第197話 おバグりミナト
イタゥリムは一生懸命殿下と会話をしている。俺はその姿を後ろから応援していたのだが、先ほどから余計な雑音が耳に入って仕方がない。
『どうして殿下があの亜人モドキと!?』
『護衛の兵士はどうして止めないのですか!』
きっとエミユン様の一派だろう。憧れのプリンス様が嫌っていた平民に興味津々で怒り心頭って感じ。
この状況は良くないかもしれない。貴族との婚約を望むイタゥリムだが、流石に高位貴族との婚約を勝ち取ることができるとは思っていない。しかしそれよりも上の身分の人間がイタゥリムに興味を持ってしまった。それがどういう感情によるものであっても、敵対している貴族令嬢の更なる反感を買うことは当然だろう。
なんとかしてやりたいが……うーむ、この状況でいち使用人である俺に出来る事なんてあるのか?
……まあ、なんとかするだろう。イタゥリムだしな。
俺は早々に心配事を切り捨て、他のグループがどうなっているのか調べることにした。
ぐるり講堂内を見渡してみる。前の方の島では花の布を地味目な女の子が掲げていた。あそこには先ほど話したエステモと……忌まわしき貴族エミユン様がいる。渦巻き印の布の島には魔法師団幹部の息子グンデロくんが、三日月の布の島には紅等生の中で上から4番目と5番目の生徒がいた。
なるほど、少なくとも紅等生の配分は実力が平等になるように計算された組み合わせになっていると。
と、そんな発見をしている俺だったが。
(ミナト、ミナト! アトリが呼んでるよ!)
リアの呼びかけでハッとして顔を上げる。アトリが服の袖を引いていたのだ。
「ど、どうしました?」
「あのね、あの人がずっとこっちを……」
「え?」
アトリの視線を追う。すると、とある人物と視線が合わさった。
(あれって、リューロイ様?)
(だよね。なんかずっとこっち見てない?)
浅葱色の髪から覗く大きな紅い瞳がじっとこちらを捉えていた。
エルフであるスティアが気になるのか、と思って、少し立ち位置をズラす。するとそれに合わせて彼の首の角度もズレる。
(え、俺?)
嫌な予感がした。リューロイ様はアイロイ様の孫だけあって、魔法的な才能がありそうだからだ。
(まさか俺たちの偽装魔法、怪しまれてる?)
(え、マジ?)
いくら才能があるからって、そんなこと……。
リアは向日葵の身体なら完璧に姿を作ることができるといった。しかし、考えれば考えるほど、もしもが頭をよぎり、冷や汗が止まらない。
「えっ……」
そして、恐れていたことが起きた。リューロイ様はまっすぐこちらへ向けて歩き出したのだ。
どうする!? 逃げるか!? いやでも、イタゥリムはどうする!? ここで俺が消えてしまえば、彼女には多大な迷惑が掛かる。ここまで彼女に協力してきて、今更それは避けたい。……が、いざという時は。
結果次第では覚悟を決めなければならない。そう思った俺は、真正面から受けてたつと決めた。
「あの、あなたはナユタン商会の……付き人ですよね?」
「ええ。そうです」
「お名前をお伺いしても?」
「あっ、はい。私はヒマワリと申します」
「ヒマワリさん、ですか。美しいお名前ですね」
「あ、ありがとうございます」
「私はリューロイと申します。ドンエス侯爵家の次期当主の息子で、
「もちろん存じておりますよ」
「そ、そうですか……」
何の変哲もない会話が続く。が、その最中も彼の瞳がこちらを捉えて一切離そうとしないところに妙な恐ろしさを感じてしまう。
やはり探りを入れられているのだろうか。だとすれば、やはり偽装魔法か?
(リア! 本当に大丈夫なんだろうなぁ!?)
(もーっ! だから大丈夫だって言ってんじゃん! こっちだってさっきから何回も魔力の流れを確認してるんだから!)
リアは偽装の魔法に綻びがないか、逐一裏で確認をしてくれている。それで問題がないならば、リューロイ様の”目”がリアの気づかないレベルでこの魔法を見通していると言える訳で。
(そんなのありえないに決まってるでしょ!? いいからミナトは適当にあしらってよ! 私はもっと綿密に調べるから!)
そんな事実を認めるわけにはいかないリアは向きになって、確認作業に没頭を始めた。
あしらって、と言われてもな……。相手は最強貴族のひとりなんだが。
「ええっと……あはは」
うん、やっぱ無理だわ。
「くぅっ……!」
「ええっ! どうかされましたか!?」
「いえ何も!」
急に苦し気な顔になるからびっくりした。愛想笑いが癇に障ったのかと思ったじゃん。
「えっとあの、ヒマワリさんは、ナユタン商会の付き人をして長いのでしょうか」
「あ、いえ、かなり浅いです。つい先日雇われた身分でして」
そして、何もなかったかのように話が始まる。
「そうですか。ちなみに給金はいくらほど?」
「日割りで50万ガルドほどですが……」
「50万……それはあなたが満足しうる報酬なのでしょうか?」
「えっと……」
え、なに? ヘッドハント? そんなもんをされるほどいい仕事をした覚えはないし、相変わらず狙いが見えてこない。
……ああ、もう駄目だ。
「あの失礼なのですが、私、あなたに何か粗相をしてしまったのでしょうか? あなたのような高貴なお方にお声をかけられる身分ではないので、正直気が気ではないのです」
偉い人による目的のわからない会話を続ける恐怖心に負けて、俺はズバリと聞いてしまった。するとリューロイ様は苦々しい表情に変わる。
「これは配慮が足りていませんでしたね……申し訳ありません。不安な気持ちにさせるつもりではなかったのです。ですが、こういったことは初めてで、その……」
今度はモジモジと両手をこねくり回す仕草を繰り返す。一体何だってんだ。
「アーガストには『今しがた見かけた小鬼の角を重ねて得ることはない』という諺があります。これは、草木のごとく湧いて出る小鬼であっても同じ個体はふたつといない。転じて、『今という瞬間は二度と訪れないのだから、思い残すことのないように行動せよ』というニュアンスを持つのです」
「はぁ……」
「えっと、だからすね……端的に、えっと、私もそのように行動せねばと。えっと、だから、お誘いをしたくて……というか、えっと、その……」
リューロイ様は何度も言葉を詰まらせた。その顔は朱を差すように赤らんでいる。その表情を見せられて、なんだか俺の中の嫌な予感が具体的な形を持ち始めた。
ちょいと、待ってくれ! リューロイ様! あなた前はそんな噛み噛みじゃなかったですよね!? というか天丼ネタは面白くないですぞ!
「ヒ、ヒマワリさん!」
勿論、ウケ狙いなどではないわけで。
「わ、私は貴女にっ! ひ、ひとめぼれしました!」
無慈悲な告白が、しっかりと過去の俺の傷跡をなぞった。
「くっ……」
思わず膝をつきそうになった。
「結婚してくだしゃい!」
流れというか、会ったばかりの相手に求婚するのは同じ。
にしても二度も同じ相手にプロポーズを受ける。こんな事人生で起きるものなのだろうか。しかも相手は男。
俺はせり上がってくる何かをすべてまき散らしたい衝動にかられる。……が、持ち前のメンタルでなんとか踏みとどまる。
一体何がいけなかったのか。何がこの男をここまで惹きつけたのか。この姿になって彼と話したのはこれが初めてだ。なら、答えはひとつ。
そう、向日葵が可愛すぎるのだ。
「あ、あああぁぁ……あ?」
そして俺は若干の冷静さを取り戻すと、とある事実に気が付いてしまう。
(おい、コイツ……向日葵にプロポーズしやがった……寝取られだ! 許せねぇ!)
(ミナト落ち着いて! もう意味が分かんないよ!)
(これが落ち着いてられるか! ぐっ……! 向日葵……お前と結婚するのは俺だと思ってた……クッソォ!)
(ヤバいヤバい! ミナトが壊れちゃった! ちょっと身体変わって!)
俺は突如意識が沈んでいく感覚に陥った。
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