第214話 PROLOGUE 1-2②

──蘭華! 助けてぇー!


 僕は全力で視線で、十年来の幼馴染に助けを求めた。


──くすくす。がんばれー


 しかし、蘭華は笑いながら、口パクで言ってきた。


 ダメだ逃げ出せない! なんだ? 世界の真実!?


「いや、し、知らないけど? 興味もないしね」


 もうこうなったら相手の強引にも興味から外れるしかない。出来るだけつまらない人間を演じなくては。


「ふぅん。でも、聞けばきっと興奮すると思うわよ?」

「え、あ、いやだから……」

「試しにひとつ、教えてあげる。たとえば……そう、ユーマのその瞳」

「は? ぼ、僕の瞳?」

「その≪藍≫……世間一般では中途半端と言われるその色も実は……」


 中途半端で悪かったな。


「実は……夢幻の可能性を秘めているのよ」

「……は? 夢幻? どういう意味?」

「以上。それじゃあ、次はユーマがわたしにくれる番よ」


 謎を飲み込めない塊のまま突き出してきた羽衣羅さんは僕の言う事にも答えず、そのまま顔を近づけてくる。


 えっ、これって──


 ふと彼女の動きがスローモーションに感じた。何故か僕はそれを利用して逃げるようなこともせず、ただ彼女の紅色をまじまじと見つめたまま……。


 かぷ。


「あいたっ!」


 首筋にキス……じゃなくて、牙を立てられ、ちゅーちゅーと血を吸われていた。


「こぉらー!」

「あんっ」


 そして、次の瞬間には羽衣羅さんの身体は僕から剝がされていた。


「ら、蘭華!」

「もう悠君! くっつきすぎ!」

「いや、それは向こうが!」


 何故か僕を責める蘭華。そして、問題の人物と言えば──


「ふぅ……なかなか良い血だったわ、ユーマ。あなたの事は覚えておくことにする」

「羽衣羅さん! いくら魔族でも人の血を勝手に吸うのはダメでしょー!」

「あら、これは手渡した情報と引き換えに得た権利なのよ? 蘭華・ルーパシー」

「でも悠君はダメなの! がるるっ!」


 おいおい……。熱くなって軽く獣モードに入ってるなこれは。いつもは人より低い平熱のくせに……頭に血が上るとこれだ。


「どうどう、一旦落ち着こう。蘭華」

「やっ! あっ、うぅ……くぅぅ~ん」

「あらあら」


 僕はいつも通り蘭華の耳の付け根辺りを優しくまさぐる。熱くなった彼女にはこれが効果覿面だ。冷静になった後、凄く睨まれるんだけど……。


「ふぅ、じゃあわたしはそろそろ失礼するわね」

「ちょっ、ちょっと待って! 夢幻ってどういう……」

「ごめんなさいね。授業が始まるから」


 そう言い残して羽衣羅さんはこの場を去って行ってしまった。


「あ、嵐のようなひとだ……」


 僕は思わずそんなことを口にしていた。


 羽衣羅・アルカード。彼女は魔族で、ヴァンパイアだったのか。


 首筋に噛みつかれた。しかし、既に痛みはなく、感覚的におそらく傷跡も残っていない。これもヴァンパイアの能力なのか?


「あ、あの、悠君……いつまで触ってるの?」

「あ」


 もぞもぞと胸の中で動く蘭華。しまった、彼女をあやしたままだった。


「ご、ごめん……」

「いえ、ワタシこそ……」


 なんだこの空気は。無駄に気まずい……。


「そ、そういえば羽衣羅さん、案外あっさり引いてくれたな。もっと面倒なことになると思ったのに」

「う、うん。確か授業があるって…………ああっ!?」


 蘭華のひらめきに同調し、僕は辺りを見渡す。あれだけいた野次馬が今やまばらだ。


 もう授業が始まる時間だった。




「本当、悠君は無駄に女の子にモテるよね」

「いやいや、生まれてこの方彼女も出来たことない人間になんて的外れなことを言うんだ」

「羽衣羅さんにかぷちゅーされてたじゃない」

「……それって食欲的なやつだろ?」


 今日の授業が終わり、僕たちは帰路へと着く。


 その道中、朝の事を蒸し返しす蘭華に呆れながらも、その事実に反論した。


「でもでも、すーぐ女の子と知り合うじゃない。この前だって、ほら……」

「ああ、エアリルのことか」

「あー、よびすてー不敬だ」

「いや向こうがそう呼べって……」


 エアリル──エアリルムーン=グラナダリア。この国のお姫様の名前だ。


 平々凡々な僕がそんな彼女と知り合ったのはつい3か月ほど前のこと。


 とある昼下がりに繁華街を歩いていた僕は、明らかに高貴な身分である少女が、これまた明らかに怪しい黒ずくめの大人たちに囲まれ何かトラブルを起こしている場面に遭遇した。


 そんな場面に出くわしたら、逃げるか大人しく警察を呼ぶ。それが普通の対応だ。今は僕だってそう思っている。でも、その時の僕は放っておけなかった。必死に黒ずくめを振り払おうとする少女の姿に気持ちを持っていかれてしまったんだ。


 絶対に助けなくちゃって、そう思わずにはいられなかった。だから僕は走って彼女を──連れ去って逃げた。


 結果、危うく僕が誘拐犯になるところでした、と。


 うん。黒ずくめの正体はただの護衛だった。あの場面で悪いのはむしろワガママを言っていたというお姫様の方で……。


 結局、お姫様が口裏を合わせてくれたことでなんとか無罪放免となったけれど、今度からはあんな衝動に任せた行動はやめようって心に誓った。


 ただ、あの時の縁は今も残っている。エアリルには妙に懐かれ、あれから僕は週に1回、彼女に誘われてお茶会に参加している。話せば話すほどエアリルはすごくいい子だってわかったし、周りもあの時の罪をとやかく言う人はいないけれど、やっぱり王族といるのは疲れるものだ。


 まあ、お姫様が飽きるまでの我慢かな。


「じー」

「うん? なんだよ」

「悠君は忙しいねぇ」

「容量が悪いから詰め込んでるだけだよ。勉強も人間関係もな」


 人の倍こなしても人より身に着かないんだから、より多くの時間を使うしかないのだ。


「そういうことを言ってるわけじゃないんだけど……まあ、いいや。ところで、勉強はワタシも苦手なんだよねー」

「蘭華はその分、運動が得意だからいいじゃない」

「そうだね。それがワタシの強みってやつ。悠君は何が得意?」

「僕?」


 僕の得意なこと。それは僕が今一番知りたいやつだよ、蘭華。


「見つけるしかないってことだよな。この学園で」

「うん。ここにはたくさんの出会いがあるから。悠君も頑張って探してみるといいよ。ワタシも手伝うからさ」


 僕の得意。新しい出会いに、恋。


 きっと今の僕じゃあ想像すらできないようなことが僕を待っている……かもしれない。


『世界の真実について知っている?』


 ふと、朝の羽衣羅さんの言葉が脳裏に浮かんだ。


「世界の真実か……」


 彼女もここでそんなものを追っているのだろうか。学校なんかじゃ到底見つかるとは思わないけれど……。


「ああ、世界の真実……といえばさ」


 僕のぼやきを聞いて、何かを思い出した蘭華は話し始めた。


「上級生にユノって先輩がいるの知ってるー?」

「ユノ? 知らないけど、その人が何なの?」

「えっとね、その先輩、実は『エルフ』らしいの」

「『エルフ』だって?」


 思わず聞き返すほどに驚いた。だってエルフといえば、魔族よりもさらに希少な種族だ。それこそ存命のエルフは確かこの国の先々々々々……あれ何代前だっけ? まあ、とにかくずっと前に退位した王女様が唯一のエルフで、その子孫が国を治める現在も王宮にいらっしゃるらしい。つい最近エアリルとのお茶会でそんな話を聞いた。


「凄いな。エルフだなんて、もしかしてそのユノさんは王族か何かなの?」

「それがね……違うんだよ。ユノ先輩はある日突然現れたんだって」

「はぁ?」

「物好きがどれだけ調べても、先輩の過去が出てこないんだよー! 噂では『魔女の娘』とか『魔女が連れてきた奴隷』だとか、極めつけには『魔女』その人だなんて言う人もいるんだって」

「はぁ……魔女に奴隷? いよいよ胡散臭いな」


 魔女といえばこの学園延いてはこの地を作ったとされる人物だ。しかし詳細な事は誰も知らない。だから根拠のない突飛な噂話にしか、その魔女さんの居場所はなかった。


 きっと今回もその類だろう。しかも奴隷だなんて、古臭い概念まで引っ提げてさ。

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