第205話 星火魔法

 翌朝、イタゥリムは目の下に大きな隈を作っていた。どうやら緊張してあまり眠れなかったらしい。


 いや、可愛いな。って言ってる場合じゃない。


「大丈夫ですか? 本番まであまり時間がありませんよ?」

「平気よ。少し頭がボーッとしているくらいだから」

「それ平気じゃないでしょ」

「うるさいわねぇ。あたしはこのくらい頭の冴えを抑えないと、賢すぎて周りから浮いちゃうんだからー。ふふ」


 明らかな寝不足テンションだ。このままでは拙いのはわかるが、本番の時間は本当にすぐそこに迫ってきている。もうこうなれば、休ませる方向でなくいかに本番まで彼女の覚醒をサポートできるかだな。


「お嬢さま、私がミナト様より教わった魔法で目をバッチリ醒ましてみせます。でりゃ!」

「あきゃっ!」


 パチンと彼女の指先に走る電流。どうだ、これは俺たちが初めての泊り依頼で使った強制目覚まし方だ!


「ちょっ! 痛いってこれ!」

「でも起きたでしょ?」

「そりゃ起きるわよ! 痛いんだもん! もうやめてよね!」

「ええ意識がある限りはもうしません」


 うたた寝しようとしたら容赦なくやるけど。


 俺たちはそんな攻防を繰り広げながら学園へと向かう。


「イタゥリムさん、どう? 魔法は出来た? 昨日見た時点で合格基準には達してそうだっただろ? もしかして今年は『優秀組』とれたりするかなぁ?」


 紅等生は皆機嫌がいい。彼らからすれば、イタゥリムの魔法は昨日の時点で完成レベルと大差なく見えるらしい。であれば、労せず合格が貰えると確信しているのだ。


「ふふふ、『優秀組』はそんなに甘いものでないぞ。なにせ、我が親友リューロイを倒さねばならないのだからなぁ!」


 リギィ殿下は得意げに言った。本当、この人はリューロイ様が好きすぎるよな。彼がフラれたとき絶対慰めに行くし。


「で、殿下ぁ!? 今朝もお早いですね!?」

「うむ。イタゥリムの顔でも見ておこうと思ってな──って、おいおい凄い隈じゃないか」

「ええ……楽しみ過ぎて眠れませんでした。うふふ」


 ああ、次は楽しみって路線に変更するのか。


「殿下も皆も、本番を楽しみにしておいてください。あっと驚くものが見られますよ」


 薄ら笑いを浮かべながら言った。あの、明らかにキャラ変わってるんですが。


「お嬢さま、確かに昨日の最後に見られた星火魔法は驚くほどの完成度でした。あれなら十分上を狙えますよ! 頑張ってください!」

「ん? ああ、そうね。まあ、いつも通りで頑張るわ」


 なんてことない本当にいつも通りの彼女のような反応だった。





 ついに成果披露会が始まった。いつも練習を行っていた演習場には簡易的な客席が作られ、学園の教師や父兄らしき人物が十数人程度座っている。


 彼らに見守られるように、5つのグループの実演役は演習所中央に集まっていた。これから彼らが順々に、星火魔法を空に向かって使用していく。


 空には分厚い雲がかかっているものの、花火を打ち上げるにはまだまだ明るい。ということで、学園側は教師陣を総動員して、暗雲の魔法を空へと打ち上げていた。


 そしてようやく本番の時が来た。まず一番手を任された月のグループだ。実演役は紅等生の男子生徒。彼は凄く緊張した様子で何とかトライしたものの、惜しくも発動初期に炎の輪郭が歪んでしまって不合格となった。


 そして、その次の花のグループは──その場にいなかった。


「花の組の者はまだ現れませんか!」


 貴族学級の教師が声を荒げるが、一向に花グループの生徒は誰一人出てこない。


 俺たちはこの事態について、理由を知っている。今朝、『彼女』と話しをしたのだ。


『私、同じ組の紅等生のみんなと相談して、実演役を降りることに決めたの。これは抗議の意味合いが強いかな。私たちはあなたたちの道具なんかじゃないって。内申が欲しいなら自分たちで何とかしてって』


 あまりに小さな反抗だったけれど、これからを考えると大きな一歩なのかもしれない。


「ふぅ、仕方がない。では、花組への評価は『最低』とする!」


 この苦肉の策にて、エステモたちは貴族クラスへの逆襲をひとつ果たしたのであった。


「次は風の組! 前に!」


 そして、次は風だ。風の実演役はなんと紺反生。それは俺たちのよく知るあのお方。


「はい。風の組は私、セイ・アテリアが実演役を担当します!」


 セイ様が宣言すると、あちこちからクスクス笑う声が溢れてくる。


 彼をあざけるような衆目の中、セイ様は『詠唱』をすることなく、手をあげる。すると、彼から魔力が高まるのを感じた。そして、それはスッと空へと昇っていく。


 彼が空に描いたのはデフォルメされた人の顔だった。髪色と瞳の色は黄色で表現され、また大きくて猫みたいな目に長い耳が特徴的。どこかで見たことのある美人だなーと思って、俺は思わず隣に視線をやった。


「わっ、凄い凄い! スティアだよ!」

「え、ええ……」


 この表現が正しいか分からないが、なかなか綺麗に描けている。これはできればエリー様にも見せたい光景だ。


「うむ。素晴らしい! 風の組は『優』とする!」

「ありがとうございます!」


 審査役の教師の反応を見る限り、文句なしの合格だろう。空に描いた絵の複雑さ、線の安定感、色彩、そしてそれらすべてに共通する安定感。俺たちから見ても見事だった。


 先ほどまであちらこちらから聞こえてきたセイ様を笑う声は今ではすっかり鳴りを潜めていた。おそらくこれで彼の扱いが変わることはないだろうが、認識にプラス補正くらいはかかったのではないだろうか。


 目をかけていた人がいい結果を残したことによって若干気をよくした俺だったが、本当の意味での本番はこれからだ。


「次は……リューロイ! 前へ来なさい!」


 残り2組というところで、この企画の主役と言っても過言ではない男の名が指名された。ああ、ということはイタゥリムはトリか。


 リューロイ様というあらゆる方面でレベルの高い貴公子の登場に、オーディエンスたちは先ほどのセイ様の時とはまた違った盛り上がりを見せた。


「リューロイがんばれー!」


 今の応援はリギィ殿下かな。そもそもリューロイ様を呼び捨てられる人物なんてそういないか。それにしても、リギィ殿下のなんとリューロイラブなことよ。


「では」


 そのリューロイは殿下の声援に軽く手を振るだけで終わる。そして、また教師への目線だけで、魔法の行使を始めた。


 『詠唱』はなしか。セイ様もそうだったが、ある程度のレベルになると皆しなくなるようだ。まあ、普通は練習している内に身体が魔法を覚え『魔法スキル』に進化するのだが、それでもルーティンワーク的な意味合いで詠唱を続ける人はいるらしい。彼らにはそれすら必要がないということだろう。


 そしてリューロイ様が魔法を高めてすぐ、それは空に打ちあがった。


「おおっ」


 思わず声が漏れる。彼が空に描いたのは明るい青色をメインに様々な色彩を使った紋章だった。どこかで見たことある紋章だと思って記憶を探る。これはアレだ、リアが称号を貰った時に見た王家の紋章。


「おおおおーっ! リューロイ! すごいぞ! ありがとう!」


 これにはリギィ殿下も大喜び。こういう場で王家リスペクトを演出できるのは上手いが、博打でもある。こんなのもし実力が不足して汚い紋章なんて作ろうものなら、周りからの反感は確実だろうから。しかしそこは天才リューロイ様であり、複雑な模様の安定感や色彩の豊富さは完璧を凌駕している。もしこれを『優秀』に選ばなければ、全員から反感を買ってしまうのでは、と思ってしまうほどであった。


 どうするイタゥリム。昨日の夜に見た時点での魔法は高い完成度ではあったが、それ以上となると「物足りない」と感じるものだった。


 連続で文句なしの合格が出たことで、演習所のボルテージは最高潮だ。このハードルの上りに上がったステージで、果たして彼女は輝くことができるのだろうか。


 もう俺たちには祈ることしかできない。

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