第198話 リアと学園

 あ、危なかった。あれ以上ミナトが外からのストレスに晒されると、またいつかみたいに沈んじゃうところだった。私は彼の意識を無理やり引っ込めることでそれを寸でのところで防ぐのであった。


 ここまでミナトを追い詰めるとは。やるじゃない、リューロイ様。


 とはいえ、男にプロポーズされて全身が毛羽立ちそうなのは私も同じ。だから早く断ってしまいたい。


「あ、えっと……」


 ただここで私がとるべき行動にはより慎重さを求められた。だって二度もリューロイ様に求婚されるなんて。まあ、向こうはこちらを同一人物だとは思っていないはずだけど。


 だた彼の真意は分からない。また前のように何か意図があってわざと振られようとしているのか、それとも本気でヒマちゃんの皮を被ったこの私に一目惚れしたのか。後者であれば特に難しい。何せ、ここで彼のプロポーズを断ってしまえば、この場にいる貴族が皆敵になりかねないからだ。


 以前の王城では、冒険者ミナトの立場はそれなりに大きかった。英雄として称号を得て、パーティの主役にまで祭り上げられた結果、彼の嘘告を切り捨てても特に咎められることがなかったのだ。


 しかし、今はどうだ。私はただの使用人の女で、相手は大物貴族の孫。果たしてこの状況で断ったらどうなるんだろう。……まさか処刑とか? いやいや。


 まあ、何にしても間違いなく荒れることは確実だ。何とか双方傷つかないルートを……。ルートを? あれ?


(ねぇ、ミナト! いいこと思いついた!)


 返事がない。ミナトは傷心休暇かな。まあいいや。あとで記憶を見せて私の機転の利きっぷりを思い知らせてやろう。


「ヒ、ヒマワリ?」


 気が付けば、心配そうにアトリが服の裾を揺すっていた。ああ、いけない、どれだけの間私は思考に沈んだまま固まっていたのだろう。


 先ほどからリューロイ様はじっとこちらを見たまま、私の返事を待っていた。


 さっさと答えて双方楽になりたいところだが、そうはいかない。最強の攻略法を思いついてしまった。つまり答えないことが私の答えなのだ。


「リューロイ様」

「は、はいっ」

「答えを申し上げる前に、ひとつあなたへ伝えておかなければならないことがあります」

「な、なんでしょう」

「私は今出向という形で、とあるお方の元からナユタン商会へ奉公に来ております」

「はぁ、とあるお方、ですか……?」


 ピンときていない。ああやっぱり彼は知らないで求婚してきてたんだ。なら、この事実は相当効くはず。


「はい。私は元々『紫雷の魔女』ミナト様にお仕えしていた身分でして──」

「あっすみません用事を思い出しました先ほどの話は全部なしでお願いしますすみません失礼します」


 リューロイ様は私の言葉を最後まで聞くことなく、突風のごとく立ち去って行った。


 予想通り……いや予想以上の結果だったことは言うまでもない。


 んまあ、なんというか……それでいいのか、と言いたくなる。こっちとしてはありがたいけれども。


「ヒマワリ!」


 騒ぎを聞きつけたのか、イタゥリムちゃんが飛んできた。


「あれ? 王子様の相手はいいの? ……ですか?」

「馬鹿! 見てなかったの!? 殿下はリューロイ様の跡を追って行ったわよ!」


 あれれ、本当だ。どこにもあの王子様の姿が見当たらない。こういう時は私の聴覚が頼りだ。


『ぐすっ……ううぅ……私はどうしてこんなにも弱いのでしょう……この人だって思える人がようやく現れたと思ったのに……』

『まあそう落ち込むなって』


 遠くから殿下とリューロイ様の話し声が聞こえてくる。彼らはこの講堂の外にいるようだ。


 にしてもリューロイ様、本気だったんだ。まあ、ヒマちゃんは本当に美人さんだから惚れられちゃうのも仕方がないかな。ミナトが今ダウンしているのもそれが原因だ。今回はお互いに不幸な事故だったということで。


 ただこれは大きな武器かもしれない。また次に彼が諦めずアタックしてきたら、実は魔女様の愛人だったとかなんとか適当言って逃げよう。






 とんでもないことに気がついた。まだ今日の授業は始まってすらいなかったのだ。もはや一日の終わりくらいには疲れてしまったけれど、これからイタゥリムちゃんの補佐を努めなければならない。


(ミナトーかわってー)

(むり)


 むっ、軟弱なやつめ。ようやく復活して会話が成立したのはいいが、引き続き表の役割は私がしなくてはならない。


 正直なところ、イタゥリムちゃんのような我の強い人間は私とは合わない。だって私も結構ワガママだって自覚があるから。逆にミナトはそんなタイプと相性がよく、私やイタゥリムのワガママに上手く対応をしている。


 でも無理だって言ってるなら、どうしようもないなあ。ここはミナトを見習って、ちゃんと使用人やらなくちゃ。


「ちょっと、ぼーっとしないでよ。授業はもう始まってるんだから」

「…………」


 小声で話しかけてくるイタゥリムちゃん。ただの使用人であるはずの私が授業をまじめに聞く理由はよくわからない。


 それにしても授業か。ミナトの記憶があるとはいえ、学校で授業を聞くのは初めてだなあ。まあ、これから通うってわけじゃないんだけどね。


「ふむふむ」


 隣では無駄に熱心に教師の話を聞くアトリの姿がある。本当に内容を理解しているのかな?


「よろしいですか? ここで必要とされる魔力をイメージとして説明するならば、『赤』です。それはあらゆる物を鮮烈に塗り替える力であり、静寂を獰猛へと繰り上げる。そこにすべてを繋ぐ『青』の魔力を組み合わせることで、火炎の『種』が生まれるのです」


 先ほどから壇上で教師が行っているのは火炎魔法の『詠唱』、その解説だ。


 つまり私たちからすれば、この街に来るまでにシルゥちゃんから教わった『詠唱』の復習というわけ。


 そして、どうして火炎魔法の授業が行われているかというと、先ほど行ったグループ分け、その目的が関係する。


「──というわけで、星火せいか魔法を構成する魔法の中でも、基礎中の基礎といえる火炎魔法を説明しました。ここまでで何か質問はありますか?」


 「グループで協力し、星火魔法を成功させろ」というのが交流会のメインイベントとなる。貴族と平民が協力し合って、ひとつの魔法を使えるようになるまで研究し尽くせというわけだ。


 成功の基準はグループの誰かひとりでもその魔法を使えるようになれば良しとされる。ここがちょっと胡散臭いポイントで、結局同じグループの出来る人が頑張れば、自分の評価が確定する。つまり貴族は平民たちに何もかも押し付けておけば、勝手に評価が入ってくる。それの何が楽しくて学園なんて来てるの? ……とは思うけどね。


 ちなみに魔法に関する知識はしっかりと授業で教えて貰える。なんだそれなら簡単じゃんって私は思うんだけど、『詠唱』で魔法を学ぶ彼らからすると魔法を繋ぎ合わせてひとつの魔法を作るという行為はかなり大変らしい。


 それに去年も交流会に参加したイタゥリムちゃん曰く、去年とはまた違ったお題が出されいて、クリアできたのはごく数組のグループだけだったとか。


 ちなみに今回お題となっている『星火魔法』というのは、炎を竜だったり舟だったり色んな形に成形しつつ色鮮やかに出現させる魔法のこと。元は雲のかかった夜空に星を再現する娯楽を目的として作られた魔法が発展した形らしく、まあ言っちゃえば大文字焼きと花火を合体させたみたいな魔法だ。


 ちなみに私ならこんな魔法、即興でも行使できちゃう。ふふん、凄いだろう!


 ……まあ、だからって余計な手出しはしないけどね。彼らの成長の場を奪ってはいけないのだ。


 ただ『詠唱』を媒体とした魔法の伝達には凄く興味がある。折角来てるんだから、ここで色々と知らなかったことを学んでいこう。それでミナトが復活したらいよいよイタゥリムちゃん係を押し付けて、さっさと貴族の旦那さんを見つけさせるのだ。

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