第199話 とある貴族の男子

 その日の授業が終われば星火魔法開発のための討論の時間が設けられる。今日はメインで火炎魔法を教わったので、どのように星火魔法に生かすか、グループで知恵を出しあう必要があるのだが……。


「ごめんなさい。わたくし、この後お茶会の予定があるので、ここで失礼いたしますわね」

「あっ、俺も剣術の稽古があるんだ。あとは頼むよ」

「えっ」


 まだまだ必要な魔法の知識は揃っていないとはいえ、授業の一環である討論を蹴飛ばし、各々の予定を優先し足早に講堂を後にする貴族生徒たち。そしてそれを止めようともしない教師。


「これ、いいんです?」

「いいに決まってるでしょ。彼らは忙しい忙しいお貴族様なのよ?」


 皮肉交じりにイタゥリムは言った。それもそうか。彼らは一応魔法学園に所属してはいるものの、魔法を身に着けることが目的ではない。


 イタゥリムからの情報によると、この学園にはアンチ魔法士の剣武派貴族家出身者すらいるそうだ。魔法学園ってなんだよ。


 いつかアテリアでイオウ様が言ってたっけ。「貴族の子息令嬢同士がコネクションを作る場」だって。それなら、グループワークに全く協力的ではないところに納得がいく。だって魔法も平民との交流も、全部どうでもいいんだから。そりゃあパスするに決まっている。


「しかし、ちらほらと残っていらっしゃる方もおられますね」

「そうね。まずはああいうの」


 イタゥリムの視線を追う。そこには紺反生の男たちに囲まれたエステモの姿が!


「うわぁ……すごいモテっぷり」

「そうでしょうね。親はドンエス侯爵にも一目置かれている魔法学の権威。それにあの子のはアーガスト貴族の血筋らしいの。婚約者のいない下級貴族なら真っ先に狙うのもおかしくないわ。……それに、見た目も良いしね。あたしと違って」


 己の口からエステモを褒める度に彼女の陰は小さくなっていく。そうか、なんだかんだ華やかな彼女のことをコンプレックスに感じていたんだな。


「……なに、その顔」

「いえ、その、可愛いなと思って」

「……はぁっ!? なに!? アンタやっぱりあたしのこと狙ってんの!? 女同士って時点でアレなのに、偏食が過ぎるでしょ!?」

「いやいやいや単にギャップにグッときただけですよ。というか、偏食ってなんですか」

「……だってほら、あたし凄く顔赤いし、背だって男より高いし」

「私だって照れたりお酒を飲んだ時、同じくらい顔が赤くなります。それと大差ないでしょ? 背だってスーパーモデルみたいでカッコいいじゃないですか」

「何言ってんのかわかんないわ……」


 照れ顔は一枚絵における最高のスパイスだ。常時それってお得じゃん?


「というか、突然自信無くすのやめてくださいって。いつも通りで行きましょ!」

「……そうね。あんたと話してるとなんか馬鹿らしくなってきたわ」

「はいはい。それで、エステモ様をナンパ……じゃなくて、お誘いの方々以外には?」


 俺は無理やり話しを変えさせた。おそらくイタゥリムのような人物は後ろを見ても碌な事はない。猪突猛進、彼女の気の進むままにやりたいことをやるべし。


「ああ、将来専門課程に進むことをお考えの方々よ。魔法の実力はあたしたちよりもずっと高くていらっしゃるわ。──ほら、リューロイ様も残っていらっしゃる……ぷくく」

「お嬢さま……頬をつねってもよろしいですか?」


 仕返しのつもりか? ほんとマジでその名前を出さないでくれ……。授業時間丸々引きこもって、ようやく立ち直ったっていうのにさ。


「やめなさい! ……それで、そういった方々の他にも……ほら、そこにおられる方のような貴族様も残っていらっしゃるわ」


 イタゥリムの視線を追う。他所のグループが固まって座っているエリアに、ひとり貴族の制服を着た背の低い男子生徒がいる。多くの貴族がたくさんの従者を連れている中で、彼だけがひとりきりだ。


「えっと、あの方は?」

「はぁ? なんでアンタが知らないのよ」


 真顔で呆れられた。いやそう言われましてもわたくし貴族に知り合いなど、そうおりませんことよ。


「あの方はセイ様といってね、アンタのご主人様と縁の深いアテリア子爵の孫にあたるお方よ」

「えっ!」


 あれが!? ……と驚くのは失礼にあたるだろう。イオウ様の息子が学園にいるという話を彼から聞いていたが、まさか従者も連れずひとりぼっちでいるとは思わなかった。


「あんまり大きな声では言えないけどね、どうやらセイ様は紺反生の中でつま弾きにされているらしいの」

「え、どうして……」

「そんなの決まってるでしょ? 落ち目も落ち目のお家で、一時期は領地の運営に王家が介入するとすら噂されていたくらいよ?」

「はぁ……」


 王家が介入云々は初耳だったが、落ち目であることは知っている。何せ、領主本人がそう言っていたのだから。


「でも……えっと、私のご主人様のおかげでアテリア家はマジックバッグを取り戻しましたし、評判は下げ止まったと言ってもいいのでは?」

「それがそうもいかなくてね」


 イタゥリムは肩をすくめる。


「勿論あたしのパパみたいに耳の早い人間なら、とっくにその情報を得ているでしょう。情報が商売道具みたいなものだからね。でもここはアテリアどころか、ラピジアですら遥か遠くの地なの。まだまだ情報は浸透しきっていないわ」

「そ、そうだったのですか」


 マジックバッグが戻ったと知らしめるため、わざわざ記者会見的な場まで設けたのになぁ。ただやはり距離的な壁があって、誰もそれを知らない。また誰かが知っていたとしても、単なる信ぴょう性の低いうわさ話で終わってしまう。テレビや新聞、SNSでもあればまた変わってきただろうに。


「そうですか。でも、なんというか、もどかしいですね。アテリア家もまだまだこれからだということを知っているのに」

「言っておくけど、周りに喧伝して回っても駄目よ。どうせ信じてもらえないわ」

「わかってますよ……」


 マジックバッグの奪還が世間に広まるということは、この南国家群に伝わる恐怖の騎士団長伝説の終わりをも示す。ちょっとそれは俺の口ひとつには荷が重い。俺が思うに、そういう役目は王子やリューロイ様をはじめとした偉い人が取るべきで、その彼らが特に行動していないということは今はまだ時期ではないのかもしれない。


 しかし、やはり俺としてはショックを隠し切れない。アテリア家は俺たちにとって縁の深い家であり、なんだかんだ皆いい人だということを知っている。そして、そのご子息様が今、あんな寂しいことになっている。


 なんとかしてやりたいところだが、今自分に出来ることは何ひとつ思いつかない。


「お嬢さま、ご主人様のこともあるので、一度セイ様へご挨拶に伺いたいのですが」


 ただ、やはり挨拶くらいはしておくべきだろう。


 俺はイタゥリムへ提案をしたのだが、意外にもそれはすんなりと受け入れられた。この日の放課後、寮に帰ろうとする彼をつかまえる。


「失礼いたします。紅等生のイタゥリムと申します」

「へっ?」


 まず第一に自分よりはるかに背の高いイタゥリムにビビったのか、彼は目を見開いたまま何も言わなくなった。


「セイ様?」

「し、ししし失礼いたしました!」

「いえ、こちらこそ了承も得ずお近寄りしたことをお詫び申し上げます」

「とんでもない!」


 つま弾きにされているという話だから、普段人に話しかけられたりしないのだろうか。久しぶりに外へ出た引きこもり並みに挙動不審だ。


「こほん、それで何の御用でしょう」

「それがですね、ウチの使用人があなたへご挨拶に伺いたいと……話を聞いてやっていただけますでしょうか」

「えっ、僕に?」

「はい。それがこの者、アテリア子爵様と縁のある人間にお仕えしておりまして……」

「はぁ……そういう事なら別に構いませんが」


 イタゥリムに目で「行ってこい」と目で語りかけられたので、俺たちは3人で彼の前へと躍り出た。

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