第200話 セイ

 セイ。アテリア家で出会ったイオウ様、ロシィ様夫妻の子供だ。ロシィ様譲りの童顔で優し気な目が特徴の彼は、朽葉色の髪と≪翠≫の魔法位を持つ。


 こんな可愛らしいショタっ子がいつかイオウ様のような長身男になってしまうのか……。


 まあそれはともかく挨拶を済ませよう。


「はじめまして、セイ様。私はヒマワリと申します。こちらは……」

「アトリです」

「スティアと申しますわ」


 セイ様へ順番に名乗りをあげる。その彼はぽかんと口を開けて、スティアの顔に視線を釘付けにしていた。


「い、今、スティアといいましたか?」

「え?」


 セイ様は明らかにスティアを知っているような反応だったが、当のスティアは頭を傾げている。


「このスティアをご存じなのですか?」

「勿論です! スティアは我がアテリア家にいたエルフですので! うわ、そうなんだ……紅等生の人が連れてるエルフってスティアのことだったんだ……」


 後半はエルフである俺たちにしか聞こえないほど小声だった。しかし、何か感動を覚えているのはよくわかる。


「僕、スティアに会うのが夢だったんです!」

「ゆ、夢ですか」

「ええ! 昔、おばあ様がよく似顔絵と一緒に彼女の話をしてくれました。美しくて品のある素晴らしいエルフだと聞いています! 一度会ってみたかった!」

「エリー様が……」


 あの人、孫にそんなことを吹き込んでいたのか。まあ、そのスティア評は実際その通りですけども。


「今は訳あって家を離れているけれど、いつか絶対に取り戻すんだって、いつも言っていました」

「そうだったのですか」


 その事実を知ったスティアはどことなく嬉しそうだ。スティアにとってエリー様は母……いや、親友のようなものだ。その元を旅立った今でも、彼女を想っていることは言うまでもない。


「つい最近ですが、実家から手紙が届きました。どうやら僕が学園にいる間、アテリア家では大変なことが起きていたようですね」


 大変なこと。それは勿論いい意味で。セイ様もその認識なのか、表情は柔らかい。


「あなたがお仕えしているというのは、我が故郷を救ってくれた冒険者ミナト様ですよね?」

「は、はい」

「そうですか……よかった。今、シェパッドにいらっしゃるのですか? それなら是非ご挨拶に──」

「あ、ああっ! そのっ、ご主人様は今魔法の研究で部屋に籠っているので……えっと……」


 まずい……この期間に『冒険者ミナト』として動くなんて、リスクがデカいのであまりやりたくない。


「そうですか。では、期を伺わせていただきます」

「はいぃぃ……」


 セイ様がめちゃくちゃいい人でよかった!


「それにしても、流石『魔女』と呼ばれるだけあって、ミナト様は魔法に長けているのですよね? 父の書いた手紙には雷を王都に落としたとあります」

「え、ええ、まあ……」


 王都に雷を落とす。字面だけ見たら神様みたいなことをしているよな。


「凄いなぁ……僕はここを主席で卒業した母に憧れて学園に入ったはいいものの、一度も一番を取ったことがないんです。これでは実家に戻った時、母になんと報告をすればいいのか」


 セイ様は苦笑いを浮かべた。


 紺反生だと、一番はやっぱりリューロイ様かな。だとすれば、セイ様が主席を取るのはかなりの挑戦となる。


 でも、セイ様。リアが彼の母であるロシィ様と話した感触から言うと、彼女は別に一番にこだわるような人間ではないと思う。穏やかな人だったしね。


 むしろ、ロシィ様がセイ様のことで気に掛けるとすれば、つま弾きにされている今の彼の状況だろう。だって従者すらいないんだぜ?


「あの……大変失礼なことをお伺いしますが、セイ様はどうして供を誰一人お付けになっていないのでしょうか? もちろんアテリア家の経済状況は存じております。しかし、それでもご子息の使用人を用意できないなんてことはないはずでしょう?」


 王都のアテリア家屋敷にすら結構な数のハウスキーパーさんやメイドさんがいたんだ。大切な子供に1人も付けないってのはおかしい。


「いや、えっと、その……実は、前まではいたんです」

「あれ? そうなのですか」

「はい。ですが、その……辞めちゃって。その前もすぐに」

「えっとそれは」

「どうやら、ですね……アテリア家に仕える使用人は宿舎の共同設備を使わせてもらえなかったり、他の家の使用人に意地悪をされたりするみたいで……」

「は?」


 え、なにそれは。クッソ陰湿だなこの学園は!


「貴族宿舎では家の力がそのまま共同生活においても成り立つと聞いたことがあるわ。きっと特に偉いヤツがセイ様に嫌がらせするため、使用人にもそんな仕打ちをしているんでしょうね」


 後ろからイタゥリムが耳打ちしてくる。なるほど、権力者ね。


「特に偉い……というと、殿下が? それともリューロイ様?」

「いえ、彼らはそんな下らない権力ごっこに興味はないでしょう。やるとすれば……」


 イタゥリムがその名前を口にしないことで、その正体がわかる。きっとエミユン様だ。流石は権威主義貴族の子弟。


 轟轟と俺の怒りは燃え盛り始めた。


「あ、あの……僕ならいいんですよ。どうせ使用人にやらせることなんてそう多くありませんし。それに今はそんなことに神経を使いたくないのです」


 しかし、セイ様はハッキリとそう言い放った。その結果、俺の独善的な感情は一瞬で吹き飛ばされてしまった。毒気を抜かれてしまったとも言う。


「今はですね、毎日新しい魔法に出会える授業が凄く楽しいんです。詠唱を覚えて練習する時間だって大好きですし、本当母を真似てこの学園に入ってよかった!」


 そう語る彼の表情はアテリアで見た彼の母を思わせた。リアやアイロイ様にも共通する、好きなものに夢中になっている人間の顔だ。


 これを見せられてはもう何も言えない。


「そうでしたか。申し訳ありません、出過ぎたことを口にしてしまいました」

「い、いえ! 恩人のお付きの方にそこまで心配していただいて、こちらこそ恐縮です」


 セイ様と話していると、貴族の子弟を相手にしている気にならない。おそらくロシィ様譲りの穏やかさと、こんな萎縮せざるを得ない環境で過ごしてきたことが影響しているんだろう。


 なんにせよ、今日はセイ様としっかり話せてよかった。あんな純粋な少年には是非本懐を遂げてもらいたいものである。


 まあ、それはそれとしてあのエミユン様とかいう貴族の所業は少々目に余る。今セイ様自身は特に被害を受けていないが、いつ取り返しのつかない事態が起きるかわからない。その時の為に何か手を考えておかないと。


 俺たちはセイ様と別れると、すぐに帰路へと着く。


「今更ながら、お嬢さま。あなた、自分の子供をあんなところに放り込みたいのですか?」

「…………」


 その途中に、ふと湧いてでた疑問にイタゥリムは何も答えなかった。きっと今まで憧れだけが先行して彼女を動かしていたのだろう。だが、貴族の仲間入りを果たすということは、こういった泥沼に浸かる覚悟も必要なのだ。

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