めてほしい。
「皆さん、そろそろ宿場村に到着いたしますよ」
と、そこへシルゥちゃんが報せを持ってきてくれた。おかげでエルさんの視線は誤魔化せそうだ。
「今どのあたりにいるの?」
「そうですねぇ……その宿場村がここで、ミリステンがここです」
シルゥちゃんは布に描かれた地図を見せてくれた。結構大雑把な地図ではあるが、これでも距離感はなんとなくわかる。
「うへぇ、まだまだだね」
「ええ。ミリステンは国内最北の街ですから」
「シルゥちゃんたちは行ったことあるの?」
「依頼で何度か。あの辺りにはガイリンまで続く道があって、そこの間引き依頼が多く出ているんですよ」
「ほう、間引き。久しぶりに聞いた」
魔物共が跋扈するソフマ山脈、そこに作られた山道なんかは魔物を定期的に間引かないと道として使えたものではない。そういえばネイブルの山側の砦街シャフルのギルドではそういった依頼が盛んだった。
「なるほどねぇ。じゃあ時間があったら、久しぶりに私も冒険者としての仕事をしようかな。もう長いこと依頼受けてないし」
「ミナト様は金級でしたよね。このまま失効になってしまっては勿体ないです」
俺たちは冒険者として高みを目指しているわけではない。だが、この自由な身分は世界中を回る上で非常に融通が利いて便利だ。
「あの、よかったらその際、依頼をご一緒させていただけませんか?」
「いいね。間引きの仕事をしたことがあるなら、色々と教えてよ」
「勿論! ……ですが、どちらかというと私たちの方こそ、ミナト様の戦いをお見せいただきたく思っていまして」
なるほど。金級のリアに付いて楽するとばかり思っていたが、なんとも向上心があるではないか。
「まあ、なんにせよ、無事に街まで辿り着けるか、だね」
「ええ、先は長いですから」
リア達は目を細めて、先にあるという村の方を眺めた。
ミリステンまであと2か月はかかるか、という位置に今俺たちはいる。この馬鹿長い移動距離はもはや何度も経験しているが、正直慣れたとは言えない。リアですらそんな感じなのだから、今までずっと捕まっていたエルさんにはおそらくかなりの負担がかかっていることだろう。
「おか……エル、身体はどう?」
「まだ平気よ。気遣ってくれてありがとう」
母親を呼び捨てる感覚は何だかむず痒い。けれど、慣れていかないとな。移動の辛さも、彼女を奴隷として扱うことにも。
そしてシェパッドの街を発して早ひと月、お国はアリア公国を越えて再びアーガスト王国へと戻って来た。何気に一度出た国へ戻るのは初めてだったりする。
基本的に道中は宿場村を転々とするので、案外しっかり眠れる日々が続いている。そこはシルゥちゃんたちが最適なルートを考えてくれたおかげだ。彼女たち、戦闘に関してはそれほど頼りにはならないが、こういった計画を立てるという面ではかなり頼りになる。その証拠に野宿や陽が落ちてからの入村になったことは一度もなかった。
「あとは戦闘だけだねー」
「うぅ……ごめんなさいぃぃぃ」
道中、赤銅鬼が混じった小鬼の群れに出くわした。勿論、シルゥちゃんたちはそれらに対処しようと必死に戦ったわけだが、結局数を捌ききれずリアが手を出す羽目に。そしてまさかのピィリーナちゃんがケガを負ってしまうという。勿論、彼女はリアがしっかり魔法で治療いたしました、と。
「大丈夫、大丈夫。前回と違って今回は私も気軽に戦闘に参加できるような契約だから、査定が下がる事はないよ」
今回の依頼では彼女たちの実力不足を理解し、そのうえでリアが護衛にと指名した。勿論そんなことができるのはリア自身が金級という実力を持つからだ。そうでなければ皆仲良く道中全滅よ。
「ミナト様……腕を治していただきありがとうございました」
「いいんだよ、ピィリーナちゃん。こんな状況でお代は取らないから、皆も怪我したら遠慮せず私に言ってね」
治療、本当久しぶりにやったなぁ。
使わないに越したことがない魔法だけれど、使わないとスキル化した魔法であってもエルさんみたいに身体が忘れてしまいそうになる。彼女らには悪いけど、感覚を取り戻すいい機会になりそうだ。
「それにしてもミナト様は流石金級だけあって、お強いですね。さっきの凄い魔法はなんですか?」
「ああ、あれ? あれは『バースト』の魔法だよ。こう……空気をギュッと圧縮して一気に解放するの」
「空気? 空気であんな威力が出るのですか?」
シルゥちゃんたちはあの魔法の正体が空気砲だったことにいまいち納得していない様子。
「出るんだよね、それが。結構コスパよくてお気に入り」
「へぇ……すごいですねぇ」
生前、整備不良で破裂したタイヤによって起きた悲惨なニュースをテレビで見た。実はリアの魔法もその記憶を基に作られていたりする。
「あの一瞬で敵を焼く魔法も魔力消費量の割に威力が高いですよね? 流石魔女様です」
「ああ光線魔法ね。うん、まあ、敵が敵ならあれが一番効率いいんだよ」
リアは基本、戦いでは魔力を渋る。それは昔の魔法位が低かった頃の名残でもあるが、今ではいざという時に高コストの魔法を使うためでもある。例えば石撃人形相手に使った空間魔法や、盗賊相手に使った時間遅延魔法など。それらはすべて生前の科学技術を駆使しても再現できないほどの魔法であり、いざ強敵と相対した時の為に温存しておきたい最終兵器だ。
災害級の魔物だったり、極悪騎士団の残党だったり、そもそもそんな厄介な奴らにはもう会いたくないけどな。
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