第207話 最後にちょっと
成果発表会が終われば、次は交流会最後のイベント懇親会が始まる。これはまあ言ってしまえば成果発表会の打ち上げのようなもので、貴族学舎の大広間で盛大に行われる。
広間には所謂立食パーティーのような形で、普段貴族の生徒が食べているような豪華な食事が並んでいた。
「ねえ、あれ食べていいのかな? ねぇ、イタゥリムさん、どう思う!?」
「別にいいんじゃない?」
普段から質のいい食事を摂っているイタゥリムはともかく、他の平民生徒たちはこれまでの人生でも見たこともないようなメニューに滝のような涎を垂らしていた。
「お嬢さまも何か召し上がりますか? 取ってきますよ」
「ああ、じゃあ適当にお願い」
流石のイタゥリムは特に強い関心も見せなかった。
適当に取ってくるか、と俺たち3人はその辺にあった皿を手にテーブルへと向かう。
「……おいしそう」
きゅーっと、皿に薄切り肉を乗せながらアトリは小さく腹の虫を泣かせた。
残念ながら俺たち使用人は最後に余ったやつを分けてもらえるだけだ。可哀そうだけど、ここは我慢するんだぞ。
食事を皿によそってイタゥリムの元へ帰る。すると、そこにはとんでもない光景が待っていた。
「イタゥリムよ、そなた一度王城へ遊びにこないか? あの星火魔法を父や妹に見せてやりたいのだ」
リギィ殿下がまず彼女に絡む。
「イタゥリムと言いましたね。あの魔法の制御について気になるところがあるのですが」
その次はリューロイ様。
「むっ、リューロイ! 今は俺が話しているだろうが」
「私の方が先です! こっちは成果発表の時からずっとモヤモヤしてるんですから!」
「あのー、最後でよろしいので、僕にもお時間を……」
そして控えめにセイ様がイタゥリムの元に集っていた。
「あっ! ヒマワリ! 早く来て!」
助けを求めるように、イタゥリムは手招きした。
「お嬢さま、どうぞ。モテモテじゃないですか」
「ありがとう……ってやかましいわ! ねぇ、これなんなの……? 恐れ多いのよ突然」
まあそりゃあ突然プリンス含む高貴な人たちが一度に集まってきたら怖いわな。
「皆さま、あなたの魔法に心奪われたのですよ」
「いやまあそれはわかるけどさぁ」
「ほら、頑張ってください。これも『輝き』ですよ」
「ええーっ、ちょっと!」
俺はイタゥリムの背中を押して、再び男どもの群れへ彼女を追いやった。
うん、良い感じに注目を集めているじゃないか。すべて当初の目的通りだ。
もはやイタゥリムにそのつもりがないので婚約相手云々をサポートする気はないけれど、ああやってビッグな人たちに囲まれている彼女を皆に見せびらかしたくなる気持ちはある。どうだ、彼女はそれほどの女性なんだぞ、と。
「お嬢さま、私たち少し外します」
「えっ? ちょっ! どこいくの!」
懇親会が始まってかなりの時間が経過した。そろそろお開きの時間だろう。そんな頃合に絶好のタイミングを見つけたので、俺はひとつやっておかなければならないことに着手した。なんというか、ただのお節介だ。
(じゃあ、リア、頼むぞ)
(おっけー。サクッと終わらせてくるね)
俺は一度リアに身体を返す。操縦権を取り戻した彼女は大広間から脱出すると、こっそりと脇のカーテンの隙間に入り込み、その姿を元のリアに戻す。
そして、目的の人物の元へすり足で急いだ。タイミングがよくその人物は夜風に当たる為、ひとりで外へ出たのを確認した。俺たちもそれを追うのだが、ここは絶対イタゥリムに見つからないようかなり慎重に隠れつつ外まで向かった。彼女に顔を見られると面倒だからな。
「ごきげんよう」
「はい? どなたで……ええっ!? 魔女様!? どうしてここに!? というかその恰好は!?」
リアが突撃したのは、リューロイ様。ヒマワリの時に来ていたメイド服姿のリアを見て、彼の顔色はみるみるうちに悪くなっていく。
相変わらずビビられてんね。でも、今回はそれが必要な要素だ。
「どうです? ヒマワリから剥ぎ取って……じゃなくて、借りてきました」
「あわわわわわわわ……」
「落ち着いてください。今回はちょっとあなたへ頼みがあってきました」
「た、頼み!? ななななんでしょうかっ!?」
もはやキャラ崩壊のレベルのビビりだが、構うことなくリアは続けた。
「セイ・アテリアについてです」
「セイ……? 彼がなにか」
「はい。私がアテリアによしみがあるのはご存じですか?」
「そりゃあもう。あなたが彼らのマジックバッグを取り戻したのですよね?」
今更何を、と言いたげな顔だった。
「それを知っているなら話は早いです。単純な話で、私は世話になったアテリア家のセイ様を気にかけているのです。だから私は学園をヒマワリに探らせた。その報告を聞くに、どうやら彼は下らない権力ごっこを背景に、あなたたち紺反生から陰湿な嫌がらせを受けているというではないですか」
リアは少し棘のある言い方でリューロイ様を責める……が彼はいまいちリアの言うことに納得していない様子だ。
「あの、魔女様。申し訳ないのですが、私はそういった事情にあまり関与をしていないのです」
「ほう。それはどうして?」
「興味がないからです。今寮にそういった醜いしがらみがあることは存じています。しかし、私もあなたが仰ったように、それを下らないものだと思っているのです。だから、関わらない様に……」
イタゥリムが言った通り、リューロイ様は権力ごっこなんかに興味はない、それは間違いないだろう。すなわち今の状況をどうこうしようなんて微塵も考えていないのだ。それは彼には生まれつき高い身分という、何もせずとも貴族社会を生き抜いていけるだけの力があるから。
「何を言っているのですか。違うでしょ?」
だから、リアはそれを真向から叩いてやる。
「はい……? 違うとは?」
「今学園で起きていることを『興味がないから』と見て見ぬふりをすることです。少なくとも、それは侯爵の孫がすることではない」
「……っ」
リアはその瞳に力を込めて、リューロイ様を睨む。彼は一瞬狼狽えはしたものの、すぐにムッとした表情になってこっちを睨み返してきた。
「あ、あなたに貴族の何が分かるのですか。まだ称号を得てから1年も経っていないでしょう」
「確かに私よりもあなたのほうが貴族としての振る舞いを知っているでしょう」
「なら先ほどの言葉は──」
「で・す・が!」
負けじと反抗してきたリューロイ様を、上から殴りつけるようにリアは声を張り上げた。久々に表に出たからって張り切ってんのか?
「私はアイロイ様を知っています」
「えっ……おじい様?」
「そうです。高潔なあの方ならば、この学園の理不尽を見て、何もしないなんて選択をとるでしょうか? 魔法師団の長でありながら、自ら山道深くまで盗賊退治に出るような方ですよ?」
まあ実際のところはわからないけどな。リューロイ様の意識変革に利用させてもらう。
「おじい様なら……」
その効果は覿面で、祖父を引き合いに出した途端、リューロイ様は反抗をやめた。
「あなたのような力のある貴族の子弟が率先して見本となる行動を見せないと、悪意あるものに秩序は作りかえられてしまう。それで割を食うのは他でもない、力なきものたちなのです。その災禍はセイ様だけではなく、時には貴族が守るべき平民にも降りかかるでしょう」
「平民にまで? そんなことがこの学園で……」
例えば、エステモが脅しを受けた事件。案の定、彼は知らなかったようだ。
「ええ。色々と調べてみることをお勧めしますよ」
本当に彼に何とかしてほしいのはそっちだ。実家のパワーバランスが関係する貴族子弟同士のいざこざならまだしも、平民が貴族に目を付けられてしまってはどうにもならない。
だからリューロイ様ほどの地位の人間が、あのエミユンとかいう貴族を止めなければならないのだ。
「では、そろそろ私は失礼します。あなたにはこれから英雄の孫として、自覚ある行動を期待します」
と、言いたいことをすべてぶちまけたところで、リューロイ様へのお説教は終わり。今後はなんとか彼が動いて学園の秩序を守ってほしい。勿論彼も苦労するだろうし、悩むこともあるだろう。そんな他人任せではあるけれど、近いうちにこの街を去る『魔女』がやるよりは健全だろう?
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