第204話 事件の真相
「……エミユン様です。ウチのスティアがその耳で情報を捉えていました。今回の裏には彼女が関わっています」
結局俺はあの襲撃の真相を彼女へ話してしまった。そうでないと身体を震わせてまで罪の告白をしたエステモが可哀想だと思ったからだ。確かに実行犯は彼女だが、情状酌量の余地は十分にありすぎる。
「え、そうなの?」
「その可能性が高いです。っと、一旦場所を変えましょうか」
今のままでは周りに人が増えすぎている。俺たちは一度校舎の中に入り、適当なサロンを見つけて中へと入った。
「で、どうなの? アンタの口から聞かせなさい」
椅子に座った途端イタゥリムは、思い出したようにギロリとエステモへ鋭い視線を向けた。
「えっと、あの……」
しかし彼女はオドオドしたまま本当のことを話そうとしない。きっと口を滑らすなとエミユン様にキツく言われているのだろう。
でも自分がこんなになってまで彼女を庇う必要はない。
「エステモ様、エルフであるスティアの聴覚は凄く優秀なのです。火球を放つ直前にあなたが言った『ごめんなさい』という言葉もしっかりと聞こえていましたよ。ついでにその後の会話もね」
「えっ……」
「だから、隠さないで話してください。悪いようにはしません。お嬢さまの鉄拳制裁からは私が守りますから」
「ちょっと!」
暴力お嬢さまの不平はこの際無視だ。今エステモには優しくしてやらないと。
「あ、あの……」
「はい、聞こえていますよ」
「あり、がとう……私は……」
すると、エステモは静かに語り始めた。
「私本当はあんなことしたくなかった……でも、エミユン様に『やりなさい』って命令されて……最初は断ったの。でも、やらないと、『白百合の園』を潰すって……」
「『白百合の園』とは?」
「私が生まれ育った孤児院……まだあそこには妹たちがたくさんいるの」
そうか、知らなかった。エステモは養子だったのか。
そしてそんな大切なものを盾にするなんて、酷いことをするもんだ。
「その孤児院はこの街にあるのですか?」
「う、うん」
「そうですか──お嬢さま、いくら影響力のある貴族とはいえ、他家の人間が公爵領にある施設を潰すなんてことは可能なのでしょうか?」
「無理ね。実家やお仲間の貴族家が治める街ならともかく、ここは他領で国すら違う。それにここを支配するリブリアン公爵は魔法派だから、いくら多少の資本が入っているとはいえ、孤児院みたいに公共性の高い施設を剣武派のエミユン様の家が好き勝手出来るなんてことはまずありえない」
俺が尋ねると、イタゥリムは即答した。そりゃそうだと思ったよ。
「え、そうなの?」
「そうに決まってるでしょ? むしろどうして脅されたとき気づかなったの?」
「でも、だって、エミユン様はなんでもできるからって……その証拠に、紺反生で彼女に逆らう人はいないし……」
エステモは自信なさげに答えた。
エミユン様は相当な人間だ。あらゆる言葉を使って、言葉巧みにエステモを脅したのだろう。跳ねっ返りのつよいイタゥリムならまだしも、孤児院出身のエステモならそれに屈してしまっても何ら不思議ではない。
「…………わ、私はとんでもないことを」
そして、自分に対する脅しが完全に意味をなさないものだったと知った彼女の心は、思い出したように自らの罪にその大部分を占領されてしまうのであった。
「それはそうね。人に向けて魔法を放つだなんて、この街では軍人以外に許されていないわ」
「……っ!」
そ、そうなんだ。リアには気を付けさせなければ。
じゃなくて! 今はエステモだ。彼女は今にも壊れそうなくらい悲痛な顔をしている。涙だって、何とか理性が抑えているような状況だろう。
俺は正直そんな姿を望んでいない。泣き顔も正直そそるけれど、やっぱり女の子は笑った顔がいい。
「お嬢さま、あまりエステモ様を責めないでください」
「いやでも本当のことじゃない」
「そうですが、彼女の放った火球魔法は
「まあ……確かに」
ここでリアが向日葵の身体をそのままそっくりパクったことが生きてくる。純日本人である向日葵は、大方がそうであるように真っ
そう、今までまったく気にもしていなかったのだが、今の見た目は他人から見れば魔法の才のない最低位に映っているのだ。
まあ実際は≪黄昏≫の魔力を込めて最強の障壁を貼ったわけだが。
「というかそもそも≪黒≫で障壁魔法って使えるの?」
「使えます。……が、これ以上は話が逸れるので話を戻すと、エステモ様は最初から私に怪我を負わせるつもりはなかったはずですよ。火球だって、すぐ顔の近くまで接近していましたが全く熱くなかったですし。そうですよね? エステモ様」
「勿論だよ! 私の魔法が誰かを焼くだなんて、考えたくもない! 見た目だけはそのままで、かなり熱を抑えた偽りの炎を作ったつもり」
「ならばそれは
いや、だって攻撃以外の魔法も人に向けるなって話になると、治療魔法とかも使えなくなるし。
「なにそれ……てか、アンタさ、さっきからどうしてこの件を有耶無耶にしようとするのよ」
すると妙に勘のいいイタゥリムに意図がバレてしまう。でもバレてしまったなら仕方がない。彼女には現実を突きつけてやらねば。
「そんなの決まってるでしょう! 時間がないんですよ! 本番まであと何時間だと思ってるんですか!?」
「あ……」
もう夕方が近い。本番は明日の朝だ。まだ彼女の星火魔法は途中で輪郭がブレるという重大な不具合を抱えているではないか。
「今更気が付いたって顔をしてますね。一応私、何度か言ったんですけど」
「だ、だって」
「頭に血が上ってたんでしょう? まったく……」
俺は呆れたように肩をすくめる。すると、そのまま反省すると思っていたイタゥリムの目はまだ何かを訴えようとしていた。
「あのね……怒るくらいいいじゃないのよ……」
「……え?」
「だって、大切なアンタが攻撃されたのよ? どうして冷静でいられるって言うのよ!」
あっあっ……え? えっ?
「あの、それはありがとうございます?」
「なんで疑問形なのよ! もういい! わかったでしょ? あたしは従業員のことを第一に考える優良な雇い主なんだから!」
「そ、そうですねー」
ヤバい……イタゥリムがいい子過ぎて普通に時めいてしまった。
「じゃあ、まあ、感謝の気持ちを伝えたところで、早く魔法の練習を再開しましょう」
「……わかったわ。エステモ、首根っこ掴んで悪かったわね。今回の事はヒマワリとアンタの間で終わったってことにするから」
「う、うん、ありがとう……」
「エステモ様、次またエミユン様に何かさせられそうになったら全力お断りください。それで揉めそうなら、先生やリギィ殿下、リューロイ様に相談してみてください。あなたなら親経由で繋がることができるでしょう?」
そう言い残して俺たちは再び演習場まで戻った。
それから日が暮れるまで彼女の練習に付き合い、そして完全に学園の門が閉まる時間ギリギリのタイミングでその時が来た。
「はっ!」
イタゥリムから魔力が高まるのを感じる。もはや彼女は『詠唱』を必要としていなかった。長ったらしい口上なしで、夜空に完璧な大輪を浮かべてみせたのだ。
「で、できた……!」
わなわなと震えるイタゥリム。
「やったー! すごーい!」
「おめでとうございます!」
「やりましたね! ……じゃあ、帰りましょう」
俺たちは3人揃って祝福する。そしてその流れで彼女の腕を引っ張った。
「ちょちょちょっ! もっと浸らせなさいよ!」
「いや、もう閉門の時間です。遅れたらきつく叱られますよ」
「うぅ……折角頑張ったのに!」
「まあまあ、喜びは明日の本番に取っておきましょう」
それから俺たちは急いで外門で控えるナユタン商会の馬車に乗り込んだ。流石にここまで来ればこちらのものだ。
イタゥリムはシートにドカンと腰を掛ける。
「お嬢さま、お疲れ様です」
「ええ。アンタたちも遅くまでご苦労だったわね」
「まあ、私たちは何もしてませんが」
立っていただけだ。でもアトリやスティアには結構辛かったかもしれない。ふたりとも帰ったらリアに回復魔法をかけてもらおう。
「正直に言うとね、今年の交流会は凄く楽しいわ」
「それはよかったですね」
「全部、アンタがいてくれるおかげよ」
……だから、急になんなん。
「なんですか? 明日で終わるからって浸っているのですか?」
「ええそうよ。あんたがいなくなったら、またつまんない日々が始まるからね」
「いや、私、そこまで面白人間なつもりはありませんけど」
どうだろう。俺が成るがままに演じている『ヒマワリ』というキャラが妙にイタゥリムという人間にマッチした事実は否めない。だが、基本的にはイタゥリム自身がもたらしたものだろう。
「面白いのはあなたのほうですよ、お嬢さま。何度も言いますけど、あなたのその猪突な性格は大変好ましい。例え相手が私じゃなくても誰だって楽しくやっていけると思います」
「そうかしら……」
「ええ、相手が誰だろうと、あなたの速度に巻き込んじゃえばいい。そうしたら、皆楽しくなります」
それはお世辞でも何でもない、ただの本心。だってそうだろう? 貴族の園に亜人まで連れ込んで人の気を引こうとする。こんな奴がおもしろくないわけがない。
きっとエミユン様だってイタゥリムが本気出せば、彼女を気に入ってしまうだろう。イタゥリムとはそういうある種のカリスマ性のようなものすら持ち合わせていると思うから。
でもまあ、これ以上はゴマすりみたいになるから言わないけれど。
「そっか」
目も合わさないで、イタゥリムは呟いた。
「ねぇ、明日なんだけど」
「はい?」
「あたし、ちゃんと輝けるかしら」
「はい。あなたがあなたを貫けば、必ず」
「そう」
しばらくして、馬車はナユタン商会の屋敷へ到着した。
今日はもう遅い。お嬢さまだけを屋敷で降ろし、俺たちはそのまま宿まで送ってもらえることに。
ということで一足先に馬車を降りたイタゥリムとはお別れ。
『あたしがあたしを貫いて、もっと楽しく』
屋敷の奥へ向かいながら、彼女はそんなことを呟いていた。
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