第202話 目標へ向けて

「あたし、優秀生目指すから、実演役は任せてくれるわよね?」


 翌朝、イタゥリムは同じグループの紅等生たちへそう告げた。


 イタゥリムが『優秀生』となる為には、本番で実際に魔法を行使する実演役に抜擢されないといけない。勿論、この中で一番成績のいいイタゥリムは喜んでその役を任せてもらえるだろう。しかし、他の紅等生たちが食いついたのはまた別のところだった。


「優秀生!? 何言ってんだ無理に決まってるだろ!?」


 まあ、それも当然と言うべきか。


「なんでよ。そんなのわからないじゃない」

「あのね、このイベントはリューロイ様の為にあるようなものなんだ。君も去年参加してるなら知ってるだろ?」

「ええ。去年『優秀生』と『優秀組』の称号をとったのは確かにリューロイ様だったわね」


 リューロイ様はアイロイ様譲りの魔法の才を有しており、あの歳で数多くの魔法を行使できるという。当然交流会レベルの魔法なら授業を受けずとも使え、その優秀さが故に、彼がグループに入ると周りは何もせずとも試験に合格してしまうという圧倒的不平等を生み出してしまう。だから彼はひとりでグループ扱いだ。そういえば、彼だけグループ分けの時、どこの島にもいなかったな。


 そんな話だけを聞くと、リアみたいな小娘一人にビビり散らしていた人とはまるで思えない。


「でも、それってただ去年一番上だっただけじゃない」

「いやいやいや、あの魔法の完成度の高さを見せられてよくそんな考えになるね!?」

「アンタがビビりすぎなのよ。あたしだってやればあれくらい」

「おい、それ以上は言葉を慎め……不敬にとられかねないぞ」

「わかったわよ……」


 そう言われると流石のイタゥリムもその強気を引っ込めざるを得ない。


「なんにせよ、この中じゃあたしが一番成績上だし、実演役で何の問題ある?」

「……いや、ないが」


 同じグループであるイタゥリムが魔法を完成させることができれば、例え優秀組でなくとも成績に加点となるのだ。やる気と実力のあるイタゥリムが実演役を担うことに反対意見は出てこない。


「他の皆は?」

「俺たちには異論はないが……その、紺反生の方々は……」

「ああ、あたしたちの組って誰も残ってないもんね」


 反論が出るとすれば、イタゥリムが目を付けられている一部の貴族たち。だがヤツらはこの授業に無関心だ。わざわざ許可を取る必要はないだろう。そんな風に簡単に考えていた俺たちだった。


「──いや、俺がいるが?」


 が、次の瞬間、思いもよらない人物から反応があった。


「え?」

「で、殿下!?」

「ひっ!」


 突然現れた最強プリンスの出現に紅等生たちは大慌て。


「お、おはようございます殿下……どうしてこんな朝早くに? まだ紺反生の方々は誰も来られていませんよ」

「うむ、おはよう。公務で忙しいこの身だが、折角今年は交流会に参加できたんだ。少し早く来て、君たちと親交でも深めようとするのは不自然なことか?」


 そういえばこの人、つい数か月前は王都ラピジアにいたんだよな。それがどうして今この学園にいるのかは分からないけど、王子様的には学園に通えるのは結構特別であるようだ。


「で、だ。朝早くから熱心に話し合う君たちの声を聞いてみれば……なかなか面白いことを口にしていたではないか。イタゥリムよ」

「…………」


 じっと、殿下に見据えられるイタゥリム。それに対して彼女はどっしり構えて迎え撃つ。


「ちょっとイタゥリムさん!? 謝罪とかした方いいんじゃないかな!?」

「は、なんで? あたし、何か間違ったこと言った?」

「いや……」

「じゃあ謝罪する必要はないでしょ。むしろ身に覚えのないことでいちいちペコペコされる方が鬱陶しいと思うんだけど?」

「ハッハッハッ! その通りだ!」


 笑い飛ばすリギィ殿下。凄いぞイタゥリム! 今の彼女は一国の王子様に引けを取らない覇気だ。


「しかし、だ」


 イタゥリムの言葉を笑っていた殿下だったが、次の瞬間眉を歪めて声を低くした。


「優秀生を取る、と確かに言ったな?」

「は……い。言いましたっ」

「それは我が親友、リューロイに打ち克つということを意味するが、その認識で合っているか?」

「あってい……ます! あたし、勝ちたいんです。誰よりも輝きたいんです」


 凡そ平民ひとりにぶつけるべきではない圧力をイタゥリムへ食らわせた殿下だったが、彼女が動じないのを受け、段々とその力を弱めていく。


「そうか……」


 そして──


「ならば、俺も認めよう。お前が実演役をやれ、イタゥリム」

「はいっ!」

「そしてやるからには必ず我が親友を下し、『優秀生』の座を勝ち取るのだ!」


 こうしてイタゥリムはリギィ殿下のお墨付きの元、『優秀生』を取るための参加券を得た。





「宣言したはいいものの、残された時間はあまりないわね……」


 星火魔法の練習に使える時間は4日目の放課後から最終日朝の本番前まで。その限られた時間で、彼女は的を絞って適切な練習をしなければ。


(ミナト、言っておくけど私は今回何もしないからね)

(わかってるよ。お前の力を借りたら意味がない)


 これはイタゥリムの才能を世に示すことが目的だ。だから俺にできることはいかにして彼女のパフォーマンスを向上させるか。


「お嬢さま。ぶっちゃけ今、星火魔法を使うとしたら、完成度はどんなものでしょうか」

「そこなのよね。ハッキリ言って去年と同じ感覚だと、試験合格レベルくらいの魔法は既に使えるのよ」

「なんと!」


 平然とした顔でイタゥリムは言ったが、当然それは平凡なことでない。何故ならまだ4日目の授業がまだ残っているからだ。すなわち、魔法完成に必要な知識を彼女はまだ得ていないはずなのだ。


「予習は基本でしょ。あたしの家にはパパの力であらゆる魔法の文献が揃えてあるの」

「さすがお金持ち!」

「ええ、パパの力もあたしの力なんだから。……でも今のままじゃダメ。おそらくリューロイ様の魔法はすべてが一級品よ」


 評価基準を星火魔法で予想するなら、発動時間の長さ、色の鮮やかさ、炎の形がブレずに安定しているかどうかといったところだろう。リューロイ様ならすべて最高の水準に仕上げてきそうだ。


「まあ、搦め手なんて存在しないから、真向からぶつかるしかないんだけどね。あたし、今日の授業は聞かずにずっと星火魔法の暗唱しているから、何かあったらアンタが全部サポートするのよ」

「は、はい」


 そんなわけで今日の方針は決まった。午後までは『詠唱』の暗唱による、魔法術式の仮組。午後になって演習場が使えるようになったら、いよいよ実際に魔法を行使しての訓練だ。


 リアと一緒にいるからこそ俺にもわかる。魔法の訓練に一番大切なのは、己の魔力の管理だ。いくらイタゥリムの魔法位が≪金≫と高いからと言って、午後の時間ずっと魔法を使いっぱなしというわけにはいかないだろう。よって限られたリソースを効率的に運用するため、なるべく行使する魔法のシミュレーションを綿密に済ませておかなければならない。


 つまり今日、彼女に無駄な時間などまったく存在しないということ。俺たちがサポートしてなんとか彼女がベストパフォーマンスを出せるようにしなくては。


 と、使用人としてのやる気を滾らせて授業に挑む。案の定、4日目の授業はイタゥリムにとっては既知の情報だったらしく、早々に気持ちを詠唱の暗唱に移すのであった。


 そして授業が終わり。


「よしっ、演習場に行くわよ!」

「えっイタゥリムさん!?」

「悪いけど今日は討論をしてる暇はないの!」


 そう紅等生の皆へ言い残して、颯爽とその場を後にする。


 いい勢いだ、と思った。まだまだ全然成功する根拠なんて揃っていないが、一生懸命走るイタゥリムの表情は輝いていて、もはや客観的に見れば彼女の本懐を遂げているようにも思えるくらい。


「さて、じゃあ始めるわよ! 打倒、ヒマワリなんかを好きになったあの変人!」

「おいこら」


 人の名を隠語みたいに使う横暴を許すべきか、俺は小一時間悩んだ。

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