第206話 流星火

「最後は鳥組! 前へ!」

「はい」


 遂に声がかかったイタゥリム。堂々とした彼女の返事には、寝不足や緊張をまったく感じさせない。俺はその光景にひとまず安心させられた。


「鳥、紅等生のイタゥリムです。いきます」


 それだけ言って、彼女は拳を天高く突き上げる。


 魔法を行使する際の動作は人それぞれあるけれど、彼女のそれは少し変わっている。しかし、魔法の発動自体はセイ様やリューロイ様と同じく『詠唱』を伴わないスムーズなものだった。


 イタゥリムから魔力の高まりを感じる。そしてそれはすぐに突き上げた拳を伝うように、宙へと打ちあがった。


「わぁ……」


 その瞬間、思わず声が漏れた。俺だけでなく、周りにいた使用人たちも。


 宙に咲き乱れるのは、桃色の花。前に練習で見たときは大きな花が1つあっただけだったが、今回の魔法はそんな寂しいものではなく、最早花畑といっても過言ではない。そのひとつひとつがぼやけることなくはっきりと描かれていて、これが炎によって作られていることを見るものに悟らせない出来であった。


 すごい……なんてものではない。申し訳ないが、色彩の表現も絵柄の複雑さも、輪郭の美しさも先駆者を圧倒するほどの出来だ。


 軽い感動を覚えるほどの魔法を見せられて、俺だけでなく周りの人間もまた、宙に咲く花に心を奪われている。平民も貴族も、当然イタゥリムをいつも馬鹿にしている者でさえ、今無駄口を叩く人間は誰ひとりとしていなかった。


 昨日最後に試した時とはまるで違う完成度だ。さてはイタゥリムのやつ、緊張で眠れなかったとか言って本当は夜ずっと魔法の研究をしていたな?


 まさか夜に自分の屋敷で練習なんてしてないだろうし、ぶっつけ本番でここまで仕上げるとは。本当、賭けみたいなことをする。


 本当どこまで目立ちたいんだ──あれ?


 なんか今魔法術式に妙な違和感を覚えた。えっと、今までずっと静寂さを維持するための力が加わっていたが、そこに新たな流れが生まれた……そんな感じ。


 大丈夫か? 俺は心配になって、イタゥリムの表情を伺う。


「えっ」


 彼女と目が合った。そして、そのままニヤリと笑う。何かを企む、凄く悪そうな顔だ。


 嫌な予感で心が一杯になった俺は、必死にイタゥリムへ向けて首をぶんぶん横に振った。それで彼女から口の動きを介して返ってきた言葉は……。


「え、『見・て・な・さ・い』? いやいやいや!」


 一体何をするつもりなんだ……? 皆満足してんだからもういいじゃん!? お前十分輝いてるよ!


 慌てる俺を他所に彼女が展開する魔法の術式はどんどん変化していく。


(ちょいリア! どうなってんのぉ!?)

(ふふん、面白いじゃん。ミナト、大丈夫だから黙ってみてなよ)


 魔法の達人がこういうのだからきっと酷い事態に陥ることはないのだろう。しかし、そんな計画になったことをそう何度も重ねられては、俺の心が持たない。


 しかし、暴走列車モードと化したイタゥリムはついにレールの外へとその足を延ばす。


 彼女は天高く掲げていた右手を力強く振り下ろす。それと同時にひとつの『詠唱』を行った。


「我が求むるは降り注ぐ流星なり!」


 途端、宙に描かれた花々から花弁が零れ落ちるように、光のシャワーが降り注ぐ。


 皆、逃げまどったり、身を屈めたり、人の陰に隠れたり。演習場は軽く混乱に陥った。そりゃあそうだろう。火が降ってきたのだから。


 しかし降ってきた火に身を焼くような熱はない。それが判明するとすぐに騒がしさは収まっていく。本来なら教師だって止めに入りそうなものだが、彼は目を細めたまま天に咲く花のほうをじっと見ていた。


「天より振りし花吹雪か。面白い! やるではないか!」


 リギィ殿下の声。まるで花火を楽しむ客である。


「確かに……綺麗だね」

「ええ、雪にも見えてきたわ」


 その言葉がきっかけになったのか、困惑していた周りの生徒たちも皆イタゥリムの作った輝きを受け入れだす。


 最初こそ焦っていた俺も、すっかり頬が緩んでいた。そうだよ、イタゥリムはこれだ。何をしでかすかわからない女。皆の度肝を抜くことに定評のある、びっくり箱みたいなやつだけど、それが最高に楽しい女。


 結局、イタゥリムが満足するまで、空に咲く花はその花弁を落とし続けたのだった。






「『不合格』です。さすがに本来の星火魔法からの逸脱がすぎる」

「そんなっ!」

「せめて失敗していれば、部分点はあげられたのに」


 満を持してイタゥリムの魔法に裁定が下った。結果は残念ながら不合格。うん、まあ、流石にやりすぎだったな。


 しかし認められなくとも、彼女の表情に悔いは感じられない。もし二度目があったとしても同じ魔法を……いや、もっととんでもない魔法を彼女は使うだろう。


「……ごめん」


 ただこちらに戻って来たときの彼女は申し訳なさそうな表情を顔に張り付けていた。


「何がでしょう」

「だって不合格だったから。あたしたち『優秀生』を狙っていたのに」

「後悔するならやらなければよかったでは?」

「いや、その、後悔はしてないの。ただ、もうちょっと上手くやれていれば、合格も大暴れも、どっちもできたのにって」


 彼女的には二兎を得るつもりだったようだ。俺としては楽しめたからオッケーだと言いたい。


 ただ同じ組の子たちは黙っていられないだろうなぁ。


「おいいぃぃぃぃ! イタゥリムさんなにしちゃってんのぉ!?」

「あ、ごめん」

「ごめんじゃないよ! 僕たち信頼して君に託したのに!?」

「ああ、うん。でも魔法はちゃんと出来てたでしょ?」

「確かに途中までは完璧だったけど! その後! うわぁぁぁん!」


 泣き出す平民の男子。なんかちょっと可哀想になって来たな。


「おい! お前どういうつもりだ! 交流会は内申の稼ぎどころなのによ!」


 そして、黙っていられないのは貴族も同じだった。この人は確か剣術の訓練があるとか言って、一度も授業後の討論に参加しなかった人だ。


「そうよそうよ! てかそもそも、どうしてあなたが実演役をやってるのよ! 私たち何にも聞いてないわよ!?」

「確かにそうだ! おい! 平民ども! よくもこんな大切なことを勝手に決めてくれたな!」

「ええ……でもあなたたちずっといなかったじゃないですか」

「やかましい! どうすんだよ! 俺たちの成績ぃ!?」


 まずい……かつてないほど貴族たちのヘイトを買っている。


「おお! イタゥリム! お前、よくもやってくれたな!」


 と、そこへ現れたのはリギィ殿下。怒る貴族たちと似たような反応……と思いきや、彼の表情は満面の笑みをたたえていた。


「殿下! 良いのですか!? この女、殿下が所属する組に不合格の烙印を──」

「ああ、よいよい。いいものが見られたからな」


 怒れる貴族の男子を一蹴する。


 紺反生で一番偉い人が問題ないと言うなら、これ以上一般貴族に出る幕はない。同じく不満そうな貴族生徒たちと一緒にすごすごとどこかへ消えていった。


「お前、アレ本当凄かったな。あんなに興奮をしたのは久方ぶりだ」

「そうですか。楽しんでいただけて何よりです」

「うむ、楽しめた! そうだな、俺は一度、化け物みたいな人間が目の前に雷を落とす場面を見てな。衝撃で言うと、それといい勝負だったぞ」


 言いながら、リギィ殿下は一瞬こちらをチラ見した。リア、化け物だってよ。


「まあ合格できなった時点で『優秀生』の可能性はなくなったが……俺は満足した! それだけお前には言っておきたかったのだ。ではな」


 言いたいことだけ言って、殿下はこの場を去っていった。


 そんな事情があって、その場に残された紅等生たちもイタゥリムへの文句を諦めたのだった。


 しばらくして、教師から成果発表の結果が伝えられた。


 なんと今回の交流会、『優秀生』はセイ様に決まった。自動的に『優秀組』は風の組となる。


「先生方もリューロイ様とかなり迷われたと思うけどね。でも、さすがセイ様だわ」


 そう感想を述べたイタゥリムは流石に少し、悔しそうに見えた。


 もしイタゥリムがあの花びらを散らすことなく宙に浮かべたままであったなら、『優秀生』もあったかもしれない。でも彼女はあれでよかったのだと思う。あの時のイタズラを思いついた子供のような表情はこれ以上ないくらい輝いていたのだから。

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