第201話 イタゥリムの覚悟

 交流会が始まって3日目が既に終わろうとしている。


 今日も朝から昼過ぎまで授業を受けて、その後グループの平民学級の子たちと魔法の相談をして、演習場で魔法を試す。それが終わればすっかり日が暮れていた。


 イタゥリムの婚活はこれっぽっちも進展していない。エミユン様に目を付けられているのが効いているのか、その辺の紺反生の男子はイタゥリムと目を合わせようともしないし、何ならエミユン様と一緒になって彼女を笑う者だっている。ムカつくが、そういうレベルの低いヤツらを振るいにかけられたと思うしかない。


 とはいえ、イタゥリムに対して差別意識を持たずに話をしてくれる貴族は、リギィ殿下やリューロイ様などの高位貴族、後はセイ様くらいか。殿下はまずありえないとして、リューロイ様も立場が高すぎて厳しそう。となると、セイ様くらいしか婿候補がない。


「お嬢さま、セイ様はいかがでしょう」

「は? なに、突然」


 学園から帰宅する馬車の中で聞いてみる。


「いえ、その、お嬢さまのお相手のことです」

「えっ、ああ……そういうこと」


 彼女は気のない返事を寄越した。凄くどうでもよさそうだ。おいおい、大目標だったのでは?


「この数日間、多くの紺反生を見てまいりました。しかしそのほとんどがエミユン様の影響下にある者ばかりです」

「ええそうね。エミユン様の生家はなんだかんだ歴史の深い家だもの。その影響力は計り知れないわ」

「ええ、なので正直お相手には向かないかと。あと、アトリに色目を使う者が多いのが気に入りません」


 と、ウチの子が申しておりました。


「それは知らないけれど……まあ、わかったわ。だからセイ様はどうかって聞いてきたのね」


 色々小賢しいイタゥリムだが、その実は意外と裏表のない純粋な人物だ。だからこそ、同じく純朴なセイ様と合うんじゃないかと思った。


「んー……でも、あたしって平民だし、セイ様のお相手となると……」

「はい? 今更何を言ってんですか。あなた、お貴族様の婿を探しているのですよね?」

「まあ……そう、だけど」


 なんだか歯切れが悪い。一体どうしてしまったんだ。


「あのね、昨日セイ様と話した後、アンタさ、あたしに聞いたじゃない? 自分の子供をあんなところに放り込みたいのかって」

「あっ、はい」


 確かに言った。軽い気持ちで聞いた事だったが、俺の本心もあった。だって聞けば聞くほど貴族学級なんていいものではないと思ったから。


「アンタにそれを言われて……いや、セイ様とお話させていただいたくらいから少し考えていてね。あたしって本当に貴族と結婚したいのかなって」

「そうですか。なんというか、その……すごく今更ですね」

「まあ……ね」

「それで、考えた結果、どういう結論になったのですか?」

「うん。その、アンタの予想通り」


 そうか……。でも正直そんな気はしていた。だって俺なら絶対に自分の子供をあんなところに入れたくはないから。


 きっとイタゥリムも最初は単なる思いつきだったのだろう。しかし彼女自身のプライドやかけた金の多さもあって、振り上げた拳を下せない状況になっていた。……そんなところかな。


「まあ、そういうわけで、アンタたちが学園まで同行する理由はもうなくなったわ……だから、その……もうエルメルトンを連れてご主人様のとこ帰ってもいいわよ」

「お嬢さま……」


 こんな形で目的を達成してしまうとは。


 やったー! なんて手放しでは喜べない。貴族へのこだわりが無くなった今、イタゥリムにはこれ以上学園に対して憂いはないはずなのに。


 ……まあ、そういうことだよな。


 これが嫌いな人間ならさっさとリアママを連れてこの街を出るところだが、俺たちはもうすっかりイタゥリムに対して親しみを覚えてしまっている。なら、せめて決められた期間くらいは付き合いたいじゃんか。


(リア、いいよな?)

(うん。ミナトの好きにして。どうせあと2日のことだし)


 今すぐに母親の顔を見たいはずのリアも、俺の考えに賛同してくれていた。


「お嬢さま。私たちは最後までお付き合いさせていただきます」

「はぁ? なんで」

「なんでって。交流会の途中でエルフや使用人が消えるとか、周りに変な噂流されますよ?」

「うぅ……確かに。で、でもあたしが恥かこうが、アンタには関係ない話じゃない!」

「関係なくないです。私、あなたが好きになってしまったので」

「ハァッ!?」


 どデカい声を出されてしまった。いや、確かに今のは言葉選びを間違えたかもしれない。


「失礼。そういう意味ではなく、人としてあなたの事を気に入っているという意味です」

「そ、そういうこと」

「はい。だから、せめて交流会の最後までは一緒にいさせてくださいよ」


 俺がそう言うと、イタゥリムは唇を丸めて押し黙ってしまう。

 

 そしてしばらくの後、ようやくイタゥリムはその口を開いた。


「……アンタ、変わってるわよね」

「え、そうですか?」

「そうよ。あたしはね、自分で言うのもアレだけど、性格が悪いの。強引だしワガママだし負けず嫌いだし。こんなあたしに懐くなんて、変わっているとしか言いようがないわ」

「いやいやそんなこと……というか、それは性格が悪いとは言いません」


 それらは全部ヒロインが持つべきキャラ付け特徴だ。決してマイナスなもんじゃない。


「でもでも、あたしはこんな見た目だし、普通の人間なら関わりたくないはずよ」

「お嬢さまって、たまーに自虐モード入りますよね。それやめませんか」

「あ、あたしだって、別に好きでこんな感じになったわけじゃないのよ! でも、あたしたち『血樹けつじゅ』はいつだって他人から指を刺されながら生きてきたから、油断してるとすぐにこういう思考が出てきちゃうの」

「血樹……」


 その言葉にいくらかの聞き覚えがあった。確か交流会で貴族の男がイタゥリムへ向けて口にしていた言葉だ。その言い様からイタゥリムやギシカフのようなシェパッドの原住民を表す言葉なんだろう。


 しかし、ナユタン商会の彼らやこの街まで一緒したピィリーナちゃんなど、当の異民族である人間の口からその言葉を聞いた記憶はない。だからこそ俺たちはその正確な意味を知らなかったのだが、決して彼女らにとって良い意味でないことがわかる。


 俺たちは亜人として純人間社会で生きた経験がないので、彼女のように、あからさまな差別を受けながら生活をしたことはない。だからその苦しみが自分のことのようにわかるとは言えない。


 これはあくまで俺の勝手な想像になるのだが、そんな抑圧された環境で育ったからこそ、イタゥリムの跳ねっ返りのような性格が出来上がったのではないだろうか。俺が自分で言ったように、その力強い性格は正直嫌いじゃない。例えそれが負の遺産であったとしても。


 だからこそ、強気で固めた彼女の殻にできた大きな亀裂を埋めてやりたいと思った。


 そしてその方法を俺は既に思いついている。


「もういいでしょう、お嬢さま。はっきり言います。私たちはあなたともっと一緒にいたいのです。どうか、最終日まで帯同することをお許しください」

「え、ええ……そこまで言うなら勝手にしなさい」

「ありがとうございます……では、早速お嬢さまのお供として提案がございます」

「はぁっ? 今度はなに!?」

「交流会の最終日に行われる星火魔法の成果披露会にて、『優秀生』の称号を勝ち取りましょう」


 俺は困惑する彼女へそんな提案をした。


 『優秀生』──その名の通り、課題となった魔法の試験において一番素晴らしい結果を残した生徒に贈られる称号である。これはグループ単位で送られる『優秀組』の称号とは違い、1年でたった1人だけが得られる。勿論、称号といってもリアがもらったような社会的価値のあるものではないが、学園での成績には大きくプラスとなるらしい。


「急に何を言い出すのかと思ったら……意味がわからないわ」

「いえ、このまま何も成し遂げることなく別れるのは嫌だなと思いまして」


 俺が思うに、イタゥリムに必要なもの。それは他でもない『自信』だ。それも、貴族をも圧倒する実力を持っているという自信。


 元々イタゥリムは魔法にしても学問にしても、他人から馬鹿にされないよう必死に努力を続けてきた。そして、それが彼女の強気を支える要素のひとつであり、俺が最も尊いと思う彼女の長所である。だから、彼女にはそこを突き詰めてもらいたい。


「だからって『優秀生』は無理よ! そもそも星火魔法が同じ組内で完成するかもわからないのに……」

「そこは頑張りましょう。勿論、私も付き合います」

「なんでよ……そこまでする理由はなに?」

「見せつけてやるためですよ。お嬢さまを馬鹿にした貴族共に『お嬢さまが一番輝いてる』ってね」

「それって……」


 イタゥリムはハッとした表情になった。


 「一番輝く存在」


 それは彼女が交流会の初日、口にしていた言葉だった。当時はエルフを連れているだけでそういう気分に浸っていたのだろう。しかし、今度はそんなブランドモノで固めたような姿ではなく、彼女のありのままの才能で輝くのだ。


「どうせ迎えるなら、私は最高の別れにしたいです。お嬢さまは違いますか?」

「なによ……そんな、あたしを乗せようったって……」


 口では反抗しようとしているものの、彼女の目は「やりたい」と言っている。それでこそイタゥリムだ。


「やりましょう」


 俺は手のひらを差し出して、追い打ちをかける。


「くぅっ……し、仕方ないわねぇっ! それなら家に帰ったら早速火炎魔法の研究をするわ! アンタたちも付き合いなさい!」


 イタゥリムはその手を勢いよく取った。そうだ、そのパワーであの陰鬱な学園をぐっちゃぐちゃにかき乱してくれ。

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