第215話 折り返し

 獣人の隠れ里を出ておよそ3年。ようやくリアは家族との再会を果たした。


 やったー! うおおおおお! 今すぐ皆でクラナさんのところに帰るぞぉぉ! ……なんて声高に騒ぎたいところだが、俺たちはまだ目標の三分の一を達成したに過ぎない。


 次は父親か、それとも姉か。色々と算段を付けられないほど、次に繋がる手がかりがない。残念ながら、エルさんことエルメルトンは一緒に捕らえられた夫がどこへ売られたかを知らないそうだ。


 これまでのように街の奴隷商を回り続けないといけないのだろうか。


 とにかく俺たちは進み続ける以外に選択肢はない。残りの2人も絶対に取り戻すのだから。


 さしあたって大陸南国家群のさらに南を攻めようか。ツリロの市で購入した大まかな地図を見ながら考える。


(と言っても、ルーナさん情報だと、南の方にはあんまり奴隷商人っていないんだよねぇ)

(うーん、確かに……南へ行くとなると、これまで以上にタイパが悪いなぁ)


 俺たちはこれまで奴隷商人の過密地帯と言ってもいい国々を回ってきた。それでも、見つけたエルフはスティアとエルさんのふたりだけ。3年かけて2人……となると、これよりも時間のかかるであろう南方面を攻めるかどうかは、もし見つからなかったリスクを考えて慎重に決めたいところだ。


(大元を辿れたらいいんだけどなぁ)

(大元?)

(いやエルさんはギシカフが最近買ったんだろ? で、売った誰かも確実に存在する。ということはそれを辿っていけば、ガイリンからエルさんを持ち出したヤツにたどり着けるかもじゃん? そっから芋ずる式に他の家族の行方も探せないかなって)

(うーん、それはまた大変な)


 確かに大変だ。たらい回し状態のエルさんを購入した人間はかなりの数に上る。それらを順々に辿っていくのは骨が折れるどころの話ではない。


 しかし少ない手がかりのひとつであることに変わりはない。というわけで、俺はまたヒマワリの姿になってナユタン商会を訪れた。出立の為の馬車や食料、衣類の手配もついでに行う。その合間を見計らって俺はギシカフに相談を持ち掛けた。


「魔女様はさらなるエルフをお求めです。あなたがエルメルトンを購入した際に得た情報など、何かあれば教えていただきたく」

「さらにですか? ううむ、さすがは魔女様だ」


 理解できない、といった思いがギシカフの表情から透けて見えた。まあ端から聞けば、そんなにエルフを集めてどうすんだって話だ。


「であればラクマルト商会を訪れるのはいかがでしょう。丁度、ミリステンの街に帰ってくるという話を聞いています」


 なんと具体的な名前が出てきた。


「ラクマルト商会?」

「ええ。我々がエルメルトンを購入した商会ですよ。そもそも彼女をガイリンから仕入れたのも彼らだと聞いています」

「へぇ、そうなんです……か!?」


 突然の有力情報に俺は自分の耳を疑った。たらい回しが二周回に入っていたのか?


「ええ。かの商会は遥か昔にガイリンとの交易で大きくなった商家です。かつては大陸における亜人の流通を一手に担っていたほどの商会なので、エルフを求める魔女様ならばこの機会に向かってみてはいかがでしょうか」

「は、はい……」


 ふと、アイロイ様が商人にエルフを勧められたという話を聞いた事を思い出した。おそらくだが、その大商人こそ、そのラクマルトなる商会だろう。


 それを聞いて、当然俺たちの行先は定まった。


 ここより北西の方向にあるミリステン。その街で情報を仕入れ、その後は一度ネイブルにあるルーナさんの村へ帰ろうと思っている。他の3人に一度ルーナさんの村を紹介したいし、変化の魔道具である指輪もあればほしい。その道中でノインを連れて帰ることができれば、なおよし。


 ということで早速出立の準備を始める。先ほど依頼したとおり、物資は基本的にナユタン商会を頼る。そしてアーガストを越えてケイロンまでの道中はまたギルドで冒険者を雇う事にした。面倒なことに、この国にいる以上貴族としての体裁を保つ必要があるからだ。


 ギルドの職員にその旨の依頼を提出すると、次の日に早速依頼を受けてもいいという冒険者パーティのリストを見せてもらった。その中に「彼女たち」を見つけたリアは迷わずその名前を告げる。


「ご指名いただきありがとうございますっ! あの時の汚名挽回とさせていただきたいです!」


 シルゥちゃんたちのパーティだ。実力不足という懸念は勿論あるけれど、女しかいないパーティは貴重で得難い。リアはこれをノータイムで受け入れた。


 これで準備は整った。俺は再びヒマワリとなってギシカフへお礼と出発の挨拶へ向かう。


 イタゥリムには会えなかった。どうやら毎日元気に学園に通っているらしい。うん、それでいい。またいずれ会うさ。


 そして母と再会した10日後、いよいよリアたちはミリステンに向けてその足を進めるのであった。







「あのミナト君……」

「え、なんすか?」


 シェパッド出発から数日経って、俺はようやくエルさんから自分の娘とは別の人格としてその存在を認めて貰えた。


 とはいえ、記憶を共有する相手の親という、近いのかそうでないのかがよくわからない相手ということで、俺としては微妙に彼女との距離を測りかねている。


 で、俺が操縦権を持っている時、そんな微妙に気まずいエルさんから突然話しかけられたわけだが。


「ひとつ聞きたいのだけれど」

「はい」

「……リアがね、スティアさんと口づけを交わしているところを見たの」

「えっ」

「ああ、別にダメというわけではないの。でも、あの子がそうだって長年一緒に暮らしていた私でさえ知らなかった。それって、つまり男性であるあなたの影響よね?」

「ひっ……」


 エルさんの言葉にはとてつもない威圧が乗っていた。


「いや、待ってください。確かに俺の影響は否定できないですけど、環境のせいもあるというか! だってアイツ、一時期は男と言葉も交わせないほどの男性恐怖症にまでなってたんですよ!?」

「そうだったのね……」


 都合のいい言い訳ではあったが、それを聞いたエルさんは申し訳なさそうに目線を下げた。


「まあエルフの里って基本家族以外と関わらないし、リアのそういう気持ちを育ててあげられなかったのが一番の原因かしらね……」

「ま、まあいいじゃないですか。スティアとアトリの2人はリアとは強い絆で結ばれてるんです。それがちょーっとえっちな方向に進んでるだけで──って、ごめんなさい!」


 今度は睨まれた。いかん、余計なことを言ってしまった。


「というか、アレですか。エルさんは女同士って、認めない派なんですか?」


 この際だからズバリ聞いてみた。流石のリアも親子でこんな踏み込んだ話は出来ないだろう。


「……あなたが言う通り、強い絆があるならばそれは尊いと思うわ。でも、女同士だと……その、できないじゃない」

「できない?」

「だから、その……あ、あかちゃん」


 エルさんの頬に朱が差す。なんだ可愛いな、このアラウンド100歳。


「まあ、それは仕方ないですよ。男は苦手なので。今だって握手しただけでこう……蕁麻疹が出るんですよ」

「そんなに酷いのね。知らなかった……」

「だから無理やりはよくないです。俺が何かの弾みで消えて、それでリアがどっかの男を好きになるのを待つしかないですよ」


 少なくとも俺がいる間は無理だ。


(ならないから。ミナト、そこは言い切ってよ)


 と、リアもこう申しておりますわけで。


「そう……それなら仕方ないわね」

「でもどうして、子供を?」

「その、エナルプに捕まってる時、よく考えてたのよ。私たちは長命のエルフだけど、ひとりじゃあ拘束だって解けないし、死ぬときはあっさり死ぬのねって。だから生きている内に孫の顔を見ておきたかったって思ったわ」

「そ、そうですか」


 孫の顔ときたか。申し訳ないけれど、今の時点でそれは難しいかもしれない。


「まあその辺りはユノさんに任せようということで……」

「ユノ……あの子は無事なのよね?」

「正直言うとわからないです。俺のゲームの知識が本当にこの世界と合致しているのか確証がないので」

「そのげぇむっていうのが何度聞いてもよく分からないんだけど……でも、そうね、あの子も無事でいてほしいわ」


 そんなしみじみとしたシメで俺とエルさんの話は終わってしまった。


 エルさんはやはり、リアの記憶にある彼女とは少しばかり人が変わってしまったように思える。明るく優しかった彼女はなりをひそめ、今では常に何かに怯えるように周囲を警戒している。その刺々しい視線はリアの周囲にいる人間にまでも及ぶのだから、その深刻さがよくわかるだろう。


 例えば、アトリ。彼女はリアが毎日のように唇を奪いまくっているような愛らしい少女だが、未だにエルさんは彼女から話しかけられても絶対に口を聞かないし、視線も合わさない。その時のアトリの悲しそうな顔はちょっと胸に来るものがあった。


 アトリですらそんなんだから、シルゥちゃんたち雇った冒険者なんて近づくことすらままならない状態だ。野営時など、どうしても近くにいないといけない時は、フードを深く被って顔を見られない様にしている。まあ、顔が似ているリアとの関係を誤魔化す必要がなくなるので楽と言えば楽なのだが……。


 そんなエルさんだが、スティアだけは例外。彼女は歳の近いエルフということもあり、リアを除くと唯一エルさんの話し相手となっている。


「シルゥちゃんたちはともかく、アトリとは仲良くしてほしいなぁ。凄くいい子なんだよ?」

「リア、それはそうかもしれないけれど……でも、エナルプはちょっと」


 エナルプ──すなわち純人。エルさんと再会してからというもの、久しぶりにこの言葉を聞いた。


「お母さん、エナルプっていうのは差別表現だから出来るだけ口には出さないでね? 代わりに『純人』って言うの」


 いつか里長から言われた言葉を今度はリアが母へと。


「わかったわ……」


 了承したものの、エルさんはどこか息苦しそうだった。

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